おしまいっ! Friend Angle 9/20 17:19
誤字脱字等有りましたら指摘お願いします。
「ひっぐっ、うっぐっ」
蒲公英は、運命の分かれ道の真ん中で、雨に濡れたアスファルトにうつ伏せに倒れている。体中の腫れと熱を持ったような痛みと精神的ショックにより動けずにいた。悲しさと悔しさが入り交じり、泣いてもいた。
蒲公英は負けたのだ。
七竈に、めっためたの、ぼっこぼこにされて、その場に倒れた蒲公英は、負けたのだ。
そして、七竈は何も言わずに去っていった。
「うぅぅうぅ、」
蒲公英はどちらが勝つのか、最初からわかっていた。七竈が絶対に勝つことは喧嘩をする前からわかっていたのだ。それは能力が七竈の方が強いからという訳ではないし、強いから能力を使わないフェアな喧嘩にした訳でもない。その前に能力を使って喧嘩しあうなら、必ず蒲公英の方に軍配があがることは自分自身わかっている。だから、能力を使わないということは、自分を不利にして相手と差がない状況にしたということになる。
だから、負けると、わかっていたのか。
それも違う。そもそも、能力を使わないというルール自体がこの二人の喧嘩において公平ではない。七竈の能力は――喰った相手の能力をコピーする能力。それを使うわずに戦う、というのは無理難題なのだ。
七竈はたくさんの能力をコピーしてきた。それは、近くにいる相手の能力を感知できものだったり、能力者の位置を特定するものだったり、あるいは、相手を切り裂ける能力や、動きを止める能力など、様々な能力を使うことができる。
そう、あの暴力の魔女の筋力強化も例外ではない。
困ったことに、これらの能力は自分の思うまま、自由に使えるものや、能力発動の条件がそろえば、自動的に使ってしまう、あるいは使いっぱなしのもあるのだ。周りがうるさいからといって、耳という器官の機能を停止させるということができないように、使いたくない、と思っても、スイッチのオンオフ、ボリュームの上げ下げのように、制御することなんて出来やしない。それらと同じように、能力によっては、自動的に発動して、制御できないのものもあるのだ。今日、会ったあの触れた人の記憶を勝手に読んでしまう捕獲員みたいな能力だ。
つまり、そんな自動的な能力を一切持っていない、蒲公英が、そのような能力ばかりコピーしている七竈に、能力を使うなっと言ったところで、自分の首を締めてしまうだけで、自分を不利にする以外、なにでもない。しかも、七竈は、筋力強化の能力を数種類、コピーしていることを蒲公英は知っていたのに、手加減すら出来ないくらい、重複し、強さを増した能力になっていることを知っていたのに、こんな自分から負けようとしているとしか思えない条件を七竈に提案したのだ。
仮に、そうだとしても、そうにしか見えなくても、蒲公英は負けるために、こんな意味もないハンデを付けたわけではない。何かとっておきの秘策があったわけでもない。逆に、蒲公英が本気で能力を使ってしまうと、七竈を廃人にしてしまう可能性があるから、その予防策、でもない。
じゃあ、何なのか。
それは、単純で、明解。
ただ、仲直りがしたかったから。という幼稚な想いからだった。
きっと七竈なら、ハンデを付けた意味を、意義を、理由を、分かってくれる。察してくれる。感じ取ってくれる。蒲公英はそう信じていたのだ。それに、少しくらい殴られても、蒲公英は耐えることができる。例え、殴られ、内蔵が破裂しようが、骨が折れようが、どれだけ体が痛もうが耐えられる。そんな身体的な苦痛は、蒲公英にとっては、痛みでもなんでもない。心を削られるあの生理的な激痛を知ってしまってからは、これくらいの痛みなんて数日すれば治ってしまうのだから、そんな程度の痛みなど、あれに比べれば、擦り傷程度にしか感じられなくなっていた。だから、それくらいは大丈夫だと、分かってくれるまでの辛抱だと蒲公英は思っていた。
蒲公英は、七竈の事を理解していた。だから、負けた。
七竈が、誰か、別の能力者に操られている人形だということを、思いつかなかったから、負けたのだ。
人形に感情なんてものはない。命令された通り動くだけの、物だ。
だから、“目の前にいる、能力者を倒して、喰って能力を奪え”と命令されれば、その通り、実行しようとするのだ。
「……痛いよぉ、痛いよぉ」
蒲公英は、まだ、泣いていた。七竈の裏切りともとれる一方的な暴力は、蒲公英の心を深く穿った。そこから溢れだした血が、一向に止まらなかった。止まるどころかどんどん傷が広がっていき、深紅の血が滝のように溢れだして、ほんわりと温かかった二人の思い出を深紅に染めて、滲ませていく。
これで、私の世界の終わり。私の世界は壊れた。生きる意味なんて、もう、ありもしない。約束だって、今さっき、引きちぎられた。残されたのは、心に残った癒えることがない傷と、狂おしいほどの優しい思い出。その思い出は、ギラギラとした刃物に変わって、思い出す度に、自分の心を切り刻んでは、出血させた。なにもかも、いらない物になっていた。
ああ、あの時と同じだ。同じ、悔しさだ。蒲公英はそう思った。でも、立ち上がってやる勇気はもう無かった。
蒲公英は立ち上がりたくなかった。
このまま、もう、消えたかった。
「ねぇ、紫苑ちゃん。目の前に倒れている、この子は魔女かなぁ?」
「魔女だと思いますよ? 確認したいなら、能力使って訊けばいいじゃないですか? 鈴さん」
蒲公英は雨が道路に当たる音に混じって、女性の二人分の声を聞いた。蒲公英は顔を冷たく固い道路から上げた。そこには、二人の女性がいた。
「あなたは魔女なの?」
自分に差していた傘を倒れ込んでいる蒲公英に差して、雨に顔が当たらないようにして、優しそうな女性は訊いた。
「…………うん」
「そうなんだ! なら、あなた、魔女草に入らない?」
「…………魔女草?」
蒲公英は最強とも言われている魔女の組織の名前を復唱した。蒲公英は七竈のことで頭がいっぱいで、その組織の名前を言っても、ピンともこなかった。
「そう魔女草。自己紹介がまだだったね。わたしの名前は花木鈴。こっちのぶすっとした顔が紫苑ちゃん。わたしと紫苑ちゃんで魔女草を造ったんだよ〜」と得意そうに鈴という女性は言う。変な風に紹介されたもう一人の女性、紫苑はぶすっとした顔で、鈴をにらんでいた。その紫苑の背中には、中学生くらいの幼い顔の女の子が背負われていた。目を瞑っているので、寝ているのだろうか。
その魔女草の二人の名前を聞いて、蒲公英はやっと思い出した。
「魔女草の花木鈴。正偽の魔女。自衛隊を壊滅させた、魔女」と蒲公英はブツブツつぶやいた。
蒲公英は、一つ、思いついた。
この、今までの、あの魔女になった日からの、苦しみから、終わりを迎えた自分の世界から、逃れられる方法を。
鈴に訊いた。
「ねぇ、わたし、魔女草に入るから、一つだけ、わたしの言う通りにして」
「いいんだけど、先にそのお願いを訊いてから、その言う通りするかどうか決めるけど、いい?」
魔女草に入る代わりに、そのトップの座を明け渡せって言われたら困るもんね〜? と、鈴は紫苑に同意を催促するが、そんなベタな展開あるわけないじゃないですか。マンガの読みすぎですよ? と一蹴され、少ししゅんとした。
蒲公英は頷いた。
「うん。それでいい」
「分かったわ。言ってみて?」
蒲公英は、言った。
「わたしの記憶を全部、消して欲しい」
もうこんな記憶に縛られたくない、新しい、何もない状態で生きていきたい。それが、この蒲公英の最後の逃避だった。
鈴は、さっきまで、紫苑にとはなしているときは、明るかった表情が陰り、真剣な、どこか、心配するような表情になった。
「……それは、駄目だよ。そんなことしたら、絶対後悔するよ?」
「後悔してもいいから、そう頼んでいるの。もうわたしは死んだから、思い出なんて、どうでもいい。どうせ最後は誰だって、死んで、忘れちゃうんだから」
蒲公英は、死んだ後の世界というものを信じていなかった。そんなものあると信じたら、今、現在なんて、いらないと思ってしまうからだった。こんな現実に生きるくらいなら、死んだ方が良い、天国ならみんな幸せに生きれそうと、安直に考えて実行してしまうのだろう。
その軽々しさが自分でも怖かった。
蒲公英は、自殺するのも、死ぬのも怖いと思っているから――ではない。死ぬ間際の苦しさが、ゆっくりとフェードアウトして、意識が消えていくのが、怖いのではない。むしろ、そっちは、無理矢理、嫌々、経験させられたから、なれたとは言わないが、病院での予防注射くらいのできればしたくないけど、やるなら耐えられるくらいのものだった。
蒲公英はその先、死んだ後の世界があるか、ないか、わからないのが怖かったのだ。そんなところないと、断言して思えるなら、腹をくくって今を精一杯生きようと思えるかもしれないが、誰もそんなことを知らないし、検討もつかない、行ったこともない、もしかしたら、本当にあるかもしれない、その甘い誘惑もあるのだ。
そう甘い誘惑に負けて、現実から逃げだして、楽園があると信じていた場所に飛び込んで行ったら、なにもなかった。という可能性がある。蒲公英はその可能性だった時が怖いのだ。それはロシアンルーレットみたいな、命を賭けた賭。六発中、一発だけ弾が入っていて、当たればもちろん死ぬ。はずれならば、たんまりとお金をやろう、もちろん時間制限付きで、時間内に、撃たなければ殺すという、甘い誘惑の罠だ。当たる確率は、六分の一という低い確率だし、お金も遊んで暮らせるほどもらえるし、時間内に撃なければ殺されてしまうなら、撃ってしまえ、と思って、甘い罠に引っかかって撃ってしまい、当たってしまう、そんな罠だ。
確かに、時間内に撃たなければ、必ず死んでしまうかもしれない。けど、全部に弾が込められているかもしれないのに、残された時間で打開策が考えられるかもしれないのに、そう、早く撃ってしまうのは、もったいない気がする。でも、もし、本当に、当たらなかったら、こんな死の恐怖から早く解放できるし、お金も貰える――と、揺れ動いて、結局、撃てずに、タイムオーバーになって、殺されてしまう。
自殺したいけど、踏みとどまっている人はそんな感じで、寿命まで、生きてしまうのだろうと、蒲公英は考えていた。
だから、死んだ先がなかったら怖い。
だから、死にたくない。でも、楽になりたい。
「わたしは、死んだの。まだ、死んでないなら、死にたい。でも、死んだら、それで、終わりは、怖いんだ。だから、せめて、記憶を消して、それで、死んだことにする。それなら怖くない。だって、それなら、絶対に――」
逃げた先には、新しい世界があるのだから。
鈴は、少し考えて、
「分かった。記憶を消して、新しいのにしてあげる――」と言い、こう条件を付け加えた。
「けど、あなたの名前と、あなたの大切な人の思い出は消さない」
「それは……どうして?」
「あなた、友達と喧嘩したんでしょ?」
「…………」
「なら、また仲直りできるかもしれないじゃない? それなのに、あなたが、忘れちゃって、友達が謝りに来たときに、あんた誰? みたいなことなったら、友達も可哀想だし、あなたも忘れなきゃよかったって思うでしょ? だから、そこは忘れちゃあダメだよ。だよね?」と紫苑に同意を求めた。紫苑もそうですねと頷いた。
「…………分かった。そう、して」
「じゃあ、記憶を消す前に、あなたの名前を聞いておきたいから、教えて?」
そう鈴に言われて、蒲公英ははっきりと自分の名前を述べた。
「春崎 蒲公英」
「蒲公英ちゃんか〜、かわいい名前だね」
「でも、記憶消したら、その名前で呼ばないでください」と蒲公英は鈴に言った。鈴はかわいいのに、もったいないと言うが、蒲公英は気にしなかった。
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
そう鈴に訊かれ、蒲公英は、言った。
「笑わないでくださいよ?」「何? そんなに痛い名ま、うぐっ」口を出した紫苑の腹部に鈴の“黙れ”という想いがこもった鉄槌が下る。紫苑は背中にしょっていた女の子を落とさないように直立のまま、悶えていた。
「どんな名前なの?」
蒲公英はめいいっぱい皮肉を込めた、名前にすることした。
きっと、すぐにこの名前を使わず、呼びあえる友が、戻ってきて、楽しかったあの時に戻れるように――。
蒲公英は、その名前を、言った。
「“真っ逆さま”」
幸せから、真っ逆さまに落ちて、また幸せになった。
そして、今、私は、“真っ逆さま”の状態だ。
もう一回、七竈といっしょに“幸せ”に戻れるように、とシニカルな願いを込めて――。
“ Mywonderworld Braeker ” Closed.