ふんさいっ! Konara Angle 9/20 13:47
誤字脱字等有りましたら指摘お願いします。
雨が強くなって来ました。空高くから降ってくる大粒の雨は固いアスファルトにあたり、激しく砕けて飛沫をあげます。ザーザーと耳鳴りのようで、うっと惜しくもない音が耳から入ってきました。
「うわっ、雨が強くなって来やがった」と隣にいる鬼灯さんがそうつぶやき、「もっと酷くならない内に行きたいな」と言いました。私はそうですねと空返事をしました。
「ん?」
私の耳に何かが聞こえました。雨の音と遠くから聞こえるサイレンと鼓動の音に混じって、ベースが鳴らす低音のように注意して聞かないと雨の音にかき消されてしまうような一定の音。
ノイズのようなその音。それは心臓がなくなった友達から発せられた音と同じ音でした。
「……鞠藻?」
そのノイズ音はどんどん大きくなっていき、雨の音やサイレン、鼓動と同じくらいの音量になっていました。それは徐々に私たちに近づいてきているみたいでした。
私が魔女の友達の名前を呟いたことに反応した鬼灯さんは「どうした?」と私の方を見て声をかけてきました。
「たぶん、その友達、魔女が近づいて来ます」
そういうと鬼灯さんは目の色を変えて当たりを見渡します。隠れられう場所と言えば、当たりは住宅地しかないので、沢山あると言えばあると思います。
「どこから来るか、わかるか?」
私に尋ね、ノイズが聞こえる、真っ正面を指さしました。多分、この先に見えるT字路の右か左のどちらから出てくるのでしょう。
「他には?」そう聞かれて私はその他の意味が分からず少し狼狽え、えっと声を漏らしました。
そして、どういう意味なのか聞こうとした時に、ノイズの発信源がT字路の右側からふらふらと現れました。
その姿は――――
「なあ、お前の友達って、あんなに年上なのか? しかも腕一本、誰かにやられたみたいだし」
現れた魔女は左腕が無くなっていました。ふらふらと足下がおぼつかないようで家の壁に寄りかかりながらこちらに向かって歩いて来ます。近づくにつれ、その表情が虚ろで、そう、映画で見た、人を食べようと徘徊しているゾンビみたいでした。
鬼灯さんは私にあれが鞠藻なのか訊きました。
「違います。違う人です」
「そうか。あの人、魔女なのか?」
「多分、魔女です。鞠藻と、魔女になった友達の中から聞こえた音と、同じ音が聞こえます」
そう私が言うと、鬼灯さんは差していた傘を私に押しつけて、ショルダーバッグから何かを取り出しました。それはトンカチでした。しかも二刀流。
「……もしかして、それで戦うんですか?」まさか、そんなので戦いませんよね? とおそるおそる訊きました。
「ああ。刃物とか銃とか、明らかな武器を持っていると、警察に職務質問された時、解放されるまで時間かかるんだよ。だから武器でないと言えるエモノにしているんだ」と説明したところで、鬼灯さんはその魔女と思われる片腕の女の人に近づいて行きます。
片腕の女の人は近づいてくる鬼灯さんが視界に入ると、急にニタァと薄気味悪い笑みを浮かべました。
そう、獲物がのこのこやってきたと言わんばかりに。
するとふらふらと壁に寄りかかっていたのが嘘みたいに、鬼灯さんの体めがけて突進してきました。
「っ!?」
私は鬼灯さんに向かって“危ないっ!”と、とっさに叫んでいました鬼灯さんは間一髪、体を捻ることで、その突進を避けることが出来ました。
「バカっ! さっさと逃げろっ!」と鬼灯さんが私に向かって叫びました。
私に向かって?
「へ?」
私の体は飛ばされました。鬼灯さんに突進してきた魔女は、鬼灯さんに避けられた後、そのまま距離を置いて、後ろに隠れていた私に向かって、突進してきたのです。私はすぐに避けることが出来ず、ぶつかり、後ろに飛ばされ、手に持っていた二つの傘も、買ってきたお肉が入ったビニール袋も手放して、宙に舞い、雨に濡れた固いアスファルトの上を、ゴロゴロ勢いよく転がりました。今まで感じたことのない強烈な打撲と擦り傷の痛みが、体中を蹂躙します。強い雨に直に当たり、どんどんと着ていた服が濡れ重みを増していきます。顔を上げ、雨が目に入って滲んだ視界で、魔女を探しました。すぐに立ち上がって逃げなければ、魔女の餌食になってしまうからです。
早く逃げないと。
でも、魔女は転がった私の近くまでいました。もう遅かったのです。
「っ!?」
魔女は倒れている私の首を片手で握りました。魔女の手は、体温が無くてひやっとするくらい冷たく、その握力は凄まじく、ぎりぎりとゆっくり絞め殺そうとしています。何かを叫ぼうにも何も発することが出来ず、うめき声しか上げることが出来ませんでした。首を絞めている手を離そうと自分の両手で、はがそうとしましたが、呼吸が出来ないため、徐々に私の力が弱っていき、私は小さな抵抗しかできませんした。
目の前には魔女の顔がありました。餌を見つけて喜んでいる。嬉しそうに私を殺そうとしている、表情でした。
私はその顔に恐怖しました。恐ろしくて怖くて目を瞑りました。
少なくとも、そんな恐ろしい顔を見ず済むからです。
ゴスッ。
そんな鈍い音が首を絞められ、もう少しで意識が無くなる寸前に聞こえました。すると、絞められていた首から手が外されました。ゲホッ、ゲホッとせき込み、呼吸をして酸素を取り込みます。
「大丈夫かっ!?」と鬼灯さんが倒れ込んでいる私を起こしながらたずてきました。その隣にはわき腹を押さえながらうずくまりながら、這って逃げようとしている魔女がいました。さっきの鈍い音は鬼灯さんがトンカチで魔女のわき腹を殴った音だったようです。
私はなんとか大丈夫ですといい、鬼灯さんはちょっと待っていろといって、トンカチをもって、這って逃げようとしている魔女の元へ近づきます。とどめとまでは行きませんが動けないようにするのでしょう。
クラクラする頭には、その魔女から発生するノイズの音がまだ鳴り響いています。その二つの合わさって、気持ち悪い耳鳴りのように聞こえています。
すると急に体が動かせなくなりました。逃げようと抵抗した時の無理がでてきたのでしょう。今さっきまで感じていなかった追突されアスファルトを転がった時の痛みが、また体の外側から内側へと伝わっていくようにぶり返してきました。
「鬼灯さん……」
弱音を吐くように鬼灯さんを呼びました。けれど、返事がありません。
気になって、視線を鬼灯さんの方に向けました。
そこには、何故か立ち尽くしている鬼灯さんがいました。その近くに居るはずの魔女の姿もみえません。どこかに逃げてしまったようです。
ザーザーと雨が降り続いています。
そして、ノイズの音はまだ聞こえます。
ノイズが聞こえるということは、まだ魔女は近くにいるのです。
でも、その音が遠ざかってはいません。むしろ、近づいてこっちにきています。
ズルズルガラガラ。
何かを引きずる音が雨の音の中、聞こえました。鬼灯さんは立ち尽くしたまま、その音が鳴る方向を唯一、動かせる目で見ていました。
私も鬼灯さんと同じ方向を目で見ました。
「みぃ〜つけた。私の一番の嘘」
ゴルフクラブと金属バッド、そして、
つ、つつじ?
下半身がなくなって、納めるところ失った短い内蔵を飛び出しているつづじだった物を引きずっている、
「ねぇ、こならちゃん?」
私の親友――魔女の鞠藻でした。
「私のために、ぐちゃぐちゃの、こなごなになって、死んでくれないかなぁ?」
とびっきりの笑顔と甘ったるい媚びた声で、私にそう尋ねました。