おうのうっ! Marimo Angle 9/20 12:44
誤字脱字等ありましたら指摘お願いします。
「嘘は、死ね」
曇りに曇った薄暗い雨の中、ズルズルガラガラと凹んだ金属バットとゴルフクラブを雨で濡れたアスファルトの上を引きずりながら、自分は吐き捨てた嘘を壊しに行きます。時々自分とは一切関係のない一般人が横を通り過ぎるのですが、全員、自分の血まみれた濡れ姿が目に入り、恐怖と悪寒が体を支配し動けなくなっている、そう、蛇に睨まれた蛙のように、誰一人、逃げるどころか、助けを呼ぶ為に叫ぶこともなく、ただ、自分が通り過ぎるのを顔を恐怖で歪めながら待っているのです。おかしな光景でしたが、そんな物に興味も関心もないので、何もせずに通り過ぎます。
「死ね、死ね、死ね、死ね」
ズルズルガラガラ。
頭の中に巡り巡る、この憎悪が、悪行を実行する為のエネルギーと代わりとなり、体を前へ、前へと、狂気へ、ずるずる動かします。この巡る憎悪の果てには、空気が澄んでる森林の中で、深呼吸するような、爽快感があると思うと、ニヤニヤと笑みがこぼれてきます。どうやって砕こうか、どうやったら姿形が残らないか、どのぐらい壊せばいいか、全部壊せばいいか、それはショッピングモールでどの服を買おうか迷っているときみたいに楽しい妄想の時間でした。
やっと、つづじの家の前を通り過ぎました。ゆっくりとよろめきながら歩いているとはいえ、これは時間がかかりすぎているのでは、と感じましたが、急ぐ用でも、急がなくても、逃げることはない用なので、時間に関しては、いつもは口うるさいのですが、今日は自分に甘くすることにしました。
前方から、人がこちらに近づいているのが、虚ろで雨によって滲んだ視界にぼやけて映りました。
「…………何してんだ?」
そのぼやけた人は、自分の、この雨に濡れに濡れた姿を見て言いました。
それは、傘を差して、嘘の家に遊びに行って、帰ってきたつづじでした。
「……何って、私の嘘を壊しに」
ちょっと買い物にいって来る、みたいなフランクな感じで言いました。
つづじは幼なじみの様子がおかしいと狼狽え、視線が定まっていません。じりじりと後ずさりをして、自分から距離を置こうと無意識にしているようでした。
もう遅いと思いました。
「……本当にどうしたんだよ? バットとゴルフクラブなんか持って」
「だから、私の嘘を壊しに行くの。だから、退いて」
素っ気なく言い放ち、つづじの隣を通り過ぎようとしました。つづじまで壊すことはないのです。これは自分の嘘ではありませんから。
自分はつづじの横を通ろうとふらふら歩みだしました。通り過ぎてすぐにつづじに、左肩をがしっと掴まれ止められました。
きっと彼の中の勇気がやっと動き、体を動かせたのでしょう。
「おい! ……っ!?」
その顔は驚きと恐怖が混じった表情でした。早々に彼の中の揺らして溢れた勇気という望みは、堕ちて失望に変わってしまいました。どうやら、気づいたようです。
「何? どうしたの?」
何に気づいたのか自分も分かりきっているのですが、敢えて聞き返します。
「あ、あ、お、おま、おまえ、もしかして……」
「うん、そうだよ」
振り返り、一旦、金属バットやゴルフクラブを離して、カラランと金属独特の音を発しながら、地面に落ちていきました。そして、左肩を掴んだつづじの右手を、何も掴んでいない体温のない両手でそっと掴み、自分の失った心があった場所の外側に押しつけました。
さぁ、何が伝わるのでしょうか?
その手は震えていました。自分の失った心の分、自分を暖めてくれるように小刻みに震えていました。きっと伝わったのでしょう。
氷よりも冷たく、深海よりも深い感情が。
「私、魔女になったんだ」
つづじは震えて動けなかったのか、口を縁日の金魚掬いの酸欠の金魚よろしく、パクパクさせながら、差して雨を凌いでいた傘を手から離してしまいました。傘はふわっと地面に落ちました。
脈絡も何も関係なく、ずっと訊きたかった気持ちを訊きます。
「ねえ、つづじ? なんで、こならちゃんとつき合っているの?」
「………………」
「なんで、幼なじみの私ではないの?」
「………………」
「なんで、こんなにも好きだったのに、一緒にいたのに、どうして、こならちゃんなの? 答えてよ」
何故か泣き出していました。自分でもよく分かりません。自分はつづじに今からする事を止めてほしいのでしょうか。今更のここで止まったところで、もう後戻りも何も出来やしないのに、何を求めているのでしょうか。止めて、そして、新しい事へと発展して欲しいと願っているのでしょうか。そんな綺麗事ありもしないと分かっていながら、そう願うのでしょうか。
そんな誰かにこんな救いのない気持ちを助けてもらいたいと表しているのでしょうか。
「………………それは、前に、鞠藻から、オレをフっただろ」
――――それは遠い昔の話です。
『鞠藻ちゃんのことが好きだよ。鞠藻ちゃんは?』
自分はそのとき、直球でそういわれ照れくさかったのでしょう。
『……わたしは、つづじ君のことは、そういう好きじゃないの』
その照れくささを隠すため、もじもじと分かりやすい幼稚な嘘を吐きました。
「ずっと前に、俺が鞠藻に告白して、鞠藻が俺のことをフっただろ?
」
『……そうなんだ……』
その自分の羞恥心を隠すための軽率な嘘が、つづじの幼い想いを押し潰して、樽に入れ、発酵させて、
「だから、俺は、その時、諦めたんだよ――――」
新しい、違う想いへと熟成したのです。
遠い昔の話です。
自分が、都合良く、頭のずっとずっと奥、空の彼方、宇宙の果てよりも、遠くに、置いてけぼりにして、忘れさせた話です。
ぐうぅ〜。
「……お腹が空いた」
自分は、どうしようもない嘘つきです。
†
「ホント触発されやすいわね。今のは危なかったわ」
†
はっと気づいた時に目の前にあったのは、辛うじて五体が不満足で五臓六腑も不満足な、好きだった嘘でした。
その姿を見ても、悲しみも、喜びも、憎しみも、哀れみも、何も感じ取ることができません。
自分は血で汚れて凸凹が増した金属バットとくの字に折れ曲がったゴルフクラブと、一緒に好きだった嘘も未練がましくズルズルガラガラ引きずりながら嘘を壊しにいきました。
それは、一緒に葬ってしまいたい、からでした。