おうのうっ! Hunters Angle 9/20 12:52
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「なあ……、俺たち、運がないと思わないか?」
「ええ……、そうですね。本当にそう実感します」
伊達とあさがおは、雨の中を傘も差さず、必死に走ってしつこく追ってくる者から逃げていた。
「待てこらぁ!」
暴力の魔女こと、葉々子から。
数分前。
伊達とあさがおの二人は、魔女の方は光と鬼灯に任せ、自分たちは、まず、先に交番に向かい、この周辺に魔女がいるから、住民に外にはなるべく出歩かないように、知らせる警報を鳴らして注意を促してくれと、直に伝えにいくことした。電話で頼むと、ガセやイタズラだと思われ、取り合ってもらえないことが多いので、直に会って捕獲員の手帳を見せなければならない。最近出来たばかりの機関だがら、その手帳を見たこともない警察官も多くて当たり前なので、手帳を見せたとしても、何それ? と言われて取り合ってもらえないこともあるのだが。
だが、交番に行く道の途中で、何故か、暴力の魔女が光と鬼灯が探しに向かった方から、こちらに猛スピードで接近していると、あさがおがそう感知して伊達に知らせた。
伊達はあさがおに鬼灯に電話しろと言ったのだが、昨日、光さんに盗られて壊れて帰ってきましたとあさがおは申し訳なさそう言う。伊達はため息をして、すぐに路肩に車を止め、携帯で鬼灯の携帯番号を出し、あさがおに渡して電話をかけさせた。
その間に車を車道に戻し、走らせようと後続車が来ないか確認した瞬間に、後ろから、血走った目の女性がいた。伊達は感覚でその女性が魔女だと思った。もう魔女が現れたのだ。
サイドミラー越しに目が合った――――次の瞬間、暴力の魔女がこの車を軽々と持ち上げていた。そして、いとも簡単にひっくり返した。二人はひっくり返る前に危機一髪、転がるように外に逃げた。車がアクション映画でしか聞いたことのない凄まじい音を上げながら、ひしゃげて上下逆さになった。車はシューシューと危ない鳴き声をあげている。
伊達とあさがおはお互いに顔を見合わせ、アイコンタクトを取り、一目散に暴力の魔女から逃げた。
一応、二人とも捕獲員なのだが、魔女、しかも二人が乗っていた車を簡単に持ち上げひっくり返せることができる相手と戦える程、強靱な能力を持っていない。
というわけで、こうやって追われながら、走って逃げていたのだった。
あさがおは、降り注ぐ雨に濡れながら、走りながら、さっき渡された伊達の携帯で、鬼灯に電話をかけている。
「鬼灯とつながったか?」
「……一応、鳴ってはいるんですけど、出ないですね」
伊達は後ろを振り返り、暴力の魔女がついてきているのか確認した。魔女とは五十メートルくらい離れているが、徐々にその距離は縮まっている。あさがおが苦しそうな顔をした。そろそろあさがおの足も限界に近いし、体力的にも疲れることのない魔女にかなうわけだない。このままだと、二人の体力が底をつき、追いつかれ、暴力の魔女にやられてしまう。
「どうするか……」
伊達はもう一度、振り返ってみた。魔女との距離はだいぶ縮まってしまっている。よく見ると魔女の左腕が肘の部分から上あたりまでしかないことに気づいた。普通、その大きな欠陥は見れば一回で気づくはずなのだが、魔女がこっちにくると、慌てていたせいなのか、それとも、あんな車をひっくり返すという力技を見せられ、取り乱していたせいなのか、今頃になって気づいたのだった。
「仕方がない。あさがお、次の左に曲がったら、すぐに近くの左にある角で曲がれ。そして近くにある家に隠れてろ。あの魔女が通り過ぎたら、また鬼灯に電話して、応援に来いって言え。もし繋がんなかったら機関の方に連絡しろ。わかったな?」
「……はい。わかりました」
伊達とあさがおは、前方十メートル先にある十字路を左に曲がった。すぐにあさがおは、左側に見える角に走り、曲がって、一軒家の車庫から庭に進入し、見えないところに隠れた。伊達はそのまま直進し、振り返って、葉々子がついてくるかどうか確認する。
一瞬、標的を見失った葉々子が、二人が左に曲がった十字路を曲がってきた。葉々子は二手に分かれたと思ったのだろうか、深く考えずに前方に見える伊達を追いかけてきた。伊達は心の中で、よし、といい、そのまま全速力で走って逃げる。
あさがおが隠れた場所から、どんどんと離れていった。伊達はそろそろ自分の体力が限界になってきた。首だけ振り返ってみると、葉々子との距離は縮まってきている。俺も歳だな、と耽りながら、仕掛けることにした。
伊達はくるっと向きを変えて、追ってくる暴力の魔女に向かって体当たりをした。
「ぐっ!?」
暴力の魔女は、伊達との距離が近すぎたのと追いかけることに夢中に成りすぎていたのか、捨て身の体当たり避けることができず、伊達の体当たりがモロに食らってしまう。
だが、転ぶことはなかった。暴力の魔女は、両足で踏ん張り、伊達の体当たりの力を押さえ込んだのだ。
「残念だったな?」
暴力の魔女がほくそ笑む。たとえ腕一本でも、その一本で車をひっくり返れる力を持っているのだから、人なんて簡単に潰すことができる。しかも、その相手はのこのこと至近距離に自ら来てくれたのだ。
「馬鹿だね。あんた」
暴力の魔女はその腕で伊達の服を掴んだ。
「こんなことになるくらい、分かっていたさ」
掴まれた伊達はその腕をさらに掴んで、そのまま投げた。
「ガッ!」
ドスッと暴力の魔女は背中から勢い良く、硬いアスファルトの上に叩きつけられた。投げる側も、受け身なんて取らせないようにおもいっきり下に向かって投げたことと、片腕がない暴力の魔女はさらに受け身を取ることはできず、硬いアスファルトとの相乗効果によって背骨をボキッと折れた。背骨を折れられたら、普通でも魔女でも立つことはできない。暴力の魔女は仰向けで、苦悶の表情を浮かべて動かない下半身を動かそうと必死に上半身を動かしている。
「くそっ! 畜生っ!」
暴力の魔女が伊達に対し吠えていた。
「油断するからだ」
伊達はうまくいったなと安心し、暴力の魔女を、そのまま何もせずに放置して、応援を呼ぶように頼んだあさがおと合流するため、ここで待っていることにした。
暴力の魔女を縛らずに、道の上に放置するのは、危険なのだが、魔女は死なない限り、脊髄、怪我はすぐには回復しない。回復しなければ動くこともできない。しばらく、そのまま置いといても大丈夫だと踏んだからだ。不審に思った誰かが、通報しないこともないと思うが、携帯もない伊達一人ではどうしようもない。さっさとあさがお、残りの光と鬼灯とこちらに来るのを待って、回収班を呼ぶ方が、この場合は賢明だ。
縛ったりすればいいのだが、魔女を縛っておく頑丈な縄がない。というよりは、曲がりなりにも筋力強化の能力を持つ暴力の魔女に近づくのは危険すぎる。片手で二人乗り込んだ車を軽々と持ち上げて、ひっくり返していたので、上半身だけでも相当な力があるはずだ。そんな相手を縛るために近づいた瞬間に返り討ちにされる可能性もあるので、身の安全をとって、そのまま触れずに放置する。
一番安全な方法として首を切り落としておく、があるが、そんな道具を持っていないし、ここ周辺に牛刀レベルの物騒なエモノを持っている家があるわけがない。というか、あっても捕獲員の手帳を見せて貸してくださいと頼んでも、何をするかは簡単に察しがつくので、貸してくれやしないだろう。
「そういえば、車のパワーウィンドウで挟んでおいた捕獲員もいたな。その前に車が大破しているか。くそっ、買ってまだ一年半しかたってないのに……」
雨に当たりながら伊達は、車は大破し、借金だけが残る、という、とても暗雲とした憂鬱な気分で、さっきまで走って来た道の方を見てあさがおや光、鬼灯が来るのを待とうとした。
雨が目に入り、視界が滲む。伊達は顔を腕で拭った。
少しだけ、視界がクリアになった。
「ねぇ? ぽぽ」
「なぁに、なな?」
そのさっきまで伊達が走ってきた方向から二人、赤髪で赤いパーカー、金髪で黄色のパーカー、二人の女子高生くらいの女の子が、仲良く並んでこちらに歩いてくるのが見えた。この雨の中、二人は傘を差してはおらず、雨なんて関係ないといっているように見えた。
「捕獲員って、みんな、こんなに弱いのかなぁ? てっきり強いと思ったんだけど」と左側にいる赤髪の女の子が言った。
「それはこの子が魔女を探す能力者だからでしょ? それなら、力なんていらないし」と右側にいる金髪の女の子が言った。
「それでもさぁ、魔女相手にするんだから、それなりに訓練してるんじゃないの?」
「訓練したって、無理なものは無理だって。獰猛なライオン二匹に格闘家一人が勝てると思う?」
「う〜ん。それは無理だね」
「でしょ? だから、魔女二人相手に、捕獲員一人が太刀打ちできる分けないんだよ」
伊達はその赤髪の女の子が、右手に掴んでいる何か。ずるずると引きずっているものがあると気づいた。そのずるずると引きずっているものからは赤い塗料らしきものが流れているのか、アスファルトに見えずらい赤線を引き、雨で薄まり、ところどころ削れた欠片が、落としながら引きずられている。その赤髪の女の子の口周りは、引きずっている物からでた塗料が、ミートソースのスパゲッティを食べて口周りを汚す子供みたいにべったりと、女の子の顔を汚していた。
そんな二人は笑いあっていた。それはどこにでもいる、思春期のまっただ中の青春を謳歌し、社会に疑問を抱いて、それでも楽しく笑いあっている高校生と同じように、かましく笑いあっていた。
雨が降り注ぐ中、伊達は、立ち尽くした。それは体が自分自身によって制御されていたからだ。思考が麻痺して、よく分からなくなっていた。赤髪の女の子がずるずると引きずっている何かは、自分がよく知っている物なのだが、それをその状態であることを認めたくなかった。
頬に冷や汗が体から出てくるが雨で流される。足がすくみ、信じられないくらい、体が小さく徐々に大きく、震えが止まらない。雨に濡れて体温を奪われたからではない。感情の大部分が根こそぎ奪われたのだ。
「はあ、はあ」
倒れていた葉々子が急に立ち上がった。どうやら動く左腕を使って自分の首を絞めかして、死んで、回復したらしい。
「お前、本当に運が悪いな」と伊達に言い、絶好の獲物を襲わず、あの女の子たちから逃げるように背を向け、何かを言いながら走り去っていった。もちろん、その後を追うことなんてできるわけがなかった。
今の伊達には、感性なんてものは、それ以外なかった。
あったのは――
「ねえ、なな?」
「なあに? ぽぽ」
雨で濡れた金髪の女の子が笑顔で指を指して訊いた。
「前に立っている、あの捕獲員は食べるの?」
“喰われる”という凄まじい恐怖だった。