あんぐらっ! Banira Angle 9/16
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急に雨が降り出した。
蒼天を覆い尽くすほどの灰色の雲から、涙のような雨粒が空から落ち、ポツポツと乾ききったアスファルトを斑模様に濡らして、最後にはある一カ所を除き、同じ色に塗りつぶした。
その雨は洗い流すかのように周りに立ちこめていた、生臭い鉄の臭いを消してゆき、何も残さないように、何もなかったように、だんだん強く降り出した。
そんな温もりも何も感じられない硬いアスファルトの上に、ぺたりと座っていた魔女は、ぼーっと、どんよりとした灰色の雲を見上げて呆けていた。口元についた血や脂は雨ごときでは落ちてはくれない。何一つ洗い流してはくれない。終わってしまった過去や、刻んでしまった自分の世界を。
ここにいても、意味はない。
早くしないと捕まってしまう。
魔女はその場から立ち上がった。ここから逃げだすために、だ。
このまま血の付いた顔で人前に出たら目立ってしまう。魔女は袖で口元についた血や脂を拭き取ろうとしたが、袖もしっかりと血に染まりこれでは拭いてもさらに酷くなる一方だと思った。
他の汚れていない部分を探し、拭こうとしたが、着ている服の自分の目が届く範囲は全体的にべったりと血が付着し赤く染まっている。思いの外、どす黒くはない。雨で少し薄くなったのだろうか。服に血がついている方が顔よりも目立つのだが、顔はなんというか、直接皮膚について気になるので拭きたい。
仕方がないので、服に飛び散った小さな肉片を摘んで取いて拭いた。顔に雨と血で重く湿った服がべったり付くが、気にせずごしごしと拭いていく。ふき取れるというよりはさらに汚してしまったような気がする。でも何となく落ちたような気もする。どっちなんだろう? 気が済むまで拭くことにした。
自分の顔にこびり付いた汚れをふき取れたのか、確かめられる鏡ようなものはないから確認できない。
だが、今自分がどんな表情して生きているのはわかっていた。
誰よりも、気持ち悪くて、そして、誰よりも、おぞましい、と。
もういいや、このまま逃げよう。
人目に付かないように魔女は、路地裏の奥に向かって逃げるように歩き出した。どこに逃げても、逃げきれないことには変わりないが、ここにいるよりは幾分、長く逃亡生活が続けられるだろう。そう感じた。
揺れて歩きながら魔女は、これで何人目だっけと頭の片隅で考えて、思い出せないでいた。別に思い出したとしても意味のないようなことで、そう、昨日の夕ご飯はなんだっけ? と頭の体操みたいな事にしかならない。でもどこかに思い出さなければいけないような気もしていた。
その代わりなのだろうか、あることは思い出した。些細なことだがやらなきゃいけない気がしたのだ。
魔女はくるっと体の向きをさっきまで食べていたモノ――食べ残しが落ちている方、自分がぼーと呆けていた場所に向け、両手を合わせて祈りを込めて言った。
「ごちそうさまでした」
その落ちているモノはお礼の言葉も、愚痴も、何も答えなかった。その大の字に仰向けで倒れたモノは、濁った目を見開き、口をあんぐりとあけてたまま、腹をぱっくり開かれ、中に詰まっていたモノをカラスについばまれたように、食い散らかされて、動かずに鎮座していた。周りには長くて少し湾曲している白い棒や、肌色や白、赤や黒の混じった柔らかそうな破片など、その体を囲むよう沸きだした赤く染まった水たまりに何かの風情のように存在していた。
それは沢山の水とタンパク質と脂肪、カルシウムなどを材料として出来た、動いていた塊だった。
中身をばらばらに引き千切られた塊だった。
それにしても、なんというのか、お行儀が悪い、散らかし方だった。
魔女は後悔するというよりはどこか高級レストランで床にスープをこぼしてしまったように申し訳なさそうにその場からこそこそと立ち去っていった。
雨は絶え間なく、降っている。
魔女が散らかしたモノを消し去ろうとするように、降り続いていた。
魔女はもう、そこにはいなかった。
午後になると雨は止み、厚い雲の切れ間から、さんさんと太陽の光の筋が赤く濡れたアスファルトを照らしていた。
雨は止んだ。
しばらくすると、魔女から見れば|(偏見だが)とても美味しそうに肉を拵えている二人の女子高生がその路地の前を通りかろうとしていた。
その内の一人が、ふと横に目をやり、その塊を見てしまった。
その塊を世間一般的には、
「きゃあああああああああああああああああっ!!」
モノではなく、人の死体というらしいが。