まじないっ! Masaki Angle 9/18 13:43
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「ふーん。それで魔女――ばにらさんを匿っているんだ」
僕は珠奈にばにらさんのことと今までの経緯を説明した。珠奈は僕が説明し終えるまで口を挟まず、ただ受け手に徹していた。そしてこの発端の張本人であり、なお現在この国で一番のお尋ね者と言われているばにらさんは、ぺたりとフローリングの床に座って説明している間、居心地が悪そうにオロオロとしていた。今は、話に入っても良いのか、どのタイミングで入ればいいのか、色々と躊躇っているうちに話が終わってしまい、役に立てなかったことに落ち込んでいるようだった。
珠奈は視線をそらさずに僕をじっと見ている。
「だけど、雅樹が魔女を匿っている理由が分からない」
珠奈はきっぱりそういう。先ほど珠奈に話した説明には一言も言ってはいない。話した内容はここまでの経緯だけで、どうして、ばにらさんを助け、こうやって危険を冒してまで匿っているかの理由を一切話さなかった。
ばにらさんを匿った理由がないとか、ただ匿う代わりにいかがわしい行為を求めてたから言えないとか、そいうわけではなく、その理由を思い返すだけで、僕はトラウマに発狂したくなるから話さなかっただけだ。ばにらさんを見つけたときも、僕はあの血にまみれた光景がフラッシュバックし、もう死にそうなくらい恐怖に足が震え、倒れそうになったくらいだ。さらに見て見ぬ振りをして、その場から立ち去る、なんてことをしていたら、その後、罪悪感に圧し潰され、僕は飛び降り自殺していたかもしれないし、少しでもその罪悪感を減らすべく、自らこの身を魔女に捧げてたかもしれない。
「ごめん、そのことは、なんて言うのか、話したくないんだ……」
「どうしてなの? あたしに聞かれて欲しくないことなの? それは雅樹がここで一人で暮らしていることと関係しているの?」
珠奈が追求してきた。それはそうだ。珠奈には僕が言うことは不倫した男の言い訳を言っているみたいに胡散臭く、そして遠回りして核心には近づけさせないように聞こえるだろう。
「……珠奈に知って欲しくないし、ばにらさんにも知って欲しくないことなんだ」
それでも言えなかった。
そもそも、言えるわけがない。
例え、珠奈に僕を今まで苦しめている過去を、赤裸々に話したとしても、仮にばにらさんにも言ったとしても、僕の中からその忌々しい過去は消える訳でもないし、二人に知られ、さらに消せるはずもない物と化してしまう。それなら言わない方が僕の中だけで処理できる問題で在り続ける。その方がいいに決まっている。慰めてもらいたいわけでもない、というより、僕の過去を聞いた時点で、二人は僕を慰めてはくれやしないだろう。話せば楽になるかもしれない、と僕の過去を知っている――現にその場にいた百合子さんは言っていた。楽になれるならそれでいいかもしれない。ぶっちゃけ、死んだ方が簡単に楽になると思うが。
だが僕の場合、事前に僕がした事を知っていたとしても、その場にいたとしても、その気持ちを共有出来るものではない。
それは、無理なことで、人として、外れたものだから。
珠奈は黙ったまま僕を睨んでいた。僕も黙ったままだった。これでは永遠に話が進まないと察し、諦めたように珠奈は話題を変えた。
「……これからどうするの?」
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで、ばにらさんを匿うつもりだ」
「それはできっこないよ。だってここ周辺には魔女が必ずいるってみんな知っているんだよ? しかも捕獲員までいるし、当たり前に警察もいる。ここ一ヶ月、魔女が人を食べていないからここにはいません、どこか別の所に移動したんでしょう。だからここから引き上げましょうなんて事には絶対にならないよ」
「……それはどうして?」
やっとばにらさんが口を挟む。珠奈が続ける。
「確かに警察だって、捕獲員だって、ここから離れた可能性は考えるけど、同時にここにずっと匿われている可能性も考えるのよ? 全部の可能性を虱潰し潰して、見つけるのよ。あなたをね」
ばにらさんは珠奈から目をそらし俯いて黙ってしまう。
僕は反論しようとしたが、珠奈に止められてしまった。
「ちょっと雅樹ついてきて、ばにらさんはここにいて」
珠奈は僕の手をつかんで連れていく。玄関から外に連れ出され、流石に僕は何するんだ、と言おうとした。
僕は頬を叩かれた。
パンッ、と音が鳴った。
どうして叩かれたんだろう?
分からない。
「何、する……」
「何って、雅樹、自分がどういう状況か分かっているの?」
「だからって叩くことは――」
僕が珠奈の顔を見ると、珠奈は泣いていた。
僕は滅多に見ない泣き顔の珠奈に戸惑ってしまった。僕は、いえなくなってしまった。
「下手したら、雅樹まで警察に捕まるんだよ? それでもいいの?」
珠奈は、最低限の言葉で、僕にしか聞こえない小さな声で、僕を説得しようとしている。ここで魔女に関する単語を言わなかったのは、彼女なりの配慮だった。
でも、僕はその優しさすら、怖くて、逃げたくて、知られたくなくて、踏みにじってしまうのだ。
「捕まるのは嫌だけれど……、仕方がないんだ。それに彼女を見捨てるなんてできないんだ。だって、だって……」
「それは、ばにらさんが可愛いから? 可哀想だから? 自分好みの子だから好かれたいと思ってやっているの? 雅樹が違うって言っても、あたしにはそうにしか見えないよ……?」
「違う。違うんだよ。それは……」
やっぱり、あのことを彼女に言うべきなのか。あのことを言ったところで自分は、慰めて欲しいのだろうか。言わなければ、僕は、珠奈に誤解され続けるのだ。それは、それで、嫌だ。
「……それは?」
珠奈がは次の言葉を待っている。僕が話したくない理由を。
話さなきゃ、そう思うだけで発狂したくなるし、ここから飛び降りて死にたいと、体の中を暴れ回る。体中から脂汗が出てきた。
「………………、言えない」
怖い。本当に怖い。同じことを繰り返したくない、それだけなのに。
「言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない。言いたくない」
なのに誰も正しく察してくれやしない。
息苦しい。呼吸ができない。ここに本当に酸素があるのか? ここはどこか酸素がない場所じゃないか? 深海とかそんな寒く深い、僕みたいな弱い生き物では生きていけない世界ではないのか?
そんなことになるってわかっている癖に、それでも口を閉ざしたまま、駄々こねている僕は、あの時の誰かが何とかしてくれると、思っている僕と変わらないじゃないか。
そう、あの愚かな僕に。
馬鹿な僕に。
誰かが僕をそっと包み込んだ。
焦げ臭い、あの臭いを、思い出した。
『これが、罰なんだね』
頭の奥から、叫び声の様に、そっと聞こえた。
誰かを突っぱねて、もうどうしていいかわからず、発狂し、そこから階段を転げ降りながら、逃げ出した。