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まじょがりっ!  作者: ハクアキ
第三章 Three Peace And ...
112/121

さいこうっ! Konara Angle 11/01 15:25

 痛い、痛い。

 衝撃を受けた頭はもうきっと割れているのでしょう。

 私は何見えない世界でそう思いました。

 いや、もうとっくに割れていたのかもしれません。

 あの魔女を追って、マンションから落ちて地面にぶつかったあの時にすでに割れていたに違いありません。

 もう、いつ割れてもおかしくなかったのです。

 ああ、その時がきました。

 あの頭が割れたあの時に、最後に伝えたいと思ったのは一体、誰でしたっけ?



11/01 15:25



 3LDKの広い部屋に、私、鳥兜とりかぶとこならと有佐百合子ありさゆりこさんの二人で、特にすることもなく、私は、ダイニングキッチンにおいてある白いテーブル上に突っ伏し、何回も読み返した暇つぶし用のマンガを積み重ねたタワーを眺めています。

「あの百合子さん。ここ一ヶ月、わたしたちはいったい何しているんですか?」

 ソファの上で某ファッション紙を読んでいる百合子さんに言いました。ファッション紙から目を離すことなく百合子さんはつらつらと言います。

「今、葛くんとあの正偽の魔女の鈴さんが、一生懸命、私たちの情報を都合よく改竄して、油断して魔女に殺られてこの世界から去った、ってことにしてくれているはずよ。そうでもしないと私たち、外歩けないからね」

「だからって、一ヶ月も部屋に軟禁状態って辛すぎますよ。ていうか、もう一ヶ月経ったんですね……」

 時が経つのは早すぎると思います。私も気づいたときにはお婆さんになっているのでしょうか? それとも棺桶の中でしょうか? もう死んでいるような気がしますけど。

「それは仕方がないじゃない。情報を改竄している最中に、私たちが外に出歩いて、まだ情報を改竄されていない知り合いに会っちゃったり、変なことに巻き込まれて問題でも起こそうものなら、葛くんたちの手間が増えるでしょ? それを未然に防ぐ安価な方法としてここにこもってるのよ」

「そうなんですけど、もうちょっと早く終わる他の方法ってのはなかったんですかねえ」

 私はそれはそれは深いため息が、魔女に食べられて肺や内蔵のほとんどを失ったお腹から出てきました。暇すぎて横隔膜もないのに、どうして口から息が出せるのか気になった日もありました。そういえばどうやって声出しているんだろう……。

 どうして、一ヶ月近くも引きこもることになったのか。それは約一ヶ月前に遡ります。



 09/23 15:12



「――そいうわけなんだ。これで納得した?」と葛くんがどこか皮肉に言いました。

 私は言われたことの半分も理解できずに唖然としていました。サバドと人間のハーフって一体何なのか、そもそもサバドは生殖活動ができるのか、色々疑問が浮かび、混乱していましたがそれを余所に葛くんが続けます。

「あ、でも僕は母さんのように、女性の心臓を奪って、人喰いの魔女にするわけじゃないよ。そこは勘違いしないでね。僕の場合は男女関係なく、片目を奪って能力を与えるだけで、人喰いにはしないのさ。要するに僕はサバド出来損ないであり、それ故に人間の出来損ないでもあるわけ」と葛くんは得意げに言いました。

「僕は出来損ないのサバドだからね。作る魔女も出来損ないさ。僕が作った出来損ないの魔女は、母さんが作る本物の魔女のように死んだら、自分からでは生き返えることはできないし、本物の魔女のような超回復能力も持たない。当然、死ぬ直前に失ったものや、失っていたものも戻らないままだ。だから君の肺や食道、あと心臓もか。姉さん――いや、あの殺戮の魔女に食べられた部位は再生していないから注意してね。何か体について質問がある?」

「え、あ、えっと、何を注意すればいいの?」

 もっと他に訊くべきことがあるだろうと私は心の中で思いましたが、慌てていた所為もあってか、あまり関係のない質問をしてしまいました。

「食道が無いんだから、その状態で飲食したら、その先は――この先、どうなるかはわかるよね?」

「……」訊いて正解だったような気がします。

「体のどっかに溜まって、腐敗するな」と葛くんの隣にいたふきさんが勝手に答えてくれました。別に答えなくてもよかったんですけど。

 私の話が一段落付いたところで、私の隣で葛くんに会う途中まで道案内してくれていた百合子さんが尋ねました。

「どうでもいいことだけど、気になるから訊くわ。こならちゃんは肺もないのにどうやって喋れているの? それと、一応こんな形でも一応魔女なんでしょ? 何か食べないと理性を失ったりするのかしら? それもと何も食べなくても生きていけるのかしら?」

 そう訊かれた葛くんは、

「じゃあ逆に訊くけど、何で君は心臓がないのに生きているのかい?」

 百合子さんの質問に対して葛くんは素っ気なくそう言いました。そう返された百合子さんはすぐに返せずにむっとして黙ってしまいました。

「ようするに説明なんて、できないものなんだよ。いや、する必要がないって言った方がいいかな。ただそこにあることの上辺だけを理解する。中身なんて知る必要も意味もないなら、知らなくてもいい。そういうもの方が多いのさ。そりゃSF小説とかで超能力が出たとき、少しはその超能力を説明した方がいいかもしれないけど、現実で、もう目の前に起こっている事実は、少しだけ理解すればいいんだよ。誰も自分の腕が動くのは、どうしてなんだって、普段そんな疑問を考えないでしょ? ただ、頭から神経を通じて命令が発信され、動かそうとしている部位の筋肉に作用して動く。そんな単純で大まかなとこだけ理解できているから、その先を理解できなくとも、日常生活では支障は一つもないのさ。まあ、それを商売やら、戦略に使うなら話は別だけどね」と葛くんは説明し、私に向かって「心臓がない魔女が生きているなら、食道や肺がない君も問題なく生きれてもなんにも不思議じゃない。そこは安心して。僕が作った魔女の場合だと、食事は取らなくても平気な体になっているはずだから、無理して食べなくてもいいよ」

 憶測だけで何にも解決に至ってない言葉を言いましたが、私は百合子さんが言ったとおりスルーして深くは突っ込まないようにします。

「じゃあ説明は以上でいいかな? じゃあ、部屋に向かうよ。きょう八鳥やどりも先に行って待っているからね」と葛くんはすたすたと歩いていきました。そのあとを面倒くさそうにふきさんが着いて行きます。

「私たちも行くわよ」と百合子さんはその場で立ち尽くしている私に声をかけてきました。

 呆然としていた、というよりはこの先どうなってしまうのかと、漠然とした不安に対し圧倒されていた私は、はっと意識を戻して、気を入れ替えて、葛くんたちの後を追いかけました。



09/23 15:18



 地下二階は私が目覚めた地下二階と同じ様な作りになっていて、エレベーターから、すぐ右に曲がり、廊下の突き当たりにある部屋へと向かいました。

「他に魔女とかいる?」とその部屋の前で百合子さんが小さな声で私に聞いてきます。私はすぐに能力を使い耳を澄まして近くに魔女がいないか探します。

「魔女はいませんが、この部屋の中に二人、人らしきものがいます」

 魔女じゃなくて、ただの人がいることは意外でした。葛くんが形成する組織(組織名は知らないので、便宜上そう呼ぶことにします)の構成員は全員が、ふきさんみたいな魔女や、葛くんが作った魔女で構成されているものだと勝手に妄想していたのですが、どうやら違ったようです。でも、この中にいる人たちがただの人間ではなく、超能力者という人の可能性は高いだろうと予測はつきます。

 先頭の葛くんが扉を開けると、見えてきたのは、所謂会議室のような部屋で、灰色の絨毯敷いてあり、長机がコの字に並び、前方には大きなスクリーンがありました。

 そのコの字に並んだ長机の右側の席に、二人並んで座っている人がいます。

「おい、葛。いつまで待たせる気か」と左側に座っていたストレートの長髪、射殺しそうな程の鋭い目つき、漆黒のロングコートを着た女性が、葛くんを見た瞬間に、そういいました。

「ごめん。ちょっとした用事で少し時間が掛かってね」

「ふん、もう少ししたら帰ろうかと八鳥と話していたところだったんだがな――って、お前、百合子じゃないか?」とその女性は、私の隣にいた百合子さんの存在に気づくと、親しげに話しかけてきました。――って知り合いですか? と訊こうと首を百合子さんの方へ向けたところ。

「お、お久しぶりです。杏さん」ぶるぶる震えている百合子さん。

 何が百合子さんをここまで追いつめるのか。気になり、すぐに小声で訊きます。

「いったいどうしたんですか、百合子さん? この女の人と昔、何かあったんですか?」

「何にも無かったわよ。そう、何もなかった。無かった。うん。無かった……」

 言う度に表情がどんどんと暗くなっていく百合子さん。百合子さんが恐れている姿なんて、滅多に見られないというか、見たこともありません。それくらい怖い人が目の前にいることを実感し始めた私はちょっと怖くなってきました。

 よーく見ると誰かに顔が似ていると感じ、思い出そうとしていると、百合子さんが震えた小声で私に呟きました。

「この人があの詩髪杏うたがみきょうさんよ」

 そう言われて思い出しました。この人が詩髪光うたがみひかりさんの姉、詩髪杏うたがみきょうさん。あの戦闘狂の姉で、それすらを遙かに凌駕し、伊達さんまでも、あの人ことはあまり話したくない……思い出したくないほど恐ろしいからと譫言のように言っていた、伝説の捕獲員。三年前くらいに急に失踪したと聴いていたのですが、その真相は葛くんに抜き取られていたようです。

「百合子、おまえ、何でここにいるんだ? 捕獲員辞めて来たのか?」

 睨まれて百合子さんは小さくなりながらも応えます。

「えっと、あの、ちょっとサバドに襲われて魔女になってしまいまして……、死にかかったところを葛くんに助けてもらって、この組織に入ることになったんです……」

「ふーん。そうなのか。それは災難だったなあ。ふあぁ」と言って、完全に興味を失った杏さんは欠伸をひとつして、頭の後ろに腕を組み眼を瞑り寝てしました。何なんだこの人。確かに正確は光さんに似ている気がしますが……。

 杏さんの興味から外れた百合子さんは、何だかほっとしたようでした。きっと捕獲員の癖に魔女にされるなんて弛んでいるとかなんとか叱咤されると思ったのでしょうか。いや、百合子さんが怯えるんだから、それ以上ことでしょうか。

「で、私たちを呼び出した理由を訊いていないんだけど、その二人の自己紹介のためだけに、私たちを呼び出したのかい?」と杏さんの右隣に座っている、葛くんと同い年くらいのニット帽を被った男の子が、女の子のような口調で喋りました。

「それもあるけど、近況報告やこれからの事も話さないといけない頃だと思ったから、こうやって集まってもらったんだよ」

「じゃあ、あとは椿と正偽の魔女、それとサバドが来るのかい? 血煙の魔女は行方不明だから来れないから、あとは君の父親か」

「母さんは連絡しても、基本来ないし、父さんも上が忙しくて今回も来れないってさ」

「君の父親が来たら、それは大変なことになるからね。来ない方がいいさ」ふふ、とその男の子は笑い、私の方に視線を移し、「時間があるみたいだから、先に自己紹介したほうがいいね。私の名前は唐崎八鳥からさきやどり。唐辛子の唐に宮崎の崎、八の鳥と書いて唐崎八鳥ね」

「私は、鳥兜こならです。元捕獲員でした」

「有佐百合子よ。同じく捕獲員だったわ」

「あ、いい忘れてたけど、私、今はこんななりだけど、本当は18歳で正真正銘の魔女だから」

「「……へ?」」と百合子さんと同時に声を漏らしました。

 何を言っているんだとその言葉の意味を逡巡します。

 魔女ってことは、性別は――女?

 八鳥さんは、ふふ、と笑い、その頭に被っているニット帽を取りながらその魔女である説明をし始めました。

「私は機関からは寄生の魔女っていわれていてね、本当の私、本体、母体といった方が良いかな。その母体は魔女収容所内にいるの。これは私の能力で、私の子体」

 そのニット帽の下には短い二本の黒い角が上に向かって生えていました。その角は黒光りしていて、赤い亀裂が入っている不気味な物でした

「私の能力はね、人の頭に、今の私の体からできた角を寄生させるんだ。実際は母体の爪を投げるんだけどね。その爪が体に当たると、皮膚に食い込で皮膚の中を移動しながら頭の天辺を目指す。たどり着くとそこから、頭蓋骨に穴を開けて進入して、脳の体を動かす神経を視覚、視覚も奪いって、最後に二本の角が生える。これが母体からの信号をキャッチするためのアンテナの代わりになるんだね。こうしてその人の体を乗っ取るんだ。魔女の本能としての使い方は、寄生して、鮎の友釣りよろしく、人を誘い込んで食べたり、あとはお腹が空いたときに自ら餌から私に寄ってくるようにするための非常食確保の能力でしょうね。でも、私はそんな風には使わずにこうやって、私の代わりに動く駒として使っているんだけど」

 とっても嫌な能力でしょ?

 ふふ、と八鳥さんは不気味に笑いました。

「じゃあ、その、八鳥さんが操っているのは誰なんですか?」そう訊くと八鳥さんは微笑みながら言いました。

「幼なじみ。彼氏。ボーイフレンド」

「は?」

「私が魔女になったとき、一番近くにいたのが、これだった。それだけで、私の操り人形になちゃったんだもの。運命って、残酷よね」

 そう言われて私は、何も言えずに黙っていました。

「そんなことよりも、あなたが葛くんが作った二人目の能力者ねぇ。それにしても珍しい名字だね。私のも珍しいほうだとは思うんだけど、いったいどこの出身なの?」

「い、いや、これはちょっと……、訳ありで……。捕獲員になるって言ったら、親族から縁を切られたといいますか……」

 本名は佐藤こなら、ですが、模倣の魔女に家族を食い殺された後、引き取ってくれた祖父母に、捕獲員になると言った瞬間、殴られて散々怒鳴られた記憶が蘇ってきます。そのときも、祖父母の気持ちは、魔女によって無惨に殺された母、父、兄と同じように、私も魔女に殺されに行こうとしている、血迷っているのだと思って必死に止めようとしたのでしょう。

 それでも、止める理由が理解しているとしても私は止まる訳には行きませんでした。それは私のためにも、そして、苦しんで魔女になって、壊れてしまった親友の彼女のためにも。

 私は、私みたいな理不尽に自分の世界を蹂躙していた化け物に、怒りをぶつけられずにひとりぼっちで、自分の不運に絶望している人を増やしたくなかったから、自分が化け物になって、知らずに犯してしまった罪に潰れそうになっている人を助けたかったから、捕獲員になろうと決めたのですから。

 それから、私は祖父母の言うことも訊かずに、捕獲員養成所の門を叩いたのです。

「へえ、それでそんな、変な名字を?」

「ええ。強そうな名前にして、少しでも自信を付けたかったので」

 本当の理由は、下の名前で呼んでほしくて、名字を呼びづらいものにしたのですが、そのことは伏せときます。

「ふーん。それにしても、葛くん。杏といい、百合子といい、あと椿か、こういう訳ありの子ばかり連れてくるって、どうよ?」私は杏さんと百合子さんのことを呼び捨てにしたことに少し驚きました。

「え、別にそういう人ばかり選んできたわけではないんだけど、自然と集まるんじゃない? そういう人種って」

「変に外れた人は、外れた連中としか馬が合わないからこうなるのかしら。そんなのどうでもいいけど、後ろ」と八鳥さんが私たちが立っている後ろの方向を指を指して言いました。

「正偽の魔女と椿が来たよ」

 振り返ると、捕獲員のファイルの写真でみたことがある、魔女草ストライガのリーダー、正偽の魔女こと、花木鈴と、椿と呼ばれた男性が立っていました。

「全員集まったね。各自の自己紹介等は後でするとして、始めるとしますか」と葛くんが言いました。



11/01 15:31



 あれから、もう一ヶ月以上も経ち、私たちはあの時に葛くんに言われた通りに、私たちの様々な記録が改竄されるまで、杏さんと八鳥さんが暮らしていた部屋から出ずに、ぐーたら過ごしていたわけで。

 今日もあっと言う間に過ぎていくんでしょうねと、自堕落生活の苦しみにジワリジワリと犯され続けて、感覚の麻痺がピーク寸前の心が口に出さずに言いました。

 すると、部屋の入り口の方から、八鳥さんと杏さんが返ってくるのが私の能力で分かりました。二人とも魔女ではない一般的な人間の体なので、ちゃんと心臓の鼓動が聞こえるのです。

「杏さんと八鳥さん、帰ってきましたよ」

「そう、まだ三時半なのに早いわね。何か厄介事でも起こったのかしら」と百合子さんは壁に掛かっている時計を見ながら言いました。私はこの一ヶ月間過ごした部屋から出たいとは思っていても、厄介事に巻き込まれれるのは精神的に辛いと言いますか、そう思うだけで、ちょっとだけ嫌になってきます。

「急いでいる様子がないなら、大した用でもなさそうだけど」百合子さんは時計からファッション紙の方へと視線を移しました。確かに走ってこの部屋に向かっている訳でも、急いでいる様子でもないので、緊急を要するものではないようですが、それでも、厄介事である可能性は捨てきれません。緊張感がない、ことは確かですが。

 部屋の戸が開かれ、杏さんと八鳥さんが帰ってきました。

「おとなしく留守番してたか?」と杏さんは、帰ってくるや否や、冷蔵庫からビール缶を取り出しながらいい、缶を開けて、立ったまま飲みはじめ、確かに魔女は能力は強ぇし、生理もこねえから楽かもしれないが、酒やらビールやら、アルコールが飲めなくなるのは痛いよな、と呟いていました。 

「はい誰も来ませんでしたよ」そう私が言うと、杏さんの後ろに着いていた八鳥さんは首を傾げて言います。

「おかしいねえ。今日、葛くんが来るって言ってたんだけどね。どうしたのかな」と携帯を取り出して葛くんにかけていますが、どうやら圏外か電源を切っている用で繋がらない、と言い、何かあればメールしてくるかと呟いてしまいました。

「なんでこねぇんだよ。それともあれか、またふきがやらかしたか?」と一本目のビールを飲み干し、二本目のビールに手を出そうとしている杏さん。

「やらかしたというと?」と私が言います。

「あいつ、運転がど下手でな。左側ギリギリまで寄って走るせいか、よく左のサイドミラーを電柱にぶつけて壊すんだが、時たま、そのサイドミラーが人にぶつかるんだよ。それで、警察のお世話になるせいで、待ち合わせによく遅れるんだ」

「あと、ブレーキとアクセル踏み間違えて、バックで駐車しようとした時に、後ろに駐車していた車に思いっきりぶつけてね。鈴を呼んで、無かったことにしてとんずらしたこともあったね。それと、杏、ビールは一日一本まで」

「ちっ、わかってるよ」分かっているなら手を出さないんじゃ……と死んでも言わないとして。

「……何でそんな人が運転しているんですか?」

「車、運転できるのがふきと椿だけで、今日は椿が別件で出かけているから、仕方がなくふきが運転しているわけだ。それだけの話だ」

 私は車を運転するっていうイメージが沸かないから乗りたくないな、頼まれたら別だがと呟きます。

 話がどんどんと反れていくようなので私は話を戻そうとしました。

「そうだ。どうして今日は早く帰って来たんですか?」

「葛くんが何か私たちに話があるから、そっちに三時半くらいに向かうって、昨日会ったときに言ってたんだけど、私、時間聴き間違えたかな?」と八鳥さんが言うと、杏さんは「三時半って聞いたぞ」と間違っていないことを話すと、何か急に閃いたのか薄気味悪い笑みを浮かべました。

「予定通りに来なかったんだから、何か奢ってもらわねえといけないな?」

「いいんじゃないの? 葛くん、どうせ腐るくらい金は持ってるだろうし」と八鳥さんが言うと、会話に参加してなかった百合子さんが「それならバイキング形式の焼肉店がいいわ。そろそろ私も食べないと危ない頃だから」と提案します。

 焼肉屋なら、魔女が主食とする生肉がそのまま出してくれるし、個室なら、一人くらい生で食べていても疑われないので、魔女である百合子さんは安心して食べられます。

「決まりだな。今日の夕飯は焼肉バイキングだ」

 でも、そうなった場合、私はお留守番になってしまうでしょう。私には消化器官がないため、魔女のくせに生肉も食べると、消化も排出もされずにお腹の中で腐り始めるので食べれますが食べたくないです。別に食べなくても魔女のように理性を失うこともありませんが、食道はなくとも、何かを食べたいと思ってしまう少々の食欲はあるのか、美味しそうなものを見てしまうと食べたいと欲求が起こり、その食欲を抑えるのが辛いから、お留守番することにしているのです。

 杏さんが夕食の宣言した時に丁度、部屋のチャイムがなり、一人の男の子が入ってきました。

「遅れてごめんね。ちょっとしたトラブルで、ふきが送ってくれなかったから、歩いてここまで来たんだよね」

「携帯に電話かけたのに、どうして、繋がらないかしら?」八鳥さんが携帯を取り出して見せつけました。

「ふきに貸したんだよ。自分が持っている携帯は壊れたからって。それも繋がらないってことは、ふき、早速僕の携帯壊したのか……」ちょっと苦笑いをする葛くん。

「まあ、そんなことは、あとでいいや。じゃあ、みんな集まっていることだし、早速、明日こならと百合子にやってもらう仕事の話をしようか」

 葛くんはそう宣言して、続けて言いました。


「殺人能力を持った人間を駆逐についてね」



09/23 15:30



 ――始めるとしますか。

 えーと、新しく入った二人が入るから、この組織について、ちょっと話さなければならないことがあるんだ。だから、その二人以外は、前に話したことだから、聴かなくてもいいよ。この話が終わるまで眠っててもいい、って言ったそばから寝るのは凹むからやめて、杏。あとここは禁煙だよ、ふき。

 気を取り直して、この組織は、とある能力を持って生まれてしまった人間をこの社会から抹殺するために、作られた組織なんだ。いわゆる、政府公認の殺し屋さ。政府が殺せといっている人を誰からも知られずに陰で殺し、記憶操作で完全に消し去る。

 ん? どんな能力を持った人間だって? こならも政府や世界の研究機関が言っていることがおかしいと思うところがあるんじゃないかい?


 先天的、後天的関係なく、殺人能力を持った人間がいないって宣言していることだよ。


 後天的に能力を得る人も、殺人能力を持った人も存在しないって政府が発表していているけど、生まれた時から備わっている能力でも、その能力に気づかずにずっと後になって、その能力に気づくことがあるでしょ? それも先天的って捉えると、本当に後から能力を得た人は、本当は後天的な獲得だったけれども、先天的だと決めつけてしまうことになるんだよ。どちらも簡単には見分けがつかないからね。政府は統一するように先天的の能力を持った人しかいないと決めつけているけど、本当はどちらもいるんだ。まあ、魔女と能力者の違いを増やしたかったんだろうね。その前に、先天的とか後天的とか考えなくても別にいいと関係ないと思うんだけどなぁ。

 あと、殺人能力については、君たちの元同僚だって、使い方次第で人を殺せる能力を持った奴だっていたんじゃないかい? それならその人たちだって立派な殺人能力じゃないか? 攻撃的だとか防御的だとか、そんな都合の良い細かい区分で分けて殺人ではないと言い張っているだけなんだよ。車だって使い方次第では、銃よりも人を簡単に殺せるのに、殺人の道具として思われていない、ってことと同じなんだよ。

 そういう人間がいるっていうことを理解してくれた? 理解しなくても進めるけどね。

 で、僕らはその過剰な殺人能力を持った能力者を人知れずに殺すんだ。殺した後は鈴に頼んで、その殺した人の生きてきた記録、人間関係などを都合良く居なくなったように書き換えて、なかったことにする。

 どうしてそんなことをするかって? そうしないと、君たちみたいに人すら殺せない能力を持った能力者までもが、忌避の対象となって、過剰反応する輩の暴動が起こるからね。その火消しが面倒なんだよ。小さい火を消すのは楽だけど、山火事レベルになるとどうしようもないでしょ? 勝手に消えてくれるの待つしかないけど、そんなの時間がかかり過ぎるし、放っておくんだから被害が大きくなる。それじゃあまずい。

 だから、小さいろうそくのような火のうちに吹き消しておくんだよ。

 どちらも被害を増やさないためにもね。



11/01 15:37



「ここ一ヶ月、僕とふきが周辺を回って、殺人能力を持った能力者を捜していたんだけど、なかなか見つからなくてね。昨日やっと一人見つけたんだよ。で、早速なんだけど、その見つけた能力者をこならが殺して欲しいんだ」

「おい、それなら、私ら呼ぶ必要ないだろ?」と不機嫌そうに杏さんが葛くんに抗議しました。

「杏と八鳥も一緒についていって欲しいんだよね。だから呼んだんだ。もしも、こならが能力者を前にして殺せなかったとき、そのままにして置くのはちょっと厄介だからね」

「確かに。特に罪もない人を殺すのは精神的にも辛いでしょうから」と八鳥さん。

「その殺す奴の能力はなんだ? 見つけたなら、お前の能力ですぐ分かるだろ? さっさと教えろ」

「はいはい、もうちょっと優しく頼めないのかなぁ。別に良いけどね。能力は、思った人の運命を変える能力って言った方がいいかな?」

「何だそれ? もっと具体的に話せ」

「人ってさぁ、思っているほど以外に簡単に死ぬでしょ? 走っている車の前に飛び出れば引かれて高確率で死ぬし、高いところからぴょんっと飛び降りても死ぬ。それに寿命がくれば勝手に死ぬ。最後のはほっといて、その能力者の能力は、能力を受けて運命を変えられた人が、マンションの屋上とか、交差点とか、一歩前に出たら死ぬそういう場所に近づいたら、体が勝手に死のうとする暗示にかかるんだよ。具体的に言えば、プラットホームで待っていて電車が来たら、急にめまいがしてふらつき、ホームから落ちて引かれる、みたいな感じかな」

「つまり、日常的にここから出たら死ぬ、こうやったら死ぬだろうと危機を感じて、しないように無意識に抑制するけど、その能力によって暗示にかかった人は、自分の体に不調を起こさせて、運悪く死んだように見せかけるっていう最悪な能力でしょ? そんな能力者の相手をこならにやらせるなんて、危ないんじゃない?」

「だから、三人で行ってくれって頼んでいるんだよ。一人くらい暗示に掛かっても残り二人が、頑張れば防ぐことはできるからね」

「あの、話が進んでいるところ悪いんだけど」と今まで全く物騒な会話に参加せず、ファッション誌を読んでいた百合子さんが口を挟んで言いました。

「こならちゃんにはその危ない能力を持った人間を消しに行く仕事があるとして、残った私は何をすればいいのかしら?」

 そう訊いたところ、葛くんが「百合子はそのまま、待機っていうか、ちょっと別件で頼みたいことがあるから、この三人が出ていった後に話すね」と言い、別件で仕事がならいいわ、と百合子さんは、ファッション誌を再び読みはじめました。

「じゃあ、こなら準備は良い?」

「……はい」

 訊かれて私は返事をしました。

 今からさっき説明があった能力者を殺しに行く準備をします。その間、八鳥さんは葛くんから、その能力者はどこにいるのか、容姿はどうなのかを詳しく訊いていました。私はその言葉の断片しか聞き取ることができなかったので後で八鳥さんに訊くことにします。

「こならちゃん」準備が整い、いざ、殺人能力を持った能力者を消しに部屋から出ようとしたときに百合子さんに呼び止められました。

「何ですか?」

「人生で、最初に殺した人の顔、死に顔って、忘れたくても忘れられないものなの、だから――」

 百合子さんが言い終えた途端、先に出た杏さんに、まだなのか、と外から声が聞こえました。私はあわてて杏さんの元へと向かって行きます。


 目を背けるのも、一つの手だと、私は思うのよ。


 そう百合子さんは、どこか寂しそうで、悔いがあるように、怯えるように言っていました。

 次回は一週間後に掲載予定です。

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