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まじょがりっ!  作者: ハクアキ
第三章 Three Peace And ...
109/121

しあわせっ! Sakaki Angle 11/03 07:17

誤字脱字等有りましたら指摘お願いします。

 11/03 07:17


 いつも通りの時間に起きて支度をし、マンションから出る。外はもうすぐ冬だといういうのに雨が降ってた。傘を差しながら、徒歩で地下鉄の駅まで向かい、機関へと向かう。雨が降れば、水を操るいちりにとって絶好の天気、ほぼ無敵の状態になるので、その捕獲員、能力者としては、嬉しい限りの天気だが、通勤途中の天気としては宜しくない。雨が降っているからまだ気温がそんなに下がっていないとはいえ朝は寒かった。

 寒そうに身を縮めて擦り寄ってくるいちりがぽつりとつぶやいた。

「……ねえ、榊」

「なに?」どうせこの辺の水を蒸発させてもいい? とか言うに決まっている。ちなみに、去年冬に北の地域に行った際、いちりがこんな感じで言って、積もっていた雪を蒸発させて暖をとっていたが、着込んでいた所為もあって、ものすごい蒸し暑くなり、積もっていた雪にダイブした(正確にはこならに押し倒された)記憶がある。ダイブした場所が余熱によりべちゃ雪になっていて――うん、大変な思いをした思い出という名の心の古傷が痛んだ。見ていた百合子さんとこならは、死にそうなくらい笑っていたっけ……。

 そんな思い出は忘却の彼方へと放り投げて、いちりがどんな爆弾発言をするか身構える。

「……寒いから、帰って、ふとんの中でぬくぬくしよ」

 どうしよう。心が根本から折れている。

「そこは頑張ろうよ……」

 今、僕らの部屋があるマンションから出て、二百メートル過ぎたか過ぎてないかくらいの距離だ。あと駅まで五百メートルくらいはある。まだ近い方だろう。それくらいで帰ろうというのだから、その内、凍死するとかいいだすんじゃないだろうか。それ以前に雨では凍らないが。

「ペットボトルを暖めて懐炉がわりにすればいいじゃん。もしかして、雨だから持ってきてないの?」

「……ううん。ちゃんと持ってきてるよ。でも加減がわからないから、すぐ沸騰して危ないの。前にも言ったでしょ」余談だが、いちりは汁物作る時や麺類をゆでるとき、その便利な能力を使えば、一切光熱費を使わないで料理ができるのだ(昨日もそうやってお湯を沸かした)。さすがにお風呂を沸かすのは――できるが、水温が三桁に到達するため自重している。

「今度は使い捨て懐炉でも買ってこないとね」ちょうど目の前に自動販売機があったので、懐炉代わりに何か暖かい飲み物を買うことにした。

「何がいい?」五百円玉をいれながら訊く。

「……コーンポタージュ」「わかった」いちりに差していた傘を預け、コーンポタージュとブラックコーヒーのボタンを押して買い、出てきた二つを取り出し、コーンポタージュをいちりに渡して、ブラックコーヒーは自分のポケットに入れ、お釣りも忘れずに取り出した。預けていた傘を受け取った。

「……」

 いちりはじーとコーンポタージュを見ながら、次に僕の顔へと視線が移る。

「なに? 顔に何かついてる?」

「……なんでもない」といいながら、コーンポタージュを自分の左のポケットにいれて、右手を僕の左手とコーヒーが入っているポケットに自然に滑り込ませた。

 なんかこんな感じの曲あった気がするけど、まあいいか。

「……うん、ぬくぬく」いちりはこんな単純なことで幸せそうだ。

 僕が左ポケットがすごく膨れているのは置いて置くことにして、今日も、雨の日でも、彼女と僕の幸せが続いていることは間違いなかった。



 11/03 07:30



 僕たちは地下鉄の駅に着いて定期券で入って、プラットホームで登りの電車を待っていた。朝の通勤通学のラッシュと被っているため、スーツやら制服やらを着た人々が多い。何時もと同じ通勤通学の日常風景だ。逆に少なかったら、今日は祝日だったかと思うくらいで、おかしくも何ともないことだ。

 駅についてからすぐに途中で買って温くなってしまったコーヒーをバックに入れた(機関に着いてから飲むことにした。いちりもそのつもりのようで、ポケットから出して自分のバッグ入れた)。あとは暇つぶし用に買い込んである文庫も昨日でもう全て読み終わってしまい、もう一回読み直そうかと思っていたのだが、うっかり忘れてしまい、何もすることがない。なんとなく電車が来る方向をトンネルの先を見ていた。今度の休日に古本屋でも行って、百円の本を数十冊くらい買ってこようと思う。隣にいるいちりはボー、と前にある電子広告板を見ている。天気は明日はくもりで降水確率六十パーセント。明日は洗濯できないなと思った。

 急に耳鳴りが酷くなってきた。早く機関につかないかな、と幾千の鼓動の音が振動のように鳴っているこの場所から逃げ出したいと願う。

 人の数が多すぎるところへ行くと、僕のような心臓の音を聞いている能力者は、聞こえるはずもない鼓動の音が地響きのように永遠に聞こえるため、気が滅入り、頭が痛くなってくるのだ。これは耳栓してもイヤフォンをしても、頭に直接響くような音、というよりは能力なので、聞こえなくするのは不可能である。それに僕の能力が届く範囲で人が多く密集すると、テンポも協調性も全くない低音の心拍が、一人一人勝手にリズムを刻んで頭にすべて届いてしまうため、空砲や花火、太鼓のような大きな音とはならないが、気が滅入るほどの騒がしい音になってしまうのだ。どんな感じかと訊かれたら、百人の幼稚園児、一人一人にカスタネットを渡して、自分の好きなように叩かせリズムをとらせるようなものだ。何人かは一緒にあわせて叩くかもしれないが、ほとんどがバラバラの自分のリズムで叩くだろう。それが何人も合わさって、協調性のない絶え止まない騒がしい音となる。いや、幼稚園児がカスタネットを楽しく叩いている光景が憂鬱に聞こえないという反論があるなら、その音だけを録音して、MP3プレイヤーか何かに入れて、ずっとループさせて聴いてみてほしい。数分でその効果は見えてくるだろう。

 しかし、このような能力を持っていた同僚のこならは、もう慣れたから人混みでもライブの会場でも平気で気にならないといっていた。確かに慣れればどうってこともないのかもしれない。しかし、僕は少し神経質なところもあるのか、慣れることはなく、未だに聴きすぎていると頭痛や耳鳴りがしてくる。

 だから、この通勤の時間が苦痛で仕方がないのだ。今日は調子が悪いのか(いちりと一緒に熟睡できたはずなのに)、僕はちょっとめまいがして、ふらついた。それに気づいたいちりが心配そうに訊いてくる。

「……榊、大丈夫?」

「ちょっとめまいがしただけ。大丈夫だよ」

「……そう、でも体は大事にしてね」

「うん、言われなくても――」と言いかけた瞬間に、急に周りの心臓の鼓動だけ(・・・・・・・)がぴたっと聞こえなくなった。それ以外の会話や足音は、雑音もなく、ちゃんと聞こえている。

「――鼓動が聞こえない?」僕は焦った。鼓動が聞こえなくなることは僕の能力が使えなくなったということだ。どうして急に能力を失ったのか? それとも誰かに能力を使えなくさせられているのか? いや、そんなことよりも、

「いちり、大丈夫か?」と強い口調で、隣で電車を待っているいちりに異常はないか確認した。能力が使えなくなったら、たちまち動かしていたいちりの心臓が呪いによって、止まってしまう。

「……どうしたの? 別になんともないけど」といちりは困惑気味に答える。本当は心臓が止まっていて、僕に心配させたくないから、気合いで乗り越えて心臓は問題なく動いていると嘘をつく、なんてことは、気合い云々の問題ではないので、時間が経てばすぐにわかるが、見た感じ耐えている様子はないから、本当になんでもないようで、僕はひとまず安心した。冷静に考えてみれば、いちりの呪いも所謂、能力であるのだから、本当に能力が使えなくなったら、それも無効になるはずだ。

 でも、いちりが何でもないということは、相手の心臓を僕の思いのまま動したり、心臓の音を関知する能力を無効にされたわけではない。関知系の能力者に関知されなくなる能力を持つ者が僕の接近してきたから、聞こえなくなったと考えた方がいい。

 そんな能力を持った一般人がいるとは到底思えない。強い能力だと携帯のGPSですら関知しなくなるらしいから、その手の能力を持つ者が、自分の能力に気づかずに生活を過ごすことも不可能なはずだ。

 だが、そのような能力を持っている|化け物(魔女)を僕は知っている。

「模倣の魔女が、近くにいるのか?」

 模倣の魔女。

 正偽の魔女が最強の魔女と呼ばれるなら、模倣の魔女は最悪の魔女。

 基礎の能力は、食った相手の能力を奪い、自分の能力として扱う。

 何十人の能力者、魔女を喰い殺し、数十の能力を扱う、狂った殺人鬼。

 捕獲員の関知系の能力者が、居場所を関知することができず、これまで捕獲することができなかった魔女。

 危険すぎるため、魔女の中で、唯一、見つけ次第、死刑執行してもかまわない魔女。

「……本当にここにいるの?」と不安そうにいちりは確認してくる。

「本当とは言い切れないけど、たぶん、いる。近くにいるということは、良い能力をもった男性でもいたかな」

 模倣の魔女は自分の能力のため、能力者の能力を殺して食べて奪うのだが、模倣の魔女は基本、男性しか襲わない。魔女にも襲うがとどめは差すさずに肉を一口だけ食べて、能力を奪うだけだ。女性の場合は、例え能力者でも一切わき目も触れずにすぐさま立ち去るのだ。

「……もしかして、榊を狙ってきたんじゃない?」

「そうかもね」僕は携帯を取り出して、機関に模倣の魔女が現れたかもしれないと報告をしようと携帯の電話帳から番号をだす。

「……榊は絶対に殺させないから。わたしが絶対に守るから」いちりが僕の手をぎゅっと掴んだ。

 ここは僕の方からそう言うべきなのかもしれないし、僕はか弱い女の子に守られて、自分の男として弱さを嘆くのがセオリーであるのだが、そうとは感じられないし、自分が弱くて情けないとも思わない。僕は魔女に対して能力を使ったとしても、探索ができるだけで、心臓の鼓動を制御する能力があるといっても相手は心臓を奪われた魔女であってそんなことをしても意味がない。つまり、言いたくないのだが、魔女と接触し保護する時になった場合、僕はお荷物でしかないということだ。

 そんな役立たずな一面もある僕だが、心臓の鼓動を操れるから、前のあの失神させたあの少年みたいに、魔女ではない相手では、ほぼ無敵近い。いちりの場合だと、魔女以外、普通の人の過激な武力を押さえるには効果は絶大だが危ないため、僕が代わって押さえているのだ。

 僕はいちりの弱い所を代わりに戦い、いちりが僕の弱い所を代わりに戦う。僕らは片方の弱点を補いながら、戦うのだ。

 いちりの手は震えていた。模倣の魔女に対する恐怖なのか、それとも、僕が襲われるかもしれないし、もし襲われたら、と不安に思っているのだろうか。

 けど、それでも、小さいけれど、その手は頼もしい。

「ありがと」僕もいちりを守るといってあげればよかっただろうか、と言ってからそう思った。


 †


『事情は分かった。何かあってからでは遅いから、に駅内にいる人を一端避難させる放送をするように上に言う。零華と銀良、あと、模倣の魔女だったら、光も行かせたほうがいいか。三人そちらに行かせる』と僕が今の状況を報告した後、伊達さんはそう僕たちに指示を出した。

「三人も入れば、普通の魔女一人は確実に捕まえられると思います。模倣の魔女だったら、わからないですが……。って、光さんってまだリハビリ中だったんじゃないですか?」ろくに動けやしない、動けないのにどうやって病院まで行ってリハビリしなければいけないだって、退院祝いで会ったときにそう愚痴ってなかったっけか?

「本人から、もう治った、今日から普通に出勤するって昨日の夜、連絡が入ったんだが」

「……そうですか」僕の中の化け物ランクの人がまた一人増た。

「もし本当に模倣の魔女がいたらなら、躊躇わずに、殺せ。躊躇って迷っていたら、逆に殺されると思った方がいい」

 伊達さんの忠告を頭の中で復唱した。躊躇ったら殺される、一つの油断も、命取りになる。

「分かりました」僕はその台詞を頭に刻み込んだ。

「何か動き次第、連絡してくれ。こちらも何かあったら連絡する」

「はい」そういい伊達さんから電話を切った。僕も携帯をしまい、辺りを見渡して模倣の魔女らしき人物はいないか、目で探すが、当然、見つからない。でも、いないわけではないのだ。こうやって僕が心音が聞こえないのは、何かしらの能力を使っている人間がいることは間違いない。遠ざかって行くなら僕の関知の能力が元に戻り、聞こえるはずだ。しかし、全く心臓の音が聞こえない。まだ模倣の魔女は動いていないのか。はたまた様子を見に近づいて来ているのか。

「……いないね。どうして隠れているの?」といちりは首を傾げた。

「隠れても、こうやって能力で存在がわかってしまうから、そんなにメリットがないはずなんだけど」何か罠でも仕掛けているのか。並んでいる列から離れて、さらに探そうと僕といちりは動いた。電車は前の駅に到着したとアナウンスが入った。もうすぐ、前の駅でさらに人を乗せた電車がこの駅にやってくる。まずいなと僕は思った。電車が入ってきた直後に何かしらの事を起こされたら被害が尋常ではない。

 その前に何とかしなければ。


 と、思った矢先。



「パンッ」



 ブチュッ。



 僕の後ろで、何かが弾け飛ぶ音がした。生暖かい液体と個体が僕といちりの体にかかった。生臭いにおいが鼻の奥を刺激する。とっさに身を引いて、そのはじけ飛んだのが物体が目に入った。


 首から上がない、黒のスーツと白いワイシャツ、紺色のネクタイをしていた人だった。


 ドサッと、頭を失ったその人がその断面から赤黒い血液を小さなスプリンクラーのように吹き出しがら、その場に崩れ落ちた。赤黒い液体と朝に食べたと思われるものが倒したペットボトルのようにコポコポ出てきて周りに広がる。



 その場が凍りついた。誰もが一瞬で理解できずにいた。



 そして、そこにいる誰もが、その光景の意味に徐々に電波のように広がりながら気づいていく。



 ここにいたら殺されると。



 その空気が解凍された瞬間、信じられないほどの絶叫が僕の耳を聾した。



「パンッ」



 ブチュッ。



 また一人、男性の頭が弾け飛んだ。近くにいた人に、液体と個体が降り注ぎ、恐怖をまき散らす。

 それが第二の起爆材となり、逃げまどい線路に落ちる人々や、登り降り関係なく、エスカレーターや階段を上る人々。転んで将棋倒しになっている人々、混乱がさらに狂乱を生む。

 僕はいちりを抱いて、壁際に押して、人の波が去るのを待った。この状態で動き回るの自殺行為だ。いちりは僕の胸に顔をおしつけてその惨劇を見えないようにした。僕は小さな体を守るように抱きしめる。

 すぐに、パニックになった人混みのその中、一人の灰色のパーカーを着てフードを被っている小柄な人が、片手でお粗末な銃を作り、それを人に向けている奇妙な人が僕の目に映った。こんな殺されるかもしれないパニックの中で一人、逃げずに妙な行動をしている人がいるとしたら、そいつがこの元凶の犯人である確率は高い。どんな顔をしているのか見ようと目を凝らしたが、被ったフードで顔は見えなかった。

「パンッ、パンッ、パンッ」とその灰色のパーカーがお粗末な銃で逃げまどう人の頭にねらいを定めて、口で発砲音をいうと、その狙われた人の頭が破裂していった。

 間違いない、魔女だ。僕はそう確信し、その灰色のパーカーから見えない位置に移動し機会を伺う。

 時々、ねらいがはずれるのか、肩が破裂したり、胸を押さえて信じられない量の吐血をしてその場に苦しみもがく絶命する人もいた。灰色のパーカーは当たりどころが悪く一発で殺せずに生きようともがき苦しむ人にも、動かなくなるまで何発も撃っていった。

 赤い血がホームの床を濡らし、赤い飛沫が霧のように充満して、辺りに飛び散る。悲鳴と絶叫がうねりとなり、ホームに反響してさらに血塗れの混沌を生み出す。

 血煙。

 これは血煙の魔女の能力だ。

 あの次々と人を虐殺しているフードで顔の隠れた灰色のパーカーは、魔女草ストライガの血煙の魔女なのか、はたまた、その血煙の魔女を喰った模倣の魔女なのか、それとも、未知の生まれたばかりの魔女か。

 そんなことよりも、今しなければならないことは、虐殺行為を止めることだ。

「いちり、ペットボトルだして、あの灰色のパーカーに投げつけるんだ」とその灰色のパーカーに気づかれないように行った。

「……分かった」いちりはすぐにペットボトルを出して、その灰色のパーカーの頭上めがけて、投げつけた。そのペットボトルは灰色のパーカーに当たる前にブクッと膨らみ、爆発。ペットボトルに入っている水が灰色のパーカーに頭からかかり、ぎゃっと叫さけぶ。かぶったフードからシューと水蒸気を上げている。

「よくやった」いちりが投げたペットボトルは、能力によって内に入っている水を沸騰させ気体に変え、体積が爆発的に多くなり、圧力が上昇。内気圧がペットボトルの限界を越えたため爆発したのだ。しかも爆発したペットボトル内に入った水は、水蒸気といえでも、沸騰直後の百℃以上水蒸気だ。やけどは間違いない。

 灰色のパーカー俯きながら顔を押さえて、苦しそうに悶えている。

「おとなしく捕まれ。これ以上続けるなら、その首を落とすぞ」僕たちはゆっくりと灰色のパーカー歩みよる。いちりがもう一本ペットボトルをだした。この水で氷の剣を作り、魔女の首を落とすのだ。

 僕がそう宣言した途端、その灰色のパーカーは何も言わずに僕たちに背を向けて逃げ出した。

「待てっ!」僕たちも一緒にそのあとを追いかける。灰色のパーカーは逃げまどう人で地獄絵図となっている階段、エスカレーターの方へ逃げずにに、ホームが途切れ、線路だけががトンネルの先に続く、末端の方へと走って逃げてった。そのは出入りができないように金属の柵があるのだが、ホームから線路に飛び降りれば、簡単にその先へと行けてしまう。

 灰色のパーカーも躊躇わずに、ホームから飛び降り線路の轍をスキップするように走って逃げていく。自棄になって逃げているわけではないだろう。もし、あれが模倣の魔女だった場合、トンネル内のどこかに隠れて、じっと機会を伺って逃げられる隙があれば、簡単までとは行かないが、ごり押しで逃げきれる。

「追うぞっ」「……うん」僕らも、ゆっくりとだが、ホームから降りて線路わきの狭いスペースを走っていく。まだ、逃げる灰色のパーカーの姿は見失っていない。

「線路にふれないようにね」線路には高圧の電気が走っていると聴いたことがあるが、それがガセだろうとさわらないに越したことはない。

「……わかった」体力がないいちりは辛そうだが、ここで逃がすわけにはいかないと思うのか、必死に走ってついてきてくれた。

 奥に進む度、ホームから差し込む明かりが届かなくなってきて、今では、小さな照明しか、僕らを照らしていなかった。時折避難用の非常口が見えたりしたが、灰色のパーカーはそれにはわき目くれずに走って逃げている。

 相手も走りづらいのか、轍の上を走っているからなのか、手を引っ張りながら走っている僕らとの距離を引き延ばすことができずにいるどころか、不思議とどんどんと距離が縮まっていった。

「もう少しだ」

 ゴォー。

 もう少しで届くと距離に迫った時、トンネル全体が振動していることに気づいた。ゴォーを低音がトンネル内に小さく響き、どんどんと大きくなっていく。

「まさか……」僕はあの惨劇が起こる前、電車が前の駅に到着したとアナウンスが入っていたことを思い出した。

 あと数分後、猛スピードで電車がやってくる。

 駅に近づいているから電車も減速し始めるが、それでも当たれば即死、飛び出している部分に引っかかっても重傷は確実。そう頭の中に引かれたイメージが浮かぶと、僕の体から血の気が引き、すぐに走るのをやめ、いちりにできるだけ壁にくっつき、引っかけられないように身を小さくするよう言った。いちりは素直に言われた通り実行した。これで何とかやる過ごせるか不安だったが、今更走って戻ることもできやしない。あの灰色のパーカーはそのまま逃がしてしまうのかとその灰色のパーカーが走り去っていく方へと視線をやる。

 だが、いつの間にか灰色のパーカーは逃げるのやめてこっちを向き、僕らに向かってお粗末な銃を突きつけ、いつもでも撃てる状態で待っていた。

「っ!?」僕は横で壁に這い蹲っているいちりの頭を押して僕と同時に避けた瞬間に「パンッ」灰色のパーカーが言った。その声はトンネル内に反響して、電車が近づくにつれ大きくなる轟音にかき消された。僕もいちりも外傷を負っていないことから、見えない銃弾は避けられたようだ。

 もう一発撃ってくるのかと身構えたが、トンネルの奥からこちらに猛接近してくる電車のライトの光が徐々に薄暗いトンネルを照らし始めた。もうこのままその場所に立っていたら引かれてしまうと思ったのか。灰色のパーカーは右手にある少し外側に膨らんだ避難用の非常口がある方へと急いで向かっていった。そこでやり過ごすようだ。こちらをまた狙ってくる様子は今のところはなく、電車がくる方を見ている。

「……怖い」いちりがおびえながら言い、僕の服をぎゅっと握りしめている。

「大丈夫、僕がいるから」気休め程度だが励ましてやり、服を握りしめている手を上から握ってあげた。今僕にはこれくらいしかできなかった。

 数秒後、低音と振動の発生源が近づいてくるのを体で感じる。電車の姿が見え、ひき殺されるかもしれないという恐怖からか、すごいスピードでこちらにひき殺してやると僕らに向かってくるように感じた。強風がこちらに吹き、歯を食いしばって壁に張り付く。強風に煽られて、引っかけられ、頭を吹き飛ばされるという、酷い状態にるイメージが頭の中でよぎる。

「くるっ!」

 僕は頭をできるだけ壁にくっつけた。

 電車は急ブレーキの悲鳴と火花を散らしながら、僕の背中を暴風と共に走り抜けていこうとする。

 暴風が背中をたたきつけるように吹き荒れ、急ブレーキの甲高い悲鳴に似た音が鼓膜を裂くように響き、耳が痛たい。あともう少しで通り抜ける。後ろを向くことはできなかったが、この時間帯に乗ると電車は前の駅から乗る人で何時も混んでいて、車両の三分の一くらいはもうすでに埋まっている。緊張感がないが乗っている人たちには悪いことをしたなと心の中で詫びた。

 僕たちにぶつかることもなく、電車は数秒で通過していった。電車はブレーキのけたたましい音からしてを強くかけていたから駅の半分くらいで止まるってしまうなと思う。

 壁から振り返り、灰色のパーカーがまだそこに隠れているのか、それとも非常口から逃げ出したのか、電車が通り、薄暗くなったトンネル内を見ようと、さっき灰色のパーカーが電車を避けた場所に目を向けた。

 そこには、右手で銃を作り僕たちの顔に銃口を向けていた、灰色のパーカーがいた。

「っ!?」ワンテンポ遅れて振り返ったいちりが灰色のパーカーがすぐに撃つと思い体をすくませる。

 無情にも灰色のパーカーは口を動かして、あの破裂させる能力を使おうとする。 

「うぐっ!?」

 突然に胸を押さえて苦しみだした。その姿は先日見た、あの魔女を匿っていた少年のようだった。

 ドサッ。

 力つきたようにその場に呆気なく倒れてしまった。

「……どうしたの」何か起きたのか判らないいちりは僕に尋ねる。

 僕も無我夢中でやっていたから、そのことがよくわかっていなかった。

「いや、ダメ元っていうか、条件反射的に、心臓の鼓動をコントロールしたら効いて、心臓が止まって、失神したん――」

 説明している僕自身がおかしな事を言っているのに途中で気づいた。

 心臓の鼓動をコントロール?

 頭に血液が回らなかったため失神?

 僕は線路に引っかからない用にゆっくりとその失神した灰色のパーカーの元へ近づき、うつ伏せに倒れている、その顔を返してみた。


 その顔は、さっきのいちりの能力による攻撃で、顔がところどころ火傷により赤くなっていたが、間違いなく男であり、あの変死事件の容疑者とされている、中崎漆だった。


 後ろからその顔をのぞき込んだいちりが絶句する。

「……ど、どうして、魔女じゃない、男の人が、魔女の能力をもっているの?」

 人を殺せる能力、つまり、人を簡単に殺して餌を得るための力。

 その超能力をもっているのが魔女なのだ。対する人間は、超能力を持っている超能力者はいるが、人を殺すため・・・・の能力をもった超能力者は一部例外を除きいないとされている。その一部例外(いちりの水を状態変化させ氷の剣を作るみたいな、応用すれば人を殺せるくらいの力になる能力や、実物をみたことはないが、魔女に触れると触れられた魔女が燃えて焼け死ぬという、魔女だけを殺す能力)があるが、それでも大部分は防御の為の能力であるため、その反動によって人を殺してしまう程の力を持った能力ではあるといわれているのだが。

 じゃあ、目の前で起こった、攻撃的な能力による殺戮劇は、一体なんだったのか?

 次々と人を殺すための能力を使っていたこいつは、どうやってその殺戮の能力を手に入れたのか?

「……もしかして、この男の人は、能力を使っていないんじゃない? 本当はここから遠くの場所から魔女が能力を使っていて、この男の人が使っているように見せかけてたんじゃ……」といちりがいうが僕はすぐさま否定した。

「それは違うよ。そうだったらこんな所に逃げようとなんてしないだろ……」

 こいつが能力を使うフリをして、本当は他のところに隠れている魔女が撃っているとしたら、説明はつく。しかし、振り返ってみても、そんなそぶりもは一切なかったし、それ以前にそんな回りくどいまねをする前に、ホームで僕たちをスナイパーよろしく暗殺してしまえばいいのに、わざわざこんな狭くそのスナイパーすら隠れられないトンネルに逃げるなんて、捕まりに行くようなものだ。

「きっと、魔女自身が何かしらの能力を使って、この男が能力を使っているフリをさせていたんじゃないか。魔女自身の能力でこの男が能力を使えるようになったんだ。だから魔女でもないただの人が危険な能力を使うことができたんだ」

 どこかに隠れた魔女が能力を貸し与える能力を使っているから、こいつはあの血煙の魔女と同じ能力を使えるのだとすれば、すべて辻褄があう。それに、

「鼓動の音が僕の耳に聞こえないんだ。まだ近くに模倣の魔女がいるよ」

 あの模倣の魔女が近くにいるのだ。あの魔女ならこんな芸当をやりかねない。

 緊張はまだ続いている。僕はいちりに気をつけてと言い、いちりは真剣な顔で頷いた。

 とりあえずはこの男の拘束するために、鞄から紐の代わりになる物を探すために漁るが、代用できる良い物がみつからない。仕方がなく、自分のベルトを引き抜いて腕を拘束しようと、まだ気を失っている男の左手首を掴んだ。



 すぐに、男の右手、人差し指が、僕の目の前につきつけられる。いつの間にか男は目を開いて僕の顔をにらみつけている。



 僕は迂闊だった。一秒がすごく遅く感じるような感覚に襲われて、その中で僕はあの問いの意味が理解できた。



『もし十万くらいで、先天的な超能力や魔女の殺人能力が買えて、それが自由に使えるとしたら、買うか?』



 あの道化の魔女が最後に尋ねたことの意味が理解できた。

 あれは、おまえはもし能力が買えたら買うかの問いではなく、能力を金で買えることを知っているかどうかを尋ねたんだ。



 ここで僕は殺されるのか?



「パンッ」


 

 僕が死んだらいちりが――



 †



「きゃはははは♪ あのバカップルの片割れが死ぬわ♪ ぐっちゃぐっちゃに頭が弾け飛んでしまうのよ♪ 疑わずに信じていた嘘にだまされて殺されるのよ♪ しかもその片割れが死ねば、もう一人のウザいブリっこも死ぬのよ♪ 公衆の面前でイチャついていたから、罰が下ったのよね♪ ざまあみろ、いい気味だわ♪ そうは思わないかしら? ばにら?」

「全然、思わないよ……。むしろ可哀想だよ……。かかお」

「……くだらないわね。本当にくだらない。興ざめだわ。あなたみたいな、馬鹿なエゴイストがいるから世の中駄目になるのよ。本当にそう憂うなら、誰かのことを想って自殺すればいいじゃないの? きっと一人くらいは泣き叫んで喜んでくれるわよ?」



 †



「ぎゃぁっ!」と中崎漆は崩れ落ちた。

 僕は線路の脇に転がる。一瞬何が起こったのか判らない。判ることと言えば、僕は頭を吹き飛ばされずに、まだ生きているということだ。押されて堅いコンクリートの地面にぶつかった時の痛みも転がってさらに追加の痛みもちゃんと感じることができる。ここは死んだ後の世界、あの世、天国でも地獄でもない、当たり前の世界だ。

「……さか、き、大丈夫?」といちりが言った。ああ、あの殺されそうになる瞬間、いちりが押して倒してくれたから、こうやって生きているのかと早合点した。中崎漆はいちりが体の中の水分を沸騰、蒸発させたのか、息もせずに体から湯気をあげて僕の隣に転がっていた。僕はすぐに起き上がって、いちりの声が聞こえた方へと振り返った。

「ああ、大丈――」

 僕はその姿を見たとき、言葉がでなかった。



 いちりは倒れている男の前に立っていた。

 その姿は、左肩からごっそりと腕が跡形もなくなっていた。



 あのとき、僕に当たらないように庇った瞬間、見えない銃弾は運悪く左肩に命中して、当たった部分が弾け飛んだのだ。

 

「あ、あ、そんな、う、うそ……だ?」

 はぜた傷口からは肉と骨が見え、腕に酸素やエネルギーを渡す為に心臓から送り込まれた血液は、いちりの弱々しい鼓動とともに、強弱をつけて、その傷口から吹き出ている。ぼたぼたと蛇口の閉まらない水道のように垂れ流していく。



「……よかっ、た」いちりは僕の顔を見て微笑んで、崩れ落ちた。



「いちりっ!!」

 僕は叫びながらその弱々しい体を抱き止めた。顔には脂汗が大量に出ていて、顔色がすごく悪い、血の気が全く感じられない、死人のような顔だった。僕は服を脱ぎ、爆散してなった左肩に血がこれ以上でないように止血するがが、血は止まることなんて知らずに、どんどんと命を吐き出すように出てくる。一瞬で止血に服が血だらけになり、血が染み出してくる。

「おいっ! しっかりしろよ!」呼びかけても、かろうじて開いている三白眼の瞳は視線があわない。生気が徐々に消えていくようだ。このままでは体中の血液が減って、ショック死してしまう。

 見えてくるのは徐々に先が見えなくなるトンネルの中のような真っ黒な、死。

 そう頭によぎると僕は、正気を失った。

 僕の大切な物が目の前で、助けられずに死んでいく。

 出血を止めるために僕の能力を使って心臓を止めればと思ったが、心臓が止まれば脳に酸素が行き渡らなくなって、同じ結果になってしまう。焼いて傷口を塞ぐ方法も思いついたが、そんな物はここにはないし、焼いて塞ぐ前に、神経が通った肉が焼ける際の激痛でショック死してしまうかもしれない。

 いちりの能力で傷口を凍らせて止血させる方法を思いつき、いちりにそうしろと強く言った。その通りにいちりは能力を使ったが、自分の肉体が凍った瞬間、肉が凍る激痛にビクッと体を痙攣させた。一瞬だけ止まったが、すぐに体温で凍った肉や血管を塞いでいた血を融解し、血がさらに勢いよく吹き出した。

 いちりを助け出せる方法を頭の中で模索しては、無理だと消え、探しては、消えの繰り返しであった。

 その繰り返している間に、今の僕にはいちりを助けられない、と目の前に突きつけられた。でも僕はそれを払いのけようとする。

 探しては、消えて、探して消えて、消えて、消えて。


 頭の中が真っ白になる。

 もう、助けられない――


「なんでなんだよ! おまえ、僕とずっと一緒にいるんじゃなかったのかよ! 自分から離れないって、あれだけ言っといて、どうして自分から離れていくんだよ! 約束を破るなよ! おい、聴いてんのか!」

 僕は叫んだ。叫んで、叫んで、地球と天国の狭間に行きそうになっているいちりに届くように、叫んだ。

 その叫びがいちりに届いたのか、ゆっくりとしゃべり始めた。

「……約束、守りたい、けど、無理みたい」涙がこぼれた。

「無理じゃない! いちり! おまえは死なないんだ! おまえがいないと僕は――」僕はいちりを抱きしめながら叫んだ。


 生きている意味が無いじゃないか。


 いちりは笑った。弱々しく泣いて、弱々しく笑った。そして、

「……やだ」

 拒んだ。

「死ぬのはやだ。嫌だ。まだ榊と休みになったら行こうって言ってた場所にも行ってないし、デートだって、そんなにしてない。まだ榊と結婚もしてないし、子供だって――」

 だだをこねる、子供のように死を拒み、僕の胸で泣いて叫んだ。僕がさっき叫んだよりも小さな叫びだった。

 僕の叫び声がだんだんと大きく響いていくのに相対して、いちりの叫び声はどんどん小さくなっていく、もうすぐで、こと切れる。

『わたしが死んだら、泣いてね』

 僕は気づかずに泣いていた。

 皮肉にもあの約束通りに僕は、泣いていた。


 もし、僕といちりが分かれるとしたら、僕から別れを切り出すのだろうと思って、それが心の傷となって、そんな思いはいちりにさせないように振る舞ってきたのに。


 こんな別れ方は、ないだろ――


 もう、いちりは、動かなくなった。


 僕も一緒に死んでしまったような気がした。



「ほんと、美しいわね」

 急に誰かが言った。僕は模倣の魔女か、と頭の片隅で思ったが、もうどうでもよかった。殺すなら殺してほしい。死ぬときは二人同時にと約束していた。その通り、その願い通り、僕は死にたかった。

「全部最初から見せてもらったわ。その残酷な運命によってつながれた見事なまでの相思相愛。今時そんな関係いないわよ?」

 もうどうでもいいから、どこかへと行くか、僕を殺すかどちらかにしてくれ。

「そんなあなたに、とても良いお知らせがあるわ。まあ、彼女のことを第一に考え続けていたあなたのことだから、ずっと前から気づいていたかもしれないけど」

 いいかげんにしろと、言おうと振り返って口にしようとしたが、その姿を見て声が出なかった。


「あのこならちゃんって捕獲員が、わたしの息子によってね、死に際に魔女されて、間一髪、一命を取り留めたように、その子も今すぐに魔女になれば、消えそうなその命は助かるのよ?」


 全身黒ずくめの女、少女たちの心臓を奪って魔女にする、通称、サバドが薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。


「今なら、彼女を心臓を奪って魔女にして助けてあげられるけど、どうする?」

 笑っていた。

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