しあわせっ! Sakaki Angle 11/02 05:32
誤字脱字等ありましたら指摘お願いします。
「……激甘ね」といつも通りの無表情のいちりが、僕に向かってそう言い放った。何時もと通りじゃないことといえばは、ここが僕の夢の中だということ。そんな突き放したような台詞はいちりは言わないから、その点で僕は夢を見ているのだと気づいたのだ。夢の中のいちりは僕の目の前に向かい合って立っていた。その他には何もない。太陽も月も地平線も最果ても上も下も右も左も前も後ろもない、夢の世界が無限のように広がっている。
「そうだね」僕は喋った、と言うよりは、頭の中で思った言葉が勝手に伝わった、ような感じだった。
「……よくこんな激甘のラブラブの生活を営んで、飽きないの? 気持ち悪くならないの? うっと惜しくて距離を置きたいと思わないの?」首を傾げながら訊いてくる。
「飽きないよ。最初は、すぐに飽きる日が来るのかなって思ったこともあって、そんな日が来ないようにどうすればいいか悩んだんだけど、最近じゃ、もういちりがいないと、僕が駄目になりそうなくらいだよ」
「……精神が弱いのね。女の子は、そういう頼もしくなく面は嫌いよ」くすりと笑いながら僕を罵った。
「できるだけ治そうと努力はしているだけど、なかなか治らなくてね。できるだけ隠し通そうしているんだよ」
「……嘘ばっか。昨日の赤ちゃんを救えなかった時も、隠し通さずにうずくまって悔やんで、自分のせいだと思っちゃって。ほんと、弱々しい。榊の責任なんて、どこにもないのに」
「それはそうかもしれないけど、話を聞いたときに気づいて、向かっていれば、赤ちゃんは助かったもしれないじゃないか」
「……だって、話を聞いたときには聞こえなかったんでしょ? それならどう頑張っても救えないじゃない」
「それでも、向かうんだ。一刻も早くね」
「……わたしを人たちの前に置き去りにして、赤ちゃんを助けに行くの?」
「ちゃんと手を引っ張って行くよ」
「……嘘。榊はそんな両方を救うことなんて出来やしない。片方しか救えない一般的な人間だったじゃない? そういうただ人間だったじゃない? 昔の榊は」
「違う。僕はいちりと出会って、変わったんだよ。そこは」
「……それはただ背伸びしているだけ。見栄を張る無駄な努力しているだけのただの恐がりな人間がすることだよ。今の榊はそういう感じ」
「そう、確かに怖がりだ。でも、いちりのために――」
「……人生を捧げた? 勇気を振り絞っている? わたしのため? だから、運が悪くなったんでしょ? もう差し伸べる余った手なんてないから、救えないんでしょ?」
「それは、元からだよ」
「……元から、わたしと会う前から、榊と関わった人間は死んでたの? それは違うでしょ? 榊はわたしを守りすぎて、他人を見捨てているから、こうなるんでしょ?」
「違うって」
「……わたしのことを考えすぎて、ほかのことがおろそかになっているからでしょ?」
「……」
「……榊が毎日考えているのは、全部わたしのこと。こんなに近くにいるのにセックスしないのは、榊が包茎でも早漏でも遅漏でもインポテンツでもない。性的なコンプレックスからしたくない、性病があるから、というわけではなくて、もし、避妊が失敗して、子供ができたときを考えたらとか、不安になるからでしょ?」
「……」
「……子供養うためのお金と育児をする人もいないから、誰かに迷惑をかけて頼らなくてはならない以前に、わたしが妊娠したとき、お腹の中の子が、他人としてカウントされ、呪いのせいでわたしの心臓は止まってしまうのかどうかもわからない。それに子供にまで呪いが遺伝したら、もうわたしたちの子供は一生幸せに生きてはいけない」
「……」
「……榊は、わたしに気づいて欲しくなかったんでしょ? わたしたちの子供がわたしの心臓を止めて、殺してしまうことだってあることを気づいて欲しくないんでしょ?」
「……」
「……わたしが最後まで、永遠に幸せな夢を見続けられるように」
「……」
「……ねえ、榊。わたしのこと愛してる?」
「……愛してるよ。何一つの疑いなく愛してる」
「……そういう愛じゃない。わたしは稀少品のお人形さんじゃないよ? 綺麗で潔白なお姫様じゃないよ?」
「……」
「……ちゃんと体の中に暖かい血が巡ってる、欠陥があるけど、人間なの。だから、だから」
「僕は……」
「……ちゃんと愛して」
11/02 05:32
急に目が覚めた。僕はむくっと上半身だけ起き上がる。何か変な夢を見た気がするような、もやもやで晴れそうにない突っかかりが胸にある感じの嫌な気分だ。時間を確認するために壁に掛かっている時計を見る。約五時半。眠る気にもなれないからもう起きた方がいいなと思った。一人で起きてもどうせ起きるだろうと、隣で丸くなって幸せそうに寝ているいちりを揺すって起こす。今日は珍しくいちりはすぐに起きた。
「お、今日は珍しく一回で起きれたね」
「……今回はずっとベッドで寝れたから、熟睡できた」それはいつも僕が寝ているソファに忍び込んでは、無理な体勢で寝ているからだよ。自業自得じゃん……。だが、すぐに起きてくれるのは起こす側としてはすごく楽なので、明日から一緒に寝ることにしよう。そうしよう。
「……榊、昨日のことで、気分は悪くない?」といちりが訊いてきた。変な夢を見たせいなのか少し気分が悪いが、それ以外は昨日より幾分ましになったようだ。体に被いかかるような倦怠感はもうないといってもいい。
「うん、楽になった気がする」
「……よかった」といちりは嬉しそうに微笑んだ。その表情に僕は少しどきりとして視線をはずした。
「きっと、いちりのおかげだね」
そういうといちりは僕の首に腕を回して抱きついてくる。
「……なんだか嬉しい。役に立てて」
こんな単純で行為で、僕らは憂鬱を吹き飛ばして喜びを得ることができるのだから、どこか安っぽくて、稚拙な関係だと感じてしまう。誰か別の人なら、重みも何もない、軽い刺激の遊びだと言われてしまうだろう。
でも、こんな簡単なことで憂鬱な気分が治るなら、その方がいいじゃないか。世の中には、この程度かと嫌煙して、高みを目指して、共倒れして、半ばで力つき、その程度すらにもならずに終わったり、ただ生きていることに満足ができなくなって大きな博打をうって、失敗して、後戻りもできなくなって、自殺したり、ちょっと快楽じゃ満足できなくて薬に手を出して、一瞬だけの快楽に酔って、そのあとの副作用の効果で廃人になってしまったりするより、何千倍も何万倍いいじゃないか。
確実って言ってもいいほど、簡単に治るんだからさ。
さて、準備をしなくては。
朝食を作ろうと思ったが冷蔵庫には何もないので、朝食は機関に向かう途中で済ませることにして、身支度を四十分くらいで終わらして、機関に向かう。途中、コンビニに寄って、おにぎり二つとペットボトルのお茶を買った。ペットボトルのお茶は一人だと量が多いが、二人で回し飲みする分には丁度良い。小さいの二つ買うよりは安く済む。それ以外変な意味は断じてない。絶対。
朝食を食べ終えて、交通機関を使って機関に付くと、機関の建物の前には報道関係の人たちがちらほらと集まっていた。どうやら生放送でお届けする準備を始めているようで、打ち合わせをしているキャスターやカメラマンなどなどで機関の前は久々ににぎわっていた。昨日か今日の深夜に、警察が変死体事件について記者会見を開いた、と今朝のニュースで見たが、もうこんなにも集まっているのと僕はその行動力に敬意を表した。視聴率のためにご苦労様ですと皮肉を込めて。
僕らは、記者たちのその間をすり抜けて、機関の中、一般受付の方から入る。ここから入ろうとするものにはマスメディアの権利を使ったとしても、取材することはできない。どんなに金を積んでもだ。
この一般受付の方から入るバカップルというのは、どう考えても僕たちは捕獲員には見えず、魔女になった彼女を機関へ出頭させている図にしかみえない。
というわけで、僕たちが通る道は、さーと人が引いて道を譲ってくれた。映そうとする輩はいない。もし、魔女の素顔を映して公共の電波に流した場合、多額の慰謝料を払わなくてはならない。加工モザイクしても処罰の対象となるから、そんなことまでして、首を切られるよりは、まじめにやった方がいいという訳だ。
あと、とくに騒ぐ出もなく避けてくれたのは、純粋な恐怖からだろう。そりゃあ、魔女が暴れて、襲われでもしたら、大変の一言では済まされないことの方が多いから。
11/02 08:13
「お、丁度いいところにきたな」と伊達さんが何かの書類を僕たちと同い年くらいの男の子と女の子の二人組から受け取っていた。彼らがこの部署に入る新しく入る捕獲員か。いちりは二人に気づくと人見知り全開で僕の後ろにそそっと隠れた。
「ほかの連中は地方の現場に向かっているから、戻ってきた時に紹介する」と新人二人に向かっていった。言い終えた伊達さんは僕に自己紹介しろと目配せをしてくる。
じゃあ、自己紹介しなくてはいけない。
「僕は桐里榊です。でこっちは矢本いちり」僕の後ろでいちりは何も言わずにぺこりと頭を下げた。
黒のロングコート、濃い緑の厚手のシャツ、ショートパンツにストッキング、腰まである長いポニーテール、僕と同じくらいの女の子にしては高い身長、印象的なつり目、すごい気が強そうな女の子が先に挨拶した。
「初めまして、大崎零華です。これからよろしくお願いします」と通る声で言った。
次にチェックのシャツに黒のミリタリーカーゴパンツ、身長は僕よりも同じか少し高いくらい、ボサボサの髪型で前髪で眼が隠れている男の子が言った。
「夢野銀良です。榊さんと同じで、探知系の能力を持っています」とぼそぼそと訊きづらいこえで言う。さてどんな能力を使うのか気になるけど追々話してもらうことにしよう。
簡単簡潔な自己紹介を終たところで、伊達さんが話を進めた。
「本当は鬼灯にこの二人を頼もうかと思ったんだが、鬼灯は昨日から戻ってこないから、榊といちりが二人を指導というか、これからの指示を出してくれ。二人は榊の言うことを訊くこと。わかったな」
僕といちりは頷き、零華さんと銀良くんは、はいと返事をした。
「じゃあ、この書類を上に提出して、それからこちらに戻ってきてくれ」といいながら、受け取った書類を返していく。伊達さんのサインと捺印をもらったのだろう。二人は書類をもらって、失礼しましたといいながら、オフィスから出ていった。
「……どうだ? 使えると思うか?」と伊達さんはすぐに二人をどう値踏みしたか訊いてきた。感じが悪いなと思った。
「さあ? 見た目だけじゃ、わかりませんよ。人の皮をかぶった怪物かもしれませんし。こいつが良い例です」と後ろにずっと隠れていたいちりの方を向く。そんないちりは、
「……怖くない人なら、良いな」完全に弱気だった。こんな奴が能力では強い方だということは、見た目では絶対に解りっこない。
「まあ、そうだよな。やってみないと解らないよな。訊いて悪かった」
「で、二人を追い出した理由は何ですか?」捕獲員認定の書類を上に提出するくらいだったら、二人が直接行くまでもなく、というか伊達さんが集めて上に提出するはずなのに、二人に直接出しに行かせたのだ。別に事件のことで忙しいくて出す暇がいないから二人に出させた、というならおかしくはないが、何か別の意味があるから二人をこの部屋から追い出したとも考えられる。
「聞せても良かったんだが、あの二人はまだ今日入ったばかりで信用できない。だから信用できる榊といちりに話しておきたいことがあったんだ。あ、別にあの変死事件のことじゃないからな」伊達さんは少し声のトーンを落としながら言った。
「それは何ですか? 機関に裏切り者でもいるんですか?」僕は予想しながら尋ねる。大体信用できるかできないか、という話となれば、この手の事だろう。もしくは裏金。
「そういってもいいかもしれない。それくらい、やばい話だ。訊く気はあるか?」
「いいえって言っても、どうせ話すんですよね?」身を引く気はない。引いたところで、その情報次第で自分の立ち位置が危ぶまれる可能性があるなら、聞かないより聞いた方が良い。
「だな。じゃあ言うぞ。盗聴されているなんて、大げさかもしれないが、用心に越したことはない。あんまり大きな声を出して驚くなよ」そう前置きを言った。驚く? そんな大事件に発展するほどの情報なのか? と色々と驚くことを思い浮かべている間に伊達さんは言った。
「昨日、鬼灯からメールが来て、その添付されていた画像がな」そういいながら伊達さんは自分の携帯にその画像を出して、僕らに見せた。
「えっ……」正直、本当に驚いた。同時にこれは嘘、合成、コラージュじゃないかと思ったが、嘘でも、コラージュでもなさそうだ。いちりもその画像に何時も眠そうな三白眼を見開いてその画像を見ていた。
「……これって、こならちゃん?」いちりは僕と伊達さんに確認をとる。信じられないからだ。
そこには鬼灯さんがよく羽織っているジャケットを着て、こちらに振り向いた瞬間に激写されて、驚いてこならだった。
一ヶ月前にこならは、魔女に喰い殺されて死んだはずなのに。
「……これは、やっぱりこならだよな?」と画像をもう一度確認するように見た伊達さんは続ける。
「昨日の夜、遅くに鬼灯からこのメールと電話があってだな、出るとこならを見つけたって、あの鬼灯が取り乱しながら、電話してきたんだ。そのあと、後を追うからといって電話は切れてしまった。それ以来かかってこないし、こちらからも、電源が入っていないか、壊されたのか、つながらないんだ」
「そうなんですか……じゃあ鬼灯さんが見たこならって……」
「さっぱり解らないが、三つ、考えられることがある。一つ目は生前に撮った画像を送りつけてきた、だが、鬼灯がそんな馬鹿やらかすわけはないし、このメールの前にこならを見たって電話しているところからして、これは考えられない」これには僕らも頷いた。「二つ目は、突拍子もない話になるが、正偽の魔女、いや魔女草が関わっているのではないかということだ」
「それは正偽の魔女、魔女草がこならの死を隠蔽した、ということですか? そんな馬鹿な。こならの遺体は鬼灯さんと百合子さんが確認しているんですよ? 死んでいる人間を生き返らせるなんてありえませんし、それにこならの遺体は回収班が回収したはずじゃないですか」
「だが正偽の魔女なら、後からそう思いこませ、事実を変えるのは簡単にできる。それに魔女草には幻術系の能力をもった道化の魔女もいるんだ。その二人に掛かれば隠蔽なんて朝飯前だろ? しかもこの道化の魔女はあのとき、こならを殺した殺戮の魔女を勧誘するために接触してきた、その場に居たと鬼灯が言っていたじゃないか」
「辻褄は合うとは思いますが、いったいそんなことをして魔女草にどんな利益があるんですか?」
「こならの能力は探索系だろ? 魔女の中にはそんな能力を持った奴はいない。魔女の勧誘の効率をあげるためにさらったんじゃないか、というのが一つ。で最後の一つは、と勿体ぶっていうよりは前の二つ目とつながっているんだけどな。それは、魔女草が機関を脅して、能力者を売った、というのが三つ目だ」
「いや、それは、いくら何でも突拍子もないし、無茶苦茶過ぎますよ?」
機関を脅せるほどの力があったら、勧誘なんてしないで、収容所にいる魔女を出せと、いってくるはずだ。
「俺も考えた時にそう思ったさ。でも、さらに考えて見れば残念ながら筋が通るんだ。話は別になるがこならが死んだときに葬式に行ったか?」
そういえば親戚の方で密葬にしたいと申し出があったので、僕らは、仕事仲間も、誰一人もお線香すらあげに行っていない。
……誰一人、行っていない? 行ったけれども、追い返させられたとかじゃなくて、行ってない?
機関の上の幹部も行っていないなんて、いくら密葬にしたいといっても、それは、礼儀として失礼過ぎないか?
「確かに、おかしい点がありますね」
「そうだろ? 記憶が改竄されている可能性があるんだ。それに正偽の魔女、たった一人だけで、人ひとりを記録を消して書き換えるのはできないとまでは言わないが、手間の掛かることだ。誰かとグルにならければ不可能な部分もでてくるに決まっている。正偽の魔女の能力は記憶だけを置き換えるだけで一度紙に書かれた書類の情報までも書き換えることはできないからな。道化の魔女が誰かを操って書き換えさようとしても、膨大な時間が掛かりすぎて、途中で絶対に気づかれてしまうだろう、なのに実際は何も疑いないように書き換えられている。そんなことができる奴なんてすぐに考えられるだろ。機関がその書き換えを手伝ったなら、と考えれば辻褄が合うんだ。機関自身がこならを死んだことにして、存在を消し、裏から手を回して、こならを魔女草に引き渡したんじゃないかってね」
「でも、そうなると百合子さんも、魔女草に引き抜かれたってことになりませんか? 百合子さんの場合は不可解な点がいくつもありましたし」
百合子さん場合、骨は見つからなかったが、百合子さんが護身用に持ち歩いてい銃が落ちてあった空き家には焼け焦げている百合子さんの肉片があったのだ。
魔女にされ、死んだと見せかけるために上皮を剥がされ燃やしたのではないかと思ったのだが。
「それは――あり得ない」少し伊達さんはばつの悪い顔をして続けた。「百合子の場合、魔女草の魔女たちがこならと同じように死体に見せかけて、記録を完全に消した後で、回収する安全な方法を取らなかったことから、そうなったとは考えづらい」
「そうですね……」と僕は落胆した。死んだと思っていた人が、実は生きているという希望が一つ消えた。
「……それにしても、どうして機関は、一番有益なこならちゃんを渡さなきゃいけなかったの?」といちりは首を傾げた。
それがわかれば苦労はしない、といいそうな顔をした伊達さんは首を振って応えた。
11/02 08:31
どうしてこならが生きているのかの謎は、零華さんと銀良君が書類を提出して戻ってきたので、ひとまず、謎のまま置いておくことになった。
伊達さんは僕ら四人にあの変死事件の現場に行ってこいと指示を出して、伊達さんは、昨日魔女収容所に入れられたあの魔女のカウンセリングをするらしく、そちらに向かうと言っていた。伊達さんの能力を使って、その魔女がどこまで、自分がやってしまったことを覚えているのかを確かめるのだろう。もし、頭のどこか片隅に覚えていたら、途轍もないストレスによって神経衰弱になりかねない。下手すれば精神的な拒食になるほど追いつめられる。魔女が拒食になると、理性で食べ物を受け付けなくても体は当然、空腹を感じ、それが続いて生命活動に支障をきたすと警告が出た瞬間、理性を失って手当たり次第に人を襲って食欲を満たすため喰おう暴れる。それを未然に防ぎ、対策を練るために伊達さんは能力を使うのだ。
事件があった現場に今頃向かっても意味ないのでは、と思い、僕は伊達さんに追求した。
「きっと、鑑識が終わって綺麗に片づけている最中だと思うんですが」
が、返答は銀良君が言った。
「おれの能力が、過去にその場所にいたことがある人の、現在見ている視点を俺自身が見ることができるって能力なんですよ」
そう説明され僕は首をひねった。取って付けたような変な能力はごまんと聴かされ続けているのだが、いまいち、理解できない。
「つまり、犯人がいまどこにいるのかわかるってこと?」
「そういうことですね。まあ、その犯人が今現在見ている景色から推測して場所を特定するんで、手間がかかってメンドいんですけど」
これ以外、手がかりがないようだから、面倒でも有り難い能力だ。
だからこれから僕らは事件現場に行って、そこから、犯人、もしくは関係者を銀良君の能力で洗い出すのか、と僕は納得し、それなら四人も行く必要がないじゃないかと思ったりもしたが、すぐにいちりが頭数に入らないことに気づき、妥当なのかと再び納得した。僕といちりは離れることができないから、二人で一人扱いになる。迷惑がかかるから申し訳ないといちりは思っているらしく、僕の後ろで小さくなっていた。
「……榊、今、銀良くんの能力で、こならちゃんが生きているかどうか、生きているなら居場所もわかるんじゃない?」とひそひそ声でいちりは僕に訊いた。この部屋にはこならが仕事で毎日のように来ていた場所だ。銀良君にこいう女の子が今どこにいる見えるかと訊けば、一発で安否が分かり、うまく行けば彼女が現在いる場所も特定できる。
「それくらいすぐに考えたよ。でも、伊達さんがそのことを銀良君に頼まなかったことから、銀良君、もしくは零華さんにそのことを伝えたりしてはいけないじゃないか?」
能力を知っている伊達さんが銀良君に頼んで、こならが今どこにいるのか訊かなかったのは、そのことを教えてはいけない、何かあるからだと感じ、機転をきかせて、僕も訊かないことにしたのだ。
「……でも、この部屋に入ってすぐに銀良君は見てるかもよ?」
「それなら、銀良君も何か言うんじゃないか? 死んでいる人が生きているって――」
まて、逆に見えてなにも言わないということは――銀良君も関係者なのか?
そう思ったが、その考えを一掃する。たかが景色だけで、どこの誰が見ているとわかる人は数人しかいないだろう。少なくともこならと会ったことがない銀良君が、こならが行きそうな場所、部屋、こならに繋がるものを知らないのだから、わかるわけない。きっと、誰かこの部屋に入った事がある、他の捕獲員の女子のことだと思って気にも止めないだろう。
十数分後、僕らは機関の外にでて、また、回収班のワゴンに乗り込み、事件現場へと向かった。いつも足代わりにつかって申し訳ないと思うだが、回収班の人は、こういう仕事の方が良いと笑っていってくれた。死体とか仮死状態の魔女を運搬よりは足として使われる方が良いに決まっている、と。
11/02 09:36
「榊さんといちりさんの事は、伝え聞いていますよ。色々なことを」と後部座席の一番右側に座った零華さんは隣に座っている僕ら(いちりが真ん中で、僕が左側)に訊いた。その内容の具体例をあげなかったのは、その内容が、度しがたい公認バカップルだということで言わずもがなというところだろうか。それに僕らの超能力も度しがたい程、イレギュラーの能力なのだが、どうしてだか、バカップルの方が有名になる。それだけ、小話の種になるのだろうか? どうでもいいけど。
「こうしてないといちりが大変なことになるからね」と建前を僕は言った。我ながら開き直っているやつにしかみえない。
「良いじゃないですか? 今時いませんよ? そんなロマンチックな関係」
「まあ、命がかかっていなければよかったんだけどね」
そう僕がいうと零華さんははっと気づいて申し訳なそうに言った。
「……ちょっと軽率でした。ごめんなさい」零華はいちりの呪いを良かったじゃないかととらえるようにいってしまったのを謝った。
「……そう思われても、変な風に言われても、仕方がないことだから、いいよ」といちりが傷ついていないからという。でも実際は僕たちにとっていちりの呪いについてはナイーブなところがある。呪いがなければ、僕らはこんな関係になることはなかったからだ。こうやって手をつないで歩いているのもすべて、呪いがあったからで、呪いがなければ、僕らは――出会っていたかもしれないけど、こうなっていなかったと思う。
ここまでの幸せは、全部、忌まわしき呪いがあったおかげであるのだ。それは認めなければならないが、そう簡単にはいかない。
「そんな暗い話は置いといて――」ついでに助手席に座って、黒い袋を握りしめながら、すごく顔色の悪い銀良君も放って置いてあげて「零華さんの能力ってどういうものなの?」と素直に訊いた。
零華さんは持ってきたバッグの中から何か透明で砕けたガラスのような物が入ったペットボトルを取り出した。
「いちりさんの能力に似たようなもので、ケイ素が含まれている物質を自由に操ることができる能力なんですけど、いちりさんのように状態変化はできないので、劣化した能力と考えてもらって結構です」とペットボトルの蓋を開け、中に入っていた透明な砂(ガラスか石英だろう)を出した。ペットボトルから出た。透明な砂は、いちりが水を操るように床にこぼれず宙に浮かび、全部出し切ったところで、球体になって、宙を漂っている。砂がキラキラと光が乱反射して零華さんの隣に座ってたいちりは目を見開いて釘付けになっている。
「すごいね。いちりの能力の劣化版ではないよ。これは」と僕は素直にそう思った。
ケイ素。この地球を構成している物質の中で、酸素についで含有量が多い元素。いちりの能力で扱う水と同等に多く、この地球上に存在している元素だ。このような何か特定の物質を自由自在に操ることができる能力というもの強さは、ある意味、その物質が大量にどこでも手には入るかによって強さの大部分を占める。物質の性質がどれだけ凶悪かは二の次だ。水銀を操る能力だったら、水銀を致死量を集めるのに苦労するし、集めたとしても日頃、持ち歩くなんて危険過ぎる。それが核物質だった場合、自分にも被害が及ぶから使いようがない。どこにでもあるものを使うことがが彼女たちの最大の武器であるのだ。
「もし戦闘にでもなったら、そこら中にある窓ガラスを割って武器できますから、使い勝手はいいですよね」
宙に浮かび球体になっていた透明な砂は、零華さんが持つペットボトルの口に吸い込まれるように仕舞われていった。
「……じゃあ、ルビーとかサファイヤとかの宝石も操れるの?」といちりは興味津々に訊いた。僕は口を挟んで、ルビーとサファイヤにはケイ素含まれれないからなと訂正する。じゃあ何? と返されて、確か酸化アルミニウムだった気がすると応えた。いちりは、なんだアルミホイルなんだ、と言ってがっかりしたような顔をした。いや、それは違うからな。
「捕獲員養成所に居たときに、そういう化合物も動かせるできるかどうか実験させられました。まあ、今のようにただのガラスも動かせることは知っていたのでできると思っていましたが。そのときにはトパーズだったんですけど、問題なく操れたのでケイ素さえ含まれていれば、他のでも大丈夫だと思いますよ」ただ含有量が少ないのは操り辛いですね。重い荷物を持って運ぶような感じです、と付け加えた。
もし零華さんの能力に思うままにケイ素を自由に化合する能力があったら、ボロ儲けできるだろうなといやらしい事が頭に浮かんだ。
「それから、今のわたしの能力では宝石は作れないんですけど、今後、わたしの能力が進化して、そのような能力を身につけた場合、すぐに機関に報告しないと逮捕するって釘を刺されているんですよね」本当に儲けたいのは機関の方なんだろうな、と機関にかかる予算が減らされかけていることについて騒いでいたなと頭の片隅によぎった。
一応、魔女を一般人の体へと戻す研究を日夜進めているのだが、未だに進んでいない。そのため、魔女収容所に収監されている魔女の数は増え、増築を繰り返し、さらに肉ばかりの食費代も機関が全額負担しているため、出費が増える一方で、今では機関の予算の半分は魔女収容所に使われているのだ。そのため、捕獲員たちの装備には金をかけられず、自衛隊のお古でも、銃弾を買う金も惜しみたいくらいなのだ(人通りの多い市街戦になることが多いことから、銃は御法度となっているため、使われていないが)。
「……もし作れるようになったらわたしたちの記念の指輪に合う、きれいなローズクオーツを作ってくれる?」それは僕がちゃんと働いたお金で買うからと言おうしたが、零華さんに良いですね、賛成され、先に言われてしまった。いちりも話に乗って来てくれて、嬉しそうに零華さんと喋っていた。同僚の女性二人が居なくなってしまったから、いちりも同姓の話相手が居て欲しかったのだろうとその生き生きとした顔を見て思った。
「なんでローズクオーツなの?」と下手すれば子供の小遣いでも買えてしまう宝石を欲しがるのか疑問をつぶやいた時、零華さんは笑って言った。
「ローズクォーツは無条件の愛、優しさを表しているんですよ」
11/02 11:02
「ここですか?」と車酔いから解放された(言うまでもないが、吐いて楽になった)銀良くんはふむふむと言いながら早速部屋を見回っていた。
変死事件が起こったマンションについた僕らは、何かアクションがないか待ちかまえているマスコミの目をくぐり抜けて、マンションの管理室へと向かった。管理室にいる警備員に前もって連絡し了承を得ているため、いざこざはなく鍵を貸してもらった。その警備員の人に連れられながら、八階に登り、その問題の部屋へと向かって今に至る。
その部屋は1LDKに風呂、トイレ付きの部屋で、リビングには鉄の柵に囲まれた小さな日当たりのいいベランダにつながる。僕といちりが住んでいる部屋より少し狭い部屋だった。まあ、僕らは同居しているので、それは当たり前で基準にしてはいけないが。
それから、家具や物が一切置いておらず、数日前まで人が住んでいたような生活感が全く感じられない殺風景な部屋だ。警備員の人に訊くと遺体が見つかった時も家具らしきものは何もなかったそうだ。隣のいちりはきょろきょろと辺りを見ている。挙動不審に見えるがいつものことだった。
「人が無惨に殺された部屋、としては以外と綺麗ですね」と零華さんが窓の外を見ながら言った。確かに、この狭い空間で骨だけになるくらい派手に体を爆散させたのに、飛び跳ねた血痕も、血のシミの跡すら白い壁紙に残っていない。すると警備員の人がグチをこぼすように言う。
「機関と警察の方がすぐに業者を呼んで綺麗にしてくれたんだけどね。これからさらに綺麗にリホームだよ。死体が見つかった部屋はどうしても家賃が安くても借りてくれる人はなかなかいないからね」両隣上下の階の人も出ていくってホント困ったもんだよと苦笑いをした。
「銀良君どう? 見れた?」とうろうろしている銀良君に声をかけた。
「うーん。ちょっと、骨が折れますね。一回ここで現場検証をおこなちゃっているんで、その時にこの部屋にいた警察の人とか機関の人とかが見ている映像が多く見えるんですよ、ってこれは、伊達さんが見ているヤツか。ちょっとばかし選別に時間がかかりそうです」とうんうん唸りながら、犯人と思われる視点を探していた。「これでもない、これは警察署が見えるから違う、これも書いている書類からして警察関係だから違う。これは、ん?」と銀良くんが何か見えたのか、おかしな点があったのか、首を傾げ始めた。
「どうしたの?」
「いや、この部屋の外、下からから、この部屋をじっと監視している怪しいのが居ますね。この部屋の中に一回入ったことがあることからしてマスコミ関係者ではなさそうです。見え方から、正面のコインパーキングの駐車場のとこからですね。なんか見えにくいな……」銀良くんがそういった瞬間、直感的にこれは関係者の視点に違いないと思った。
マスコミもこの部屋で何が起こっているのか情報を得るために見張っている可能性もあるかもしれないが、銀良君の能力で見れるということは、この部屋に一回進入したことのある者ということになる。それはこの事件の関係者である可能性が高い。
僕は窓の外からこちらを監視しているの相手を見るため、そっと窓に近づいた。そこから相手に気づかれないように、そっと窓の外をみた。正面のコインパーキングには一人、服装から小柄な女性が立っているのがわかる。ここからじゃ顔がよくわかない。
「わたしは先に向かいますね」そう零華さんは言い、僕が気づかれないようにねと返すと、すぐに部屋を出ていった。
「榊さん、はいこれ」と銀良君がバードウォッチングに使うような双眼鏡を渡してくれた。
「準備がいいね。これ」
「おれの場合、通常装備ですよ。これがないとさらに場所が特定しづらいんですから」
早速、銀良君の双眼鏡を使ってそのずっとこちらを監視している小柄の人の顔にとらえて、ピントを合わせていく。
「こっちからは、双眼鏡見えてない?」
「大丈夫ですよ。監視しているヤツ、なんだか眼が悪いみたいで、見えにくいんですよね。立体感がないっていうか――」
徐々にピントが合ってきた。だんだんとその小柄な女性は、幼い、いや僕らと同じ世代――
「え?」
ピントがあって僕は唖然とした。すぐさま自分の能力を使い、小柄な女性の心臓の音を確認する。遠すぎて聞こえないかと思ったら、それは、違かった。下のコインパーキングから聞こえている、その女性の心臓の鼓動はぴくりとも聞こえていないかった。
「……榊、どうしたの?」「知り合いだったんですか?」といちりと銀良君が僕の驚きを不審に思って訊いてきた。僕はその返事を返すように独り言を呟いた。
「どうして、こならが、魔女になっているんだ……?」
生きているという可能性があることは知っていた僕でも流石に混乱した。
前の掲載から1ヶ月空いてしまい本当にごめんなさい。
1ヶ月空いた理由というか言い訳は活動報告を見てください。
次の掲載はまた1ヶ月空けないように頑張りますので応援や感想など宜しくお願いします。