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まじょがりっ!  作者: ハクアキ
第三章 Three Peace And ...
105/121

しあわせっ! Sakaki Angle 11/01 12:18

誤字脱字等ありましたら指摘お願いします。

 11/01 12:18


「取りあえず、だ。ここに三人居ても何も始まらないから、まずは現場に行ってくれ。今マスコミが周辺でたむろしているから、なるべく気づかないようにな。先に行っている鬼灯がいるから、合流して、一緒に警察の人から目撃情報を聞き出してきてくれ。警察も大体の聞き込みは済ませただろうからな。あと、こっちから何か情報が入ったら連絡する」と伊達さん。

 休日に僕たちが呼ばれた理由が分かった。感知系の能力を持った捕獲員が、今この機関の駆けつけられる周辺には僕以外いないからだ。他の感知系の能力の捕獲員は地方に出払っているため、すぐにこれるのが僕だったというわけである。ちなみに感知探索系の捕獲員の数は少なく、しかも、他の捕獲員に比べ魔女に殺されやすい。過去に魔女が捕獲員を襲って殺害した例は、五件しかないが、その内、三件が感知系の能力を持った捕獲員だ。今、機関にいる捕獲員の中で、感知探索系の能力者は、僕を含めて、たった七人だけ。しかも、感知系の能力の捕獲員は、魔女捜索では欠かせない存在であり、重宝されているが、なんせ数が少ないため、仕事の役割分担の比率が多い。

 数が少ないでふと思い出したことが会ったので尋ねる。

「分かりました。ところで新しい人って入ってくるんですか?」

 そう訊くと伊達さんはそういや、言うの忘れてたな、と言って続ける。

「非常に残念だがこならと百合子がいなくなったから、その穴埋めとして探索系の能力者が一人、能力のレベルでいったら榊の方が上だが、貴重な探索系能力者だ。あと一人、攻撃系の能力者、いちりや光の姉、杏さんの能力と同じ系統の能力の人だそうだ。そんな予定だな。それからどちらも十六歳になったばかりだ。こりゃ、またマスコミやらに叩かれる恰好の材料になるなあ」やれやれと首を振る伊達さん。

「なんで機関もそういう人を捕獲員にするんですかね? 訓練積んだ大人の方が十分いいとは思うんですけど」

「能力者じゃないと駄目なんだろ? 目には目を。歯には歯を。能力者には能力者を。みたいな感じで。最近、若い能力者が多いから、若い奴らばかりになるのは当たり前だろ」

「それだと考えだと、魔女には魔女を。になるんじゃないですか?」

「魔女に魔女をやったら、それこそ大問題になるじゃないか。結託して逃げていったら誰が責任とるんだよ? 魔女草ストライガに行かれるよりも、危なっかしい」

「確かに」

 急に隣にいたいちりが榊の服の袖を引っ張った。どうやら、何か僕だけに伝えたいことがあるようだ。いちりはこう服や腕を引っ張って僕に知らせてくる。時々わき腹を突っついてくるが、予想以上に僕が反応してしまうのでやめてもらいたい。

「ん? どうしたの? いちり?」そう僕がどうしたのか尋ねるといちりは黙ってうつむいてしまった。

「……」何も喋らない。伊達さんとの会話で、何か気に障ることでも言ってしまったのか、思い返しても分からない。じゃあ別なことか……。

「……あ、そういうことね」いちりが僕に何か伝えようとしている事を察した。伊達さんも、どうした? 具合でも悪いのか? と心配していたが、僕はその伊達さんに向かって宣言する。

「ちょっと、お手洗いに行ってきますね」

 そういうと伊達さんも察してくれた。いちりの顔が赤くなった。



 11/01 12:26



 いちりのお手洗いに付いていって(変態ではない。こうしないといちりが死ぬから)、用済ませた後、訊きたいことがまだあったので伊達さんの元へと向かってから仕事へ行くことにする。

 部署に戻ると、伊達さんがディスクの上に置いてある受話器を取ろうと手をのばしていた。僕たちの気配を察知して振り返る。

「お、ここに戻らないで、そのまま行くかと思って、電話しようかと受話器に手を伸ばしている最中に戻ってくるんだな。タイミングがいいんだか悪いんだが」

「いいんじゃないですか?」理由は自分でもさっぱりだけど。

「そうしておくか。本題は、たった今、魔女を保護しているとその魔女の親族から通報があったから、そこに捕獲員と回収班を出してくれと連絡が入ってだな、生憎、他の奴ら遠くに出払っているから、ここ周辺にいるのは俺と榊といちりくらいなんだ。俺が一人が行っても取り逃がす可能性が高いから、おまえらは変死事件の現場の方へは行かずに、そっちの魔女の方に行ってくれないか? 代わりに鬼灯の方には俺が行くから」

「はい、分かりました。けど、どこに向かえばいいんですか?」

「えーと、ここだ」ディスクの上に置いてある地図を出して、その場所を指さした。ここからは地下鉄の駅、六つくらいで、それほど遠くはない距離なのだが、できるだけ早く駆けつけ魔女を押さえつけていられるのには、いささか移動に時間がかかりすぎる。

「回収班の車に乗せてもらっていけ。まっすぐ行けばそこまで時間はかからないだろう。俺から回収班に機関の前に車止めて、おまえらを拾ってからいってくれって頼んでおくから」

「ありがとうございます。その件が終わったら、一旦ここに戻ってくればいいですか?」

「ああ、取りあえず、途中で他の人から、何らかの急な指示がなかったなら、戻ってきてくれ。その時に今後の事を考えるから」

「了解です。じゃあ、いちり行くよ」

「……うん」

 僕はいちりの手を引っ張って、機関の前に来る回収班の車を待つため、機関の外に出る。



 †



 いちりの最悪だった世界が、がらりと反転して変わったあの日、最悪の告白の後、僕は彼女を家に送るために、一緒に付いていった。そんなに遠くはない短い距離だが、彼女一人にとっては、すごく遠い距離なのだ。誰かを合えばすぐに心臓が止まって死んでしまう、彼女にとっては地中を動く地雷の近くを歩いているものだ。だけど、その時は僕がいたからその距離は現実通りに短く、ものの十数分くらいでついてしまった。

 彼女の家の前に付いて、彼女が家の扉を開けたとき、彼女の両親は、人に近づいたら死んでしまう自分の娘が、忽然と居なくなってしまったことに、大変取り乱していたらしく、二人組で入ってきた僕と彼女が、最初誰なのかを理解できなかった。他の自分の娘と同じ年齢の子が二人、入ってきたと思ったのだろう、と。それは、彼女は絶対に二人では心臓が止まってしまうから、あり得ないという固定概念があったからかもしれない。

 重い沈黙が過ぎ、彼女の両親はやっと自分の娘が帰ってきたことを理解できたが、理解できないものも混じっていた。少し間が空いて彼女の両親はどうして彼女が無事でいられるのか、どうして、彼女の心臓は止まらないのか、支離滅裂になりながらも疑問を彼女と僕に訊いた。その時、僕はテンパっていて、どう喋ればいいのか考えつかず、黙りこくっていたが、隣に立って今にも泣きそうな顔をした彼女が、この男の子と一緒にいるとわたしの心臓は止まらないですむの。と途中から泣きじゃくりながら説明した。嬉し涙だということはいうまでもないと思うが、そう自分の娘に言われて、確認をするように、彼女の両親は何度も何度も彼女に訊いた。本当に大丈夫なのか、私たちが近づいてもいちりは平気なのか。一回質問をする度に一歩づつ、彼女に近づき、声が震えて聞き取りづらいものになっていった。

 そして、ついに自分の娘の目の前まで近づくことができた。もちろん、彼女は何とでもない。こんなに近づいても心臓も止まらなかった。ついに我慢できなくなったのだろう、彼女は、両親に抱きついた。彼女の両親も抱きついてきた彼女を受け止めて、三人抱き合いながらふれあうことのできる喜びに泣いていた。それはそれは、美しかったと、その当時の馬鹿な僕でも思えるものだった。彼女の幸せを作ったのは紛れもない僕だ。悲しみの底をさまよっていた家族を救ったのは僕だと悦に浸たることができた。

 ひとしきり泣いた彼女は僕を両親に紹介した。友達を紹介するような簡潔なものだった。それはそうだ。まだ出会ってから一時間経ったかくらいなのだから。そして僕はぺこりとお辞儀をした。彼女の両親はひたすら僕に感謝の言葉を言っていた。心よりももっとすごいものが詰まりに詰まった、お礼の言葉だった。その時、僕はすごい気分が良かった。ああ、僕はこんなにも他人に必要とされているんだと、心の中で少し照れくささを感じながら喜んだ。みんな笑っていた。みんな喜んでくれた。僕も、偶然救ってしまった彼女も、彼女の両親も、幸せの風がその場に優しく吹き続けていた。

 それから僕と彼女は、家族ぐるみの関係になった。それは当然だ。僕が近くにいなければ、彼女の心臓は止まってしまうのだ。逆に、僕の近くにいれば彼女は、僕から離れられない以外の自由を掴むことができ、その足と手で、自由にどこにでもいけるのだ。だから、彼女は僕が遊びに来るのを心の底から楽しみに待っていたし、両親も僕が近くにいれば彼女とふれあうことができるから、よく僕を家に呼んだりしていた。その度に、僕の両親にあいさつをするために電話をして了承を得ていたり(のちに僕の母と彼女のお母さんがお互い同じ高校に通っていたことが判明し、今では完全に意気投合してる)していた。そのせいか僕はいちりの両親からは家族のように扱われ、数年ぶりの彼女の家族旅行にも僕が一緒に付いていった。さすがに僕はこの時、カメラマンとして記念写真を撮ることに徹していたが。

 どこからどう見ても有益な異物の僕を、邪魔物扱いもせずに彼女の両親は第二の家族のように何も問題なく受け入れてくれた。ただ、裏では都合よく利用されていたかもしれないと思うこともちらっとだけあったが、彼女のお父さんに、大変だと思うけど、私たちの娘をよろしくお願いします。と頭を下げられた事があったりして、そんな邪念は吹き飛んだ。彼女のお母さんも同じように僕を認めてくれたし、僕の両親は、おまえにはまだ早いといいながらも、彼女を支えてあげられるのはお前しかいないだから、付いていってやれよ、と、遠巻きながらも、認めてくれていた。

 こうして、僕は、これといって壁も障害も間を引き裂くような悲痛な運命もなにもなく、世界で一番大切だと思うものを受け取って、今も大事にこの手を離さないで今日まで生きている。



 11/01 13:13



 唐突だが、こんな人生早々に嫁(変な意味はない。一般的な意味だ)を見つけた僕でも、人当然に悩み事ある。

 それは、自分の思い通りの結末にうまく運ぶ事ができない、ということだ。

 人生うまくいったりいかなかったりの繰り返しなのだから、それは当たり前なのだが、いかなかった時の場合が、何というか、うまくいかなかったときがとにかく酷いのだ。溜まり溜まった悪運がすべてそこに凝縮され、一気に放出されているみたいに、うまくいかないどころか、反対側の、そのまた向こうの、酷すぎる結末へと向かってしまう。

 つまり、運が悪い時は最悪と言って良いくらい、運が悪いのだ。



「早く、そこを退いて、部屋に入れてもらえませんか?」

 僕は、部屋の扉の前で、包丁をこちらに向けながら、部屋の中にいる魔女になった恋人を匿っている僕と同じくらいの歳の少年に向かってそう言った。目は血走って涙ぐみ、呼吸は荒く、顔から粒状の汗を流してる。僕の能力で聞こえる、破裂しそうな音を響かせている彼の心臓の鼓動が、極度の緊張が彼を包んでいることが分かる。

「誰も通さねぇって、俺が香澄(かすみ)を守ってやるっていったんだ!!」と彼はエコーがかかりそうなくらいの声で叫んだ。近くで聞いてしまったため、耳が痛い。横目でいちりを見る。案の定、頭に響いたらしく、少しふらふらしている。

 

 なぜこんなことになったかというと。

 機関から出て約三十分。回収班の車に揺られて、娘が魔女になってしまい、その娘を家で保護しているという、その魔女の親族から通報があった、その問題の家についた時には、通報した親族方が家の前で待っていて、どこか暗い雰囲気のなか、僕らを出迎えてくれた。それもそう、僕らは今からあなたたちの大切な物を法律の下、正義という名の礼状をひらひらと見せびらかしながら、奪っていくのだから。

 簡単な挨拶を済ませて、早速、僕といちりは魔女に身柄を保護しに家のどこにいるのか、その魔女になった娘の母親に尋ねた。すると、その母親はバツの悪そうな顔をして言う。

(は、二階にあがってすぐ右側の部屋にいるのですが…………)

(いるのですが?)

(実は――)


「すこしでも動いたり、近づいたりでもしたら刺すぞ!」

 こういう門番がいたわけで。

「……まあ、落ち着いてください」刺激しないように発狂寸前の少年を宥めた。

「じゃあさっさと帰れ! この鬼畜!」何いっても油を注ぐことになりそうだなと僕は頭を痛める。

 さっきの母親の話を思い返し、ふと、気づいたことがあった。それは、気づかなかった方が良かったかもしれない。それを指摘したとしても、彼にとっては疑心暗鬼の元、燃えている火にガソリンで消火しようとするくらいのものになりかねない。相手の感情を揺さぶるような言葉では、どこか嘘っぽくて、納得してはもらえず逆に刺激してしまう。この扉の向こうに行くには、下手に刺激しないようにするか、力づくで入るしかない。後者はなるべく避けたいので、お願いするように言い続ける。

「……そこを通してもらわないと、困るんですが」

「お前らが仕事ができなくて困っても関係ないっ!」

「いや、僕たちの仕事のノルマの話じゃなくて、周りの一般市民に被害とか――」

「だからなんだっていうだよっ!? どうして、こうも簡単にを見捨てるんだよっ!? あいつは魔女になっても人を殺して食わないって、俺に誓ったんだよ! なのに、なんで何もしていないのに収容所に入れられなくちゃいけないんだよ!」

 包丁の柄が潰れそうなくらいの握り締めながら彼は吠えた。

「それでも駄目なんですよ。無意識に人を殺す恐れのある魔女を民間の方が保護するなんて危険すぎます。何か有ってからじゃ遅いんですよ」

 魔女にどんなに人を殺さない、食べないという意志があったとしても、空腹になってしまえば、理性を失い、自己コントロールができずに、真っ先に近くにいる人を襲い食らうだろう。どんな強い意志があったとしてもそれはあらがえないことだ。きちんと食事の管理されているされている魔女収容所でも、月に二、三人、拒食が原因で理性を失って餌を求め暴れるのだ。魔女収容所の中だから目立った被害はないが、これが、ただの家の中で保護することなんて、危険極まりない。暴れて、一番先に襲われる確率が高いのは保護していた親類、友人、恋人であり、魔女収容所になんて牢獄に入れたくないと拒んで一番困るのは、一緒に暮らしている人と魔女本人だということを訴えかけようとしたが。

「うるさい! 黙れ! 黙ってくれ! どうしてなんだよ! どうして誰も、香澄を救えないんだよ…………」

「……あの、彼女の為を思うなら、そこを退いた方がいいと思う、よ?」隣で何も喋らないでいたいちりが急に喋る。何も進展しないので、自分が何か言えば、少しは流れが変わってくれるかなと考えたのだろう。それなら、もうちょっと考えてほしかったのだが、人見知りのいちりにしては頑張った方だと僕は思う。

「何がの為だ!? 魔女収容所あんなところに入ったらもう、一生とふれあう事だってできないじゃないか!?」

 確かに魔女収容所に保護されている魔女に会えるのは、親族とその親族が面会を認めた人に限られ、もしもの事が起こってしまわぬように、それぞれ別の部屋でモニター越しでの面会となる。これでは、面会と呼べないじゃないか、と言われても仕方がないように思えるが、この厳しい規則は面会人の安全対策為でもあるのだ。突然豹変して、面会人を襲う場合だってあるし、魔女の中には直接目を合わせただけで、人を操ったり、幻覚を見せたり、あの最強の魔女のように、記憶改竄したりと、やっかいな能力を持った魔女が多くいる。その魔女たちがマインドコントロールをして、面会人が凶暴化し、脱走の手助けになったりでもしたら、最強の魔女の対応に失敗した国以上の非難が飛ぶことは間違いない。何かあってからではもう遅い、だから、何も起こす事がないよう、厳重で、双方にとっても安全な厳しい規則となっているのだ。

「俺たちは、ずっと一緒にいようって約束したんだ! 絶対に俺が、守るって! お前を置いていかないって! 世界が見捨てても、俺はと俺たちの子供も守るって!」

 彼は叫んだ。僕の腕にぎゅっといちりが爪を立てながら握りしめている。分かっているって、彼の言葉は、痛いくらいに分かっている。

「お前ら、公衆の面前でも関係なくイチャついているイタいバカップルにはわかんねぇだろうな!? ただいちゃついているだけのお前らが、俺らの苦しみを分かるか!? 世間に見捨てられた俺らの苦しみが!?」

 そういわれて僕は口を閉じて、思う。

 分かる。

 君が、まだ未成年の高校生の君が、同じく未成年の彼女と交わって、彼女をはらましたことが、お互いの両親にバレて、その間を強引に引き裂かれて、二人で作ってしまった命を捨てなくてならなくなってしまったとき、どんなに苦しんだか。その小さな命を捨てさせないように二人は駆け落ちして、逃げながらも、あきらめずに産むしかなくなるまで、守り抜いたつらい日々を。その小さな子が生まれた後に、彼女が魔女になったことを聞いた。

 徹頭徹尾、二人は愛に生きていたことも。お互いに信じて、幸せになろうと、もがいたことも分かる。けれど、

「分かる。君たちがどんな関係で、どれだけ愛し合っていたことも、全部香澄さんの両親に訊いたから、その気持ちはつらいほど分かるよ。だからといって、魔女を見逃したりするわけには行かないんだ。そのせいで、他の誰かが傷ついたり、彼女自身がさらにい傷ついたりしないようにするためにね。そして、君自身が深い傷を負ってしまわないように」

 彼に最悪の時を見せたくなくて、僕は、感情を押し殺した。


「だから、ごめん」


 僕は、躊躇いなく能力を使った。


「がぁっ!?」

 彼は包丁を落として、胸を押さえながらその場にうずくまった。力が入らず、横に転がり胸を押さえながら悶え苦しみだす。僕はすぐに彼が落とした包丁を回収する。転がっている彼が無駄な怪我をしないようにだ。

「あっ、あ、お、まえ、なに、したっ……」息も絶え絶えの彼は胸をかきむしるように仰向けの状態で僕に訊いた。

「何もしてないよ。何かしたように見えた?」と僕はとぼける。何か動いたようには見えなかったはずだ。体を動かしてはいないのだから。

「ふ、ざけ、んな――」と言おうとした時、彼はスイッチが切れたように気を失った。僕は、ちゃんと失神しているかどうか確かめため、彼の頬を軽く叩いてみる。気が付かないので大丈夫だろう。

「……榊、そんな、後遺症が残るようなこと、しちゃ駄目」そういいながらいちりは僕の手をつねった。

「痛っ、そんなに怒らないでよ。こうするしかなかった、というよりはこうした方がよかったんだからさ」

 彼がどうして急に失神したか。それは彼が心臓が悪かったわけでもないし、急に心不全を起こしたわけでもない。僕の能力、心臓の鼓動をコントロールする能力で、彼のバクバクいっていた心拍数の極端に減らしたからだ。急に心拍数を減らされ、酸欠状態になった脳は機能を停止し、彼は失神したというわけだ。いちりが言うとおり、この方法は脳にダメージを与えてしまい、後遺症が残ってしまう可能性が高い。だから、使わないようにしているのだが、こういった場合は仕方がない、と割り切って使うことにしている。使えば良かったと後で思いたくないから。

「……それは、どういう意味?」いちりは僕が危険な能力をつかったことの理由を訊いてくる。

「こういう意味さ」僕は躊躇いなく失神している門番の上を越えて、その扉を開けようとした。

 僕は、一応、捕獲員の中では探索系の能力者で、魔女の捜索、発見を主に担当している。つまり、ここに魔女がいることも、この家の中に何人・・・・・・・・生きている人がいる・・・・・・・・・のかも、知っているのだ。

(生後四ヶ月の赤ちゃんも一緒に立てこもっているのよ)

 彼が騒いでいる間も、一切、聞こえてこなかった。よくよく考えてみれば、彼も、いちりも気づけていたはずだ。

 あれだけ、彼が怒鳴り声で騒いでいたにもかかわず、


「これを見たら、失神している彼は、壊れてしまうだろ?」

 



 彼らの幼い子の泣き声が聞こえてこなかったことを。




「……確かに、仕方がない、ね」




 彼女はもう、食事を終えていた。



「いちり、まだ彼女は理性がないみたいだね。これだけの量じゃ食べたりないだろうね。ほんと、理性がないのが、救いようがあるところだよ……」

 もし、食べ終えた後、理性を取り戻していたら、彼女はどうしただろうか? 悲しんで死のうとするだろうか? 僕にはそれを考えたくもないと思う。

「……うん、分かった。理性が戻る前に首を落とせばいいんだね?」

 そういい、いちりは二百五十ミリリットルのペットボトルのふたを開けて水をどぼどぼと床に出した。いちりは水を手を使わず、超能力で操り、強度――状態変化させ、鋭い氷の武器として扱い戦うのだ。いちり曰く、体の至る所に含まれている水も問題なく使えると自分の体で試したことがある、らしい。使わないところから、使いづらいのか、それとも、慈悲ってやつなのだろうか、どちらでも僕はかまわない。そんなことよりも。

「……はあ、どうして、うまく行かないかな」

 僕はそうぼやいて、その場にうずくまり、嘆く。どうして、いつもこんな終わり方なのだろうか。

 いちりの時のように僕は救えないのだろうか。

 今回は救えなかった。頭が重い。気分が悪い。頭痛がする。気が狂いそうだ。

 


 彼女が口からわが子の血液混じりの涎を垂らしながら、いちりに近づいて来くる。



 いちりが、近づいてきた彼女の首を切り飛ばしたところが、僕の目に視界にはっきりと映った。


 その首を落とされた魔女の表情は――



 11/01 16:00



 失神させた彼と魔女、そして、原形のない彼らの赤ちゃんは回収班に任せ、僕といちりは地下鉄を使って、機関に戻り、伊達さんに今日の事を報告すると同時に報告書を書き上げている。

 変死体の事件について伊達さんは、進展はないが、鬼灯がどうしてだか率先して事件について調べているんだが、何か昔、容疑者かそれと血煙の魔女とあったのだろうか、鬼灯のことだから変な詮索する必要はないと思うだが、と言っ心配していた。

「そういえば、こならが入り立ての時に、鬼灯と魔女草ストライガの魔女とで派手に一悶着あったからな」

「へえ、そうなことがあったんですか」

「あれ? その時、お前らも一緒じゃなかったっけ?」と記憶違いだったかと頭をかいた。

「あの時は、だぶん、僕といちりは別の魔女を追っていたんですよ」

 あれは本当に僕らの最悪だった。もうできれば思い返したくない。

「そうだな。思い出した。確かに……そうだった」伊達さんはそれ以上触れず、話題を変えた。その心遣いはこちらとしては意識しているようで、なんだか気分の良いように感じられなかったが、どんな機転を利かせたとしてしても、そう感じてしまうだろうから、むっとすることではない。それは八つ当たりだと理解している。

 伊達さんは僕の方を向いて言った。

「じゃあ、その報告書、書き終わったらもう帰って良いぞ」

「いいんですか? 何か変死事件に進展があった時に大変じゃないですか?」あったらあったで大変になるのは家に帰って、またここに戻ってくる僕らなのだが。

「そうかもしれないが、お前も疲れてるだろ? あんな事があったんだから、少し気分を入れ替えてからまた来い」

「それなら、機関の仮眠室で――」

「自分の部屋の方が気が楽でいいだろ? ぶっちゃけ、その状態で俺が触りでもしたら、こっちが困るんだよ」

 伊達さんの能力は触れた生き物の記憶を読みとるというものだ。ただでさえ奇怪な事件に追われて、身体的に疲れている伊達さんに、さらに追い打ちをかけるように、僕が見た今日の悲惨な事件現場と、僕の憂鬱を移してしまうのは、良くない。伊達さんが精神的に参ってしまったら、僕らも大変なことになる。

「……わかりました。お言葉に甘えてそうします」僕は大事をとって、帰宅することにした。無理に頑張っても仕事の効率があがらない、邪魔になるくらいだったら、鬱々とした気分を持ち直してからやった方がいい。そう言い聞かせた。

「そのかわり明日は早く来いな」

「はい」

 そういい報告書を書き終えた後、僕といちりは帰宅した。正直、帰って休めとはっきり言われから、気分が少し楽になった気がする。


 

 11/01 18:57



 帰宅するや否や、僕はベッドに向かって倒れた。もう疲れた。何にもしたくない。そんな最悪の気分だった。

 記憶がフラッシュバック、あの首を落とされた魔女の表情が頭に浮かぶ。もうイヤになってきた。

「……大丈夫?」いつでもどこでも躊躇いなく、べったりくっついてくるいちりも、流石にこの状態の僕にすり寄ってくるのは僕が煩わしいと、感じるだろうと気を使ってくれるのか、声をかけるだけにとどまっている。

「大丈夫、じゃない。今日はすぐ寝たい気分」深く深く夢も見ずに寝てしまい。明日になれば少しくらいは記憶がぼやけて今日よりは楽になっているはずだ。

「……まだご飯食べてないけど、食べる?」そういちりが尋ね、冷蔵庫にもう食材がないことを思い出した。帰にスーパーかコンビニに寄って総菜かカップめんとか、何か買ってくれば良かったと後悔した。

「僕は、食欲ないから食べたくないけど。いちりは?」

「……少しだけ」

「じゃあ、今からコンビニ行く?」僕はベッドから起きあがろうとするが、いちりは起きなくていいと僕を止めた。

「……ううん、無理しなくて良いよ。確か朝見たとき、バナナが一本、残ってたはず」そういっていちりはキッチンの方へと向かっていく。

「いちりも無理するなよ」

「……無理してない。あんなの見たあとじゃあ、わたしも食欲もわかないもん」

 確かに、と僕は共感する。

「……でも食べないよりは、少しだけ食べた方がいいよね」キッチンから戻ってきたいちりは一本だけ残ったバナナを持ってきた。黒いシュガースポットが沢山でている。食べごろだ。いつもなら見て、おいしそうに感じるのだが、今日はまったくしなかった。

 いちりは僕がうつ伏せに寝ているベッドに腰掛けて、バナナを向き始めた。僕はその様子を顔を横に向けて見ていた。いちりは向いたバナナを半分こにして、僕の口へと近づける。

「……はい、あーん」

「あの、えっと、なんだか、恥ずかしいんだけど?」

「……あーん」

「あの、いちりさん? おーい、聞いてる?」

「……あーん」

「…………」

「…………」

「むぐっ」強制的に押し込まれた。吐き出すのはもったいないので咀嚼して飲み込む。甘い。甘ったるい。

 ちゃんと僕が食べたことを確認したところでいちりは自分の分をむぐむぐと食べ始めた。半分こしたのでいちりはすぐ食べ終わり、立ち上がって皮はゴミ箱へ捨てに行った。

「……よし、じゃあ、お風呂入ろ?」疑問系に聞こえたのは聞き間違いじゃないだろうか?

「うん、わかった。お風呂の近くいるから気にせずに入ってきて」ベッドから風呂までの距離が僕の能力が届く範囲ギリギリなので、なるべくいちりが入浴中の時は、風呂場に近いところにいるようにしているのだ。今回もそうしてくれといっているのだと思うことにした。

「……一緒に入ろ」

「さいですか」いちりさん、今日はやりたい放題ですね。

「……背中洗ってあげるから」

「結構ですので、ごゆっくり入ってください」

「……二人で入ればお湯半分で済むから、節約にもなるよ」

「シャワー使わないで浴槽のお湯使えば十分節約になるから」

「……入らないと臭うよ?」

 そういわれて確かめるため、自分の服を嗅いだ。まだあの臭いが染み着いて残っていた。さらに気分が悪くなる。これは風呂に入った方がいい。着替えないでそのままベッドに寝てしまったのはうっかりしていた。これではベッドに臭いが移ってしまう。

「いちりが上がってから、そのあと入るよ」と僕はいつも通りあしらった。

 でも、いつもとは違った。

 いちりはその場で立ち尽くし、僕の方を見て黙っていた。

 急に沈黙が続いた。

「……じゃあ、わたし、どうすればいいの?」沈黙を破ったいちりが僕が横たわるベッドに近づいてくる。

「……どうすれば、榊は喜んでくれるの? 慰めてあげられるの? どうして欲しいの?」その眠そうで泣きそうな三白眼が僕の顔に接近する。

 いちりは何時だってそうだった。ただ自分が必要ないと思われないように、僕のためを想って、自分のすべてを捧げようとする。自分にはそれしかない、それ以上はあげられない。慰めようにも、それくらいしか、あげられるものがない。

 その精一杯をあしらわれるということは、自分を否定されたようなものだ。だから、必要とされていないと不安になる。

 最低だな僕は。こんなに心配してくれて、慰めようとしてくれているのに、感謝の言葉一つも喋らないで、煙たそうにあしらうなんて。

 そうなってしまったら――おしまいだ。

「十分だよ。いちりがこうして僕を想ってくれている、心配してくれているだけで十分だし、幸せなんだ」

「……そうなの?」鼻と鼻がくっつきそうなくらいの距離でいちりは喋った。吐息が顔に当たる。

「いちりが十分じゃないの?」

「……うん」本当に素直だね。

「それじゃあ、今日は一緒に寝よっか」

「……うん」いちりは少しほほえんだ。彼女はそんなに感情を表に出さないから、少しでも表情を変えたということは内心、かなり喜んでいるはずだ。

「……約束ね」

「うん」

 ほのぼのとしたやり取りが終わって僕は正気(?)に戻って気がつく。いちりの顔が近い。僕は少し気恥ずかしくなってくる。

「……」じーと僕を至近距離で見つめるいちり。

「……」じわりじわりと赤面する僕。

「……意地悪したくなってきた」

「へ?」

 何馬鹿なことを急に、と口に出す前にに唇と唇が重なった、と気づいたら、唇の間からいちりの舌が進入してきて、僕の舌にぬるっと触れた。僕を驚き、じたばたもがいたが、抵抗して何かの拍子にいちりが怪我したとなったら大変だと頭の中で都合良くよぎり、後半からはされるがまま、いちりは僕の口の中を蹂躙していった。

「……ぷはっ」満足したのか、結構な時間(数分)がたってから僕は解放された。いちりは喜び悦に浸り、満足そうな顔をしている。

 僕は急に強引になったいちりに唖然としながら言う。

「…………欲求不満なんですか?」

「……うん。ついでに意地悪もしたくなったから、一石二鳥」Vサインを僕に突きつけて満足したのか、いちりはクローゼットに向かい、寝間着と肌着を取り出して風呂に入る準備をしている。

 この部屋の中に反響するほどの二人のテンポの激しい鼓動の音が僕の耳を聾した。

「…………」

 僕はいちりが入浴している間、悶々として、理性を押さえるのが大変だった。いちりの意地悪は効果覿面、大成功におわった。

 余談だが、味は、さっき食べたバナナの甘ったるい味がした。

 べつに嫌いというわけではない。むしろ、大好きといってもいい。

 憂鬱で今にも死にそうな心の隙間に染み渡って、暖かくしてくれる。

 それは十分過ぎる、慰めだった。

遅れてすみません。

次回もすぐに投稿できるよう頑張りますので宜しくお願いします。

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