宇宙船地球号より
やぁ。ひさしぶり。
おっと、これを読む君たちにとっては、はじめまして、と言った方が正しいだろうか。
まぁ、どうでもいいことかな。この手紙が私の狙い通りに届くかどうかはわからないし、届いたとしても今、同じ言語を使っているかどうかもわからないんだから。
私は今、地球にいる。
地球のどこかって。それはわからないな。この場所の名前を呼ぶ人間はもういないし、かつてどんな名前がついていたかも忘れてしまったからね。
しいて言うなら、うっそうと生い茂る森を見下ろす高台の上。私はさんさんと輝く太陽を浴びながら、今この手紙を書いている。
そう、君たちが見捨てた地球は、今やかつての姿を取り戻しているんだ。
私のことを話そうか。
名前は、ええと。誰からも呼ばれることはなかったから、忘れてしまったな。
しかし自分がどういう存在かはわかる。
私はたぶん、神様だ。
これを呼んで今、「あり得ない」とか「そんなバカな」とか思っただろう。
でもあながち間違いでもないと自負している。なぜなら私は今この地上で唯一の知的生命体だからだ。
以前の私は、確か、君たちが『吸血鬼』とか呼ぶ存在だっただろうか。
不老不死である私は、君たちが地球を去った後もずっとこの星で生き続け、この星が再生するまでのありとあらゆる過程を見続けてきた。
全て、とは言わない。私の見た目はおそらく君たちとそう変わらないはずだし、大きさもそうだ。
私は歩いて星の再生を見て回ることしかできなかった。
世界中を歩き回って、もう何周したかも覚えてはいないが、しかし同じ光景に出合ったことは一度たりとなかったな。
同じ場所を訪れるときは大抵の場合、前の訪問から何十年何百年と経っているからね。
なに、そんなの全然神じゃないって。
固いこと言わないでくれよ。これでも何千年と生きてるんだから。
神様だっていろいろあるだろう。私は一つの生き物としての視点から、あらゆるものを見守るという役目を持った女神なんだ、って。そう考えてくれよ。
もちろん、元がただの吸血鬼だからお腹もすく。そう言う時は他の生き物から血をもらったりする。
神様が殺生するなって言いたいだろうな。
でも仕方ないだろう。そうでもしないと生きられないのだから。
もちろん殺しっぱなしじゃあないよ。星からもらった分と等価なものを私は星へ還しているのだから。
そして、それがこの星で私に課せられた役割なんだよ。
さっきも書いたけれど、私はこの地上で唯一の知的生命体で、しかも不老不死。そして私をモンスターだと呼び恐れる君たちはいないんだ。
それなら、ただの吸血鬼よりも、神様と自分を呼んだ方がいいだろう。
さて、私のことはもういいだろう。
私の計算通りに事が運べば、君たちは地球を去ってからだいたい六千年後にこの手紙を受け取ることだろう。
そう。まだ、たったの六千年だ。
一時は完全な死の星となったこの地球だが、しかし自然は君たちに負けてしまうほどヤワではなかったということだよ。
今では、すっかり元の通りだ。
と言っても、私は以前の地球の姿をかなり忘れてしまっているから、本当に元のとおりかは分からない。大気の組成なんかも、少し変っている気がするしね。
そろそろ本題に入ろう。
私は君たちがもう滅びてしまったのか、それとも滅びに向かって命の火を灯し続けているのかどうかは、わからない。
そもそも、きちんと手紙が届くかどうかもわからない。もしかしたら過去やもっと未来に行ってしまったり、何処かのブラックホールに吸い込まれてしまうかもしれない。
それでもこの手紙を出さねばならない理由があった。
上でももう十分書いたと思うが、今や地球は元の環境を、いやそれ以上の自然を取り戻した。
大気の組成の変化は、まあ問題ないレベルだと判断する。
今のこの星は雄大な自然がどこまでも広がっていて、非常に美しい。
私は実は千年ほどこの美しさに浸っていたのだが、ふと物足りなさを感じたんだ。
何が足りないか、それを考えて、思いついたのがそう、君たちの存在だ。
考えてみれば、今のこの星は確かに美しいが、ただ美しいだけなんだよ。
やっぱりね、この美しさをある程度踏みにじってくれるものがないと、張り合いがないんだ。
もうまどろっこしいから結論から言おうか。
君たち、戻ってこないか。
どこにって、無論ここにだよ。
もう一度地球でやりなおしてみる気はないかって事さ。
ああ、もちろん君らの中にはそれを反対する者もいるだろう。
折角再生した地球をまた汚すのかだとか。今住んでいる場所こそが故郷だから離れたくないだとかね。
そこを離れるのも大変だろうし、色々な意見が出ることだろう。
だから、私がこの手紙に託すのはあくまで一つの意見だと思ってくれればいい。
地球に戻って来てみてはどうかっていう、提案だ。
人間は愚かだって、君たち自身もよく言うけどね、私はそうは思わない。
だって君たちの寿命はせいぜいが100年だ。それより過去にどれほどのことがあったって、それを実感できないんだからどうしようもないだろう。
実感こそ何より重要で、それを伴わない智は空虚だ。まぁ、君たちはその空虚な智を背負いながら必死に戦うことのできる種族でもあるけど、それは別問題。
君たちが帰ってきて、また何千年もすればきっと、この星はまた汚れるだろう。
そんな結果はもう今から眼に見えている。でも、上にも書いたが、自然は絶対に君たちに負けないんだよ。
また此処が死の星になったら、君たちは追い出されるようにして、また船を作って旅立つだろう。
そしてその間に、地球もまた息を吹き返す。
そして君たちはまた戻ってくるんだ。
多分ね、その繰り返しでいいんだよ。
なぜならその繰り返しですら、きっと、もっと大きな流れの中の一つにすぎないんだから。
何度でも繰り返せばいいのさ。破壊も、再生も。
それが生きるってことだからね。
だから、きっとこの手紙が届かなくても君たちは戻ってくるだろう。
それなのになぜ手紙を書いたかって。
ここからは個人的な話なんだが、私はね、実は今、とてつもない寂しさを覚えているんだ。
考えても見てくれ。私はこの広大な自然の中に一人ぼっちで取り残されているんだ。
話し相手なんかいない。話しかけることは出来るが、誰も返事を返してくれないんだから。
私は不老不死だし、こんな寂しさは一時のものだろう。
でもさびしいうちに君たちが帰ってきてくれたら、それはきっと何よりもうれしいと思うんだよ。
だから書いた。この手紙には私の祈りもこもっているんだ。
少なくとも今から千年くらいはさびしんでいると思うから、もしできるのならそのくらいの間に戻ってきてほしい。
まぁ、千年を過ぎてしまっても待っていると思うけどね。
君たちに『おかえり』を言うために。
君たちから『ただいま』を聞くために。
それじゃ、今はさよなら。
――宇宙船地球号より。
「おかえりなさい」