表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Short Short Circuit

衝動買い

作者: 境康隆

「またお前はそんなもの買って」

「そんなものって何ですか? よく知りもしないで」

「そんなもの見れば分かる。また通販で衝動買いしたんだな」

「そうですよ。ええ、そうですとも。通販で買いましたとも」

「ほら見ろ。何が楽しくて……」

「だって誰かさんは、碌にかまってくれやしませんしね。買い物ぐらいしか、楽しみがありませんですもの」

「そりゃ…… お前……」

「今だって、あなたは新聞片手ですしね」

「ぐ…… ふん。まぁ、いいさ。ところで今度は何を買ったんだ?」

「眼鏡ですよ。眼鏡」

「眼鏡? 老眼鏡かい? 通販で買うようなものなのかい?」

「老眼鏡じゃないですよ。誰かさんと違って私はまだまだ不要ですよ」

「何言ってんだ。お前の衝動買いは、要不要じゃないだろう」

「な…… もう、失礼ね。ちゃんと必要だから買ってますよ」

「必要で買った商品が、あんなに押し入れの肥やしになるもんか」

「いいじゃないですか。見た時は、欲しい。これがあれば。こういうのを待っていた。そう思ったものばかりですよ」

「それを衝動と言うんだろ? その衝動に騙されて、ついつい手が出るのが衝動買いだ」

「だって……」

「ああいう広告はな、奇麗に取り繕って、美辞麗句並び立てて、必要以上に魅力的に見せて、今しかない、これしかないと、これぞ運命だと思わせるもんなんだよ」

「そうですけど……」

「たまたま見せられた商品の紹介に、何となく運命を感じて買ってしまうだけだろ?」

「もう。これは、必要だから買ったんです」

「必要なのかい? ちゃんと使うのかい? 他のは使っているのを、見たこともないぞ」

「あら、あなた? 私のことを、そんなに見てらっしゃいましたかしら?」

「いや…… そりゃ…… それは今は関係ないだろう。どうだい、ちゃんと使うのかい?」

「使いますよ。まぁ…… 最初ぐらいは……」

「おいおい」

「誰かさんがちゃんと構って下さいましたら、私だって、衝動買いなんてしやしませんよ」

「そうかい。そりゃ悪かったね。で、結局何を買ったんだい?」

「いえね。私って衝動買いするでしょ?」

「まあ確かに。ん? やっぱり衝動買いか?」

「違いますよ。これは必要で買ったんです」

「見た時は、欲しい。これがあれば。こういうのを待っていた――またそう思ったんだな?」

「いいじゃないですか。今はそんなこと」

「でも衝動買いって、言ったじゃないか?」

「これは、その衝動買いを抑えてくれる眼鏡なんですよ。広告を見えなくする眼鏡なんですよ」

「何だって?」

「だから、この眼鏡をかけていると、広告が目に入らなくなるんですよ。広告が目に入らなければ、衝動買いもしなくって済むでしょう?」

「あのなお前。そんなうまい話ある訳ないだろ? また広告に騙されたな」

「じゃあ、そのお手元の新聞で、試してみたらどうです?」

「これかい? 確かに広告はあるが……」

「はい、どうぞ。この眼鏡で見れば、売りたいっていう下心のある広告は、見えなくなりますよ」

「どれ…… おお、本当だ。広告が見えなく…… ん?」

「どうしました?」

「普通の記事も見えなくなったぞ」

「そういうもんなんでしょ? 新聞記事なんて。見え透いた、売らんかなの下心を見抜くそうですよ。その眼鏡」

「すごいな。売れてるだろう? この眼鏡?」

「それが…… 売れすぎても困るからって、すぐ販売中止。もう手に入らないそうよ」

「そうかい。そうかもな。そうだろうな。しかしお前の衝動買いも、時には役に立つな。いや面白い。店屋物のお品書きとかも、見えなくなるのか? これか…… よっと……」

「あなた…… それ――」

「おぉ! すごい見えないぞ! 何だ? どういう原理だ? 成る程。確かに見え透いた、売らんかなの下心を見抜くようだ。お品書きもやっぱり広告か。奇麗に取り繕って、美辞麗句並び立てて、必要以上に魅力的に見せて、今しかない、これしかないと、これぞ運命だと思わせるもんなんだな。はは、やっぱり衝動買いなんて、するもんじゃないな。なぁ、お前?」

「あなた…… それ――私の時のお見合い写真よ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 夫婦の軽妙なやりとりが面白くて、会話だけですが飽きさせない良いショートショートだと思います。 ただ、最後のオチ自体は良いのですが、見合い写真が出てくるところが唐突に感じられるのが残念です。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ