衝動買い
「またお前はそんなもの買って」
「そんなものって何ですか? よく知りもしないで」
「そんなもの見れば分かる。また通販で衝動買いしたんだな」
「そうですよ。ええ、そうですとも。通販で買いましたとも」
「ほら見ろ。何が楽しくて……」
「だって誰かさんは、碌にかまってくれやしませんしね。買い物ぐらいしか、楽しみがありませんですもの」
「そりゃ…… お前……」
「今だって、あなたは新聞片手ですしね」
「ぐ…… ふん。まぁ、いいさ。ところで今度は何を買ったんだ?」
「眼鏡ですよ。眼鏡」
「眼鏡? 老眼鏡かい? 通販で買うようなものなのかい?」
「老眼鏡じゃないですよ。誰かさんと違って私はまだまだ不要ですよ」
「何言ってんだ。お前の衝動買いは、要不要じゃないだろう」
「な…… もう、失礼ね。ちゃんと必要だから買ってますよ」
「必要で買った商品が、あんなに押し入れの肥やしになるもんか」
「いいじゃないですか。見た時は、欲しい。これがあれば。こういうのを待っていた。そう思ったものばかりですよ」
「それを衝動と言うんだろ? その衝動に騙されて、ついつい手が出るのが衝動買いだ」
「だって……」
「ああいう広告はな、奇麗に取り繕って、美辞麗句並び立てて、必要以上に魅力的に見せて、今しかない、これしかないと、これぞ運命だと思わせるもんなんだよ」
「そうですけど……」
「たまたま見せられた商品の紹介に、何となく運命を感じて買ってしまうだけだろ?」
「もう。これは、必要だから買ったんです」
「必要なのかい? ちゃんと使うのかい? 他のは使っているのを、見たこともないぞ」
「あら、あなた? 私のことを、そんなに見てらっしゃいましたかしら?」
「いや…… そりゃ…… それは今は関係ないだろう。どうだい、ちゃんと使うのかい?」
「使いますよ。まぁ…… 最初ぐらいは……」
「おいおい」
「誰かさんがちゃんと構って下さいましたら、私だって、衝動買いなんてしやしませんよ」
「そうかい。そりゃ悪かったね。で、結局何を買ったんだい?」
「いえね。私って衝動買いするでしょ?」
「まあ確かに。ん? やっぱり衝動買いか?」
「違いますよ。これは必要で買ったんです」
「見た時は、欲しい。これがあれば。こういうのを待っていた――またそう思ったんだな?」
「いいじゃないですか。今はそんなこと」
「でも衝動買いって、言ったじゃないか?」
「これは、その衝動買いを抑えてくれる眼鏡なんですよ。広告を見えなくする眼鏡なんですよ」
「何だって?」
「だから、この眼鏡をかけていると、広告が目に入らなくなるんですよ。広告が目に入らなければ、衝動買いもしなくって済むでしょう?」
「あのなお前。そんなうまい話ある訳ないだろ? また広告に騙されたな」
「じゃあ、そのお手元の新聞で、試してみたらどうです?」
「これかい? 確かに広告はあるが……」
「はい、どうぞ。この眼鏡で見れば、売りたいっていう下心のある広告は、見えなくなりますよ」
「どれ…… おお、本当だ。広告が見えなく…… ん?」
「どうしました?」
「普通の記事も見えなくなったぞ」
「そういうもんなんでしょ? 新聞記事なんて。見え透いた、売らんかなの下心を見抜くそうですよ。その眼鏡」
「すごいな。売れてるだろう? この眼鏡?」
「それが…… 売れすぎても困るからって、すぐ販売中止。もう手に入らないそうよ」
「そうかい。そうかもな。そうだろうな。しかしお前の衝動買いも、時には役に立つな。いや面白い。店屋物のお品書きとかも、見えなくなるのか? これか…… よっと……」
「あなた…… それ――」
「おぉ! すごい見えないぞ! 何だ? どういう原理だ? 成る程。確かに見え透いた、売らんかなの下心を見抜くようだ。お品書きもやっぱり広告か。奇麗に取り繕って、美辞麗句並び立てて、必要以上に魅力的に見せて、今しかない、これしかないと、これぞ運命だと思わせるもんなんだな。はは、やっぱり衝動買いなんて、するもんじゃないな。なぁ、お前?」
「あなた…… それ――私の時のお見合い写真よ……」