一話完結のちょっとぞわっとする話
昨年の自死者数は1万8千人、そのうちの一人は僕の彼女でした。
役所の出す統計データはいつも冷たい。18,000という記号に丸められた数字の、最後の一桁が彼女だった。
彼女が消えた朝、世界は驚くほど普通に回っていた。スマホの画面には、前日の夜に彼女から送られてきた「おやすみ」のLINEが残ったまま。僕は底の抜けた世界で、ただ呆然とタイムラインをスクロールしていた。
彼女は、いわゆる「メンヘラ」と呼ばれるタイプの女の子だった。
「死にたい」「消えたい」が口癖で、夜中に突然泣きながら電話をかけてくることは日常茶飯事。僕の気を引くために、薬を多めに飲んで救急搬送されたことも一度や二度じゃない。
周りの友人からは「あんな地雷女、早く別れなよ」と言われていた。
でも、僕は彼女を見捨てられなかった。僕が夜通し話を聞いてあげると、彼女はいつも「あなただけが私の救い。あなたがいないと私は死んじゃう」と言って、嬉しそうに微笑むのだ。
僕は、彼女の唯一の理解者であり、命の恩人であることに、どこか歪んだ優越感を抱いていた。
だから、あの夜に彼女から「もう限界、今までありがとう」とLINEが来たときも、僕はいつもの『かまってちゃん』だと思った。
いつもならすぐに返す「どうしたの?」「大丈夫?」という言葉を、その夜の僕はあえて送らなかった。少しだけ焦らせて、僕のありがたみを分からせてやろうと思ったのだ。既読だけをつけて、スマホを裏返して眠りについた。
翌朝、彼女は本当に冷たくなっていた。
遺書はなかった。警察は事件性なしと判断した。僕が最後の1通を無視したせいで、彼女は引き金を引いてしまった。僕が彼女を殺したのだ。罪悪感で、頭がおかしくなりそうだった。
葬儀が終わり、彼女の部屋の片付けを手伝った。
彼女の母親から「あなたによく話を聞いてもらっていたみたいだから」と、遺品の中から彼女のスマホを渡された。
僕は震える手で、彼女のスマホのロックを解除した。僕への恨み言でも残っているのではないか。そう怯えながらLINEの画面を開いた。
そこで、息が止まった。
彼女のトーク画面の最上部には、僕の名前はなかった。
そこにあったのは、僕の知らない男たちの名前。
彼女はあの日、全く同じ「もう限界、今までありがとう」というメッセージを、同時に5人の男に一斉送信していた。
画面をスクロールする。他の4人の男たちの画面には、深夜に必死で止める大量のメッセージと、着信履歴が残っていた。
そして彼女が飛び降りたのは、僕以外の男が「今からそっち行く!」と返信した、その5分後だった。
彼女にとって僕は、1万8千人の中の一人を引き止める、ただの「5分の一の保険」に過ぎなかったのだ。
救われなかったのは、僕のほうだった。




