逃避行
掲載日:2026/04/09
世界は魔王に敗北した。
その事実に気づくまで、それほど時間はかからなかった。
散乱する瓦礫。人々の叫び声、呻き声。
街は真っ青な炎に包まれて、まるでうねりうねる海波のようだった。
今まで心を包んでいた、暖かくて冷たくて、穏やかで過激な、神々しさとも言えるような “何か” が跡形もなく消え去って、今はもう、ただ空白しか感じられない。
確かに存在していたそれはおそらく、私たちの血に刻まれた、かの勇者の勇気の証だろう。その消失が意味するのは、勇者の敗北だ。
だが仮に魔王に勝ったとして私たち人類が得られるのは、名ばかりの勲章だけ。失ったものは、何も元には戻らない。
きっとこの戦いが始まった時点で、私たちの負けは確定していたのだ。
私は走り続ける。
必死に助けを求める人々には目もくれず、美しく荒廃した海波の間を走っていく。
どこかに存在するはずの、楽園を求めて。
熱い。寒い。痛い。苦しい。
数々の苦痛が、全身を渦巻く。
それでも私は、走り続けなければならない。
いつか、天上の楽園へ辿り着くために。
迫り来る地獄から逃れるために。




