【第9話】決闘(前編)
後に最大の戦友となる彼女との、これが実質的な初対面であったと言えるだろう。
「エレネア! この私、セリーヌはあなたに決闘を申し込みますわ!」
その日も普段通りの忙しくも変わり映えのしない一日になる。そう考えていたエレネアの予想はその言葉によって打ち砕かれた。
セミロングの金髪ストレートが美しい翠眼の少女、筆頭騎士セリーヌ。彼女は廊下でエレネアを見つけるなり、びしっと人差し指を突き付けてそう宣言した。
「……はい? 私に、ですか?」
全く身に覚えの無かったエレネアは自分を指差し、首を傾げながら聞き返した。だが金髪の女騎士は自信満々に告げる。
「えぇ! 人違いでも何でもありませんわよ!」
理由は不明だがこれは確実に面倒事になる。彼女の直感がそう告げていた。
「ちょっとエレネア! セリーヌ様と何かあったの!?」
「セリーヌ様、何だか怒ってない……?」
「いえ、特には……」
一緒にいたフランセットやルネが不安そうな様子で耳打ちしてくる。そうは言われても、エレネアには心当たりが無いのだから返答に困る。
「すみません。今日は朝から貧血気味でして……」
そう断りを入れてそそくさと立ち去ろうとしたエレネア。だがセリーヌの方が一枚上手だった。彼女は懐から黄金色に輝く物品を取り出すと、わざとらしく見せびらかせるようにして言った。
「あらあら、残念ですわ! 私に勝てたらこれを差し上げようと思いましたのに~」
彼女が手の中で弄ぶそれは十万ルミナ金貨。これ一枚で平民の家庭の半月から一ヶ月分の収入にもなる代物だった。それを見たエレネアは目の色を変えて即決した。
「その決闘、受けて立ちます!」
その答えに満足したかのようにセリーヌはにっこりと、いっそ不気味なほどに満面の笑みを浮かべる。
「えぇ! それでは明後日の夕方六時、訓練場でお待ちしておりますわ!」
彼女はそれだけ言い残すと、意気揚々と去っていった。筆頭騎士の姿が見えなくなってその場の緊張が解けた後、最初に口を開いたのはフランセットだった。
「いやいやいや! チョロすぎでしょっ!?」
彼女は完全に呆れ返っていた。
「はぁ、文字通り『現金な人』ってやつだね……これだから大人は……」
ルネがやれやれと言った様子で続けた。こちらも呆れ果てた様子だ。
「てか貧血どこ行ったの?」
「金貨を見たら治りました。金貨は百薬の長です、先輩」
自信満々に答えるエレネア。そんな彼女を見て、二人の先輩メイドはますます呆れ返る。
「そんな言葉聞いたことないよ……」
「エレネア、あなたには『薬も過ぎれば毒となる』という言葉を贈っておくわ」
◇
それから二日後、決闘の期日がやってきた。
エレネアが六時十分前に訓練場を訪れると、そこには既に人だかりができていた。彼女の姿を見て、観衆の兵士達の間に騒めきが巻き起こる。
「お! もう一人の主役のお出ましだぜ!」
「前のアンジェとの戦いは見事だったけど、セリーヌ様が相手じゃ流石に分が悪いだろ?」
「分からんぞ。あのメイドの嬢ちゃん、只者じゃなさそうだからな」
まだ始まる前にもかかわらず前回以上に注目を集めてしまっていた。エレネアは観衆達の中に見知った顔を見付けて駆け寄る。アンジェリクとフランセットだった。
「ね、ねぇ。これどういう状況?」
彼女達に尋ねてみるが、二人ともに揃って首を傾げた。
「いや、あたしにも分からん」
「よく分からないけど、何かセリーヌ様が人集めたみたいよ」
「セリーヌ様が……?」
エレネアとしては理解に苦しむ展開であった。立会人はともかくとして、単なるギャラリーを集めることに意味があるようには思えなかった。まさか公開処刑をしたいわけでもあるまいに。悩んでいると、そこへティアヴェラ王女やルネといったいつもの面々が集まってくる。
「おぉ~! 今回も盛り上がってるね~! みんなエレネアに興味津々だね」
「ふふーん! 流石あたしの後輩!」
やけに嬉しそうな王女と、なぜか得意気なルネであった。
集まった面々の顔ぶれを見てふとエレネアは思う。気が付いてみればいつも彼女達と一緒にいるな、と。
「お取込み中失礼いたしますわ!」
しかしそこにいつもとは異なる面子が一人現れる。筆頭騎士セリーヌであった。
「そろそろ決闘のルール説明に入ってもよろしくって?」
「どうぞ。いつでも構いませんよ」
「ではまず……」
セリーヌは懐から黄金の硬貨を一枚取り出してから続けた。
「私に勝てたらこの十万ルミナ金貨をあなたに差し上げますわ」
「念の為に確認しておきますが本物ですよね?」
「あら、用心深い方ですのね。もちろん本物ですわよ」
彼女は金貨を裏返すと、裏面の五芒星の刻印を指でなぞる。と、淡い光と共に教国の紋章が宙に投影される。偽造防止の為の「魔導印」だ。エレネアは頷いてから更に尋ねる。
「なるほど、確かに本物ですね。ではセリーヌ様が勝った場合は? あらかじめ言っておきますが私はそんな大金持ってませんよ?」
彼女の問いに、セリーヌは待ってましたとばかりにニコニコとした表情で答えた。
「ご安心なさい! 私もあなたが十万ルミナなんて払えるとは思っておりませんし、そもそもお金なんて要りませんわ。その代わり……」
「……その代わり?」
微笑みが逆に不気味ささえ感じさせる。続きを促すエレネア。彼女の脳裏に「タダより高い物は無い」という言葉が過る。
「私が勝ったらメイドを辞めてこの城から出ていっていただきますわ! そして金輪際王女様にもこの城にも近付かないこと! よろしいですわね!?」
「えっ……?」
びしっと人差し指を突き付けてそう宣言するセリーヌ。
エレネアは困惑して言葉に詰まる。なぜ彼女はそんな条件を持ちかけてきたのか。全く話が呑み込めなかった。
「そっ、そんなの絶対ダメ!! エレネア、こんな勝負受けちゃダメだよ!!」
困惑するエレネアの代わりに答えたのはティアヴェラ王女であった。彼女はセリーヌをキッと睨み付ける。
「? それだけですか? それなら――」
別に困らないので構いません。
そう言いかけたところでエレネアは口を噤んだ。メイドを辞めて城を出たところで本来なら彼女は何も困らない。今まで通り、旅をしながら傭兵なり冒険者なりをして日銭を稼ぐ生活に戻るだけのこと。だがそれはアンジェリクやフランセットやルネ、そして何よりティアヴェラとの別れを意味する。
別れなどこれまでも何度も、それこそ飽きるほどに経験してきたエレネアではある。が、彼女達との別れを拒否したがる自分がいることにエレネアは気付いた。
「……一応、最後までルールを聞かせていただけますか?」
自分自身に困惑しつつもエレネアが続きを促すと、セリーヌは満足そうに頷いて続けた。
「良い返答ですわ。まず決闘の種目は弓矢!」
「弓矢? 剣術ではなくてですか?」
「あら、ご存じなくって? 私、弓の名手でもありますのよ?」
自身あり気に胸を張って宣言するセリーヌ。嘘を言っているようには見えなかったが、念の為に第三者にも確認を取っておく。
「ねぇ、アンジェ。その話、本当なの?」
「え? あ、あぁ。あたしの知り合いに弓兵隊の奴もいるけど、そいつもセリーヌ様にだけは勝てる気がしないっていつも言ってたな」
「そう、ありがとう」
アンジェリクの証言なら信頼できる。残念ながら弓の名手というのはハッタリではなくれっきとした事実だろう。
「勝敗は?」
「百五十ヤードの的を射て、先に外した方が負け。これでいかが?」
「ふむ、そうですね……」
エレネアは顎に手を当てて真剣に考え込む。
十万ルミナという大金がティアヴェラ達と別れることになるかもしれないリスクに釣り合うか否か、ではない。その件に関しては明確に「否」で答えが決まっている。彼女が考えているのはセリーヌがこの決闘を申し出た理由と動機の方だ。
(弓矢、百五十ヤード、負けたら城を出るのが条件……なるほどね)
彼女の中で断片的な情報が一本の線に繋がっていく気がした。
「エレネア!? 何でそこで迷ってるの!?」
「エレネアがいなくなったらあたし先輩じゃなくなっちゃうよ!」
ティアヴェラとルネが騒ぐのを一旦無視して、彼女は確認の為に尋ねる。
「セリーヌ様、もしかして見てましたか? この前、私が訓練場で……」
「だっ、誰が王女様とあなたのいちゃつく姿なんて好き好んで見ますのっ!?」
途端に血相を変えて否定するセリーヌ。それがそのまま全ての答えだった。
「私はティアヴェラ――王女様のことなんて一言も言ってませんが……」
「はぅっ!?」
図星を突かれたセリーヌが可愛いらしい声を上げた。つまり彼女はティアヴェラ王女と仲良くするエレネアに焼き餅を焼き、王女の前で自分を完膚なきまでに負かして良い所を見せようとしてこの決闘を持ちかけた。そんなところだろう。
しかしこれは考え物だとエレネアは悩む。この場で拒否することは簡単だが、その場合、彼女は今後も同じように突っかかってくるだろう。ならばこの際、逆に負かしてやった方が後腐れが無いかもしれない。
そう考えたエレネアはセリーヌの瞳をしっかりと見据えて宣言した。
「分かりました。その条件で受けて立ちましょう」
「えっ、エレネア!? 正気で言ってるの!?」
「大丈夫よ。勝てば良いんだから」
驚愕と不安で声が裏返るティアヴェラ。エレネアはそんな彼女にウインクしてみせると、愛用の弓矢を取りに自室へと戻った。




