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【第4話】運命の分岐点

 あの日、彼女の誘いを断っていたとしたら、私と彼女の運命は今とは全く違っていたかもしれない。

 だがもし仮にやり直せたとしても、私は何度でも同じ選択をすることだろう。




 王都アンダルシア。その王城の医務室。

 この国の王位継承権者であるティアヴェラ王女はここ数日間というもの、ほぼ常にこの部屋で時を過ごしていた。

 彼女は医務室のベッドで静かに寝息を立てる青髪の少女を見つめた。初めて会った時と比べて随分と血色が良くなったように見える。

「君はなんて名前なの? どこから来たの? 目が覚めたら名前を教えてほしいな」

 答えが無いと分かっていながら、彼女は呟いた。この数日というもの、彼女は何度か少女に話しかけてはいたが、少女が目を覚ますことはなかった。

(そう言えば昔何かのお伽噺で、キスで目を覚ます眠り姫のお話があったような……)

 ティアヴェラは子供の頃に読んだ物語を思い出す。もはや細部は忘れてしまったが、その物語では眠ったままのお姫様が王子様のキスで目を覚ますといった展開だったことはよく覚えている。

(そんなまさかね……っていうかキスする方がお姫様だとどうなるんだろ?)

 所詮はお伽噺。そんなことは現実にはまずあり得ない。が、気になる。試したい。静かに眠るこの少女の姿をずっと見つめていると、そんな感情が沸き起こってくる。

 けれど彼女にとってはこれがファーストキスかもしれない。知らないうちにファーストキスを奪われていたなんてことになったら、彼女は傷付くだろうか。

(ダメダメ! 耐えるのよ、私の理性!)

 王女がそんな悶々とした感情に苛まれていると、

「う、うぅん……」

 眠り姫が目を覚ましたのだった。安心すると同時に少し残念に思ってしまうティアヴェラ王女であった。


    ◇


 エレネアが目を覚ました時、視界に映ったものは二つ。見知らぬ部屋と、亜麻色のロングヘアの少女。あまりに彼女が美少女であった為、一瞬エレネアはここが死後の世界で、彼女は神々の御使いなのではと思ってしまった。だが柔らかい布団の手触りと鼻をつく消毒液の匂いが、ここが現実であることを物語っていた。

「あの、ここは……?」

 エレネアは少女に尋ねた。

「ここは、えっと……そ、そう! 私の家だよ!」

 何か含みのある答えな点は気になったが、ひとまずその件については保留しておくエレネア。まずは状況確認が先決だった。

「確か私は大聖堂にいたはず……あなたが助けてくれたの?」

「うん、怪我が酷かったからね。もう動いて大丈夫なの?」

「えぇ、お陰様でね。ありがとう」

 身体の回復具合の確認も兼ねて、エレネアはベッドの上で上体を起こす。右腕を軽く回し、次いで左も同じように回す。痛みはほとんど無い。傷もほぼ塞がっていた。治癒魔法の使い手でも雇っているのだろうかと推測する。

 と、そこで彼女は重要なことを忘れていたことに気付いた。

「いけない! 名乗るのを忘れていたわね。私はエレネア。ただの傭兵よ。あなたは?」

「私は……」

 少女は口ごもる。

(ははぁ、何か訳ありみたいね)

 最初の質問への答えもそうだったが、この少女には何か身元を明かしたくない事情でもあるのだろう、とエレネアは考えた。部屋の調度品や彼女の身なりから察するに、ここは高貴な身分の人間の屋敷で彼女はそこのお嬢様と言ったところだろう。その辺りの事情が関係しているのかもしれない。

「言いたくないなら別に無理に言わなくても良いわよ?」

「あ、ううん! 私はティア! ティアって呼んで!」

 エレネアの言葉に、少女――ティアは慌てた様子で名乗った。

 互いに名乗りが終わったところで、エレネアは居住まいを正して彼女に向き直った。

「ティア、ね。改めて礼を言うわ。助けてくれてありがとう、ティア」

「うん! どういたしまして、エレネア!」

 亜麻色の髪の少女が満面の笑みで頷いた。

 ずっと見ていたくなる笑顔だ、と不思議とそんなことを思ってしまうエレネアであった。


「ところでエレネア?」

 話が一段落したタイミングで、不意にティアが尋ねてきた。

「ん? なぁに?」

「お腹減ってない?」

 エレネアはそこでようやく、自分が目覚めてから何も食べていないことに気付いた。何日気を失っていたのか正確には分からないが、体感では三日から五日と言ったところだろう。それだけの間、何も食べていないことになる。無意識のうちは良かったが、意識すると急に腹が減ってきた。

「……減った」

「待ってて! 厨房で何か貰ってくる!」

 ティアはそう言うと、亜麻色のロングヘアを靡かせながら医務室を出て行った。

 医務室に一人残されたエレネアは改めて状況を整理する。彼女はサン・リエジュ防衛戦でアンダルシア側の傭兵として戦っていた。だが押し寄せる帝国軍の前に正規軍、傭兵部隊ともに壊滅。命からがら大聖堂に逃げ込んだところまでは覚えていたが、彼女の記憶はそこまでだった。

(そこを彼女に救出された。そんなところかしらね)

 ベッド脇のサイドテーブルを見ると、傭兵としての認識票と冒険者時代に使っていた認識票、それにヘアピンや懐中時計などが置かれていた。エレネアの私物だ。流石に武器の類は持ってきてくれていない様子だ。

(また買い直しかぁ……)

 出費が嵩むことを考えると頭が痛い。が、命を救ってもらい手厚い治療を受けたうえでそれは贅沢すぎるというものだろう。

 少しするとティアが戻ってきた。

「お待たせ、エレネア!」

「早かったわね」

 彼女は皿とナイフ、それに瑞々しいリンゴを手に持って現れた。

「待っててね、今切ってあげるから」

 そう言ってナイフでリンゴを切り分けようとするティアだったが、その手付きはいかにも危なっかしい。料理の経験などまるで無いかのような――お嬢様のようなので実際に無いのだろうが――ナイフ捌きだった。これではリンゴではなく彼女の手を切ってしまう羽目になりそうだ。

「ちょっ! 危ない危ない! 私がやるからティアは見てて!」

「え~怪我人なんだから休んでていいのに……」

「怪我人が増えそうだから言ってるのよ! 貸して!!」

 渋るティアから強引にリンゴとナイフを受け取ると、エレネアは慣れた手付きでまずリンゴの皮を剥く。次に四等分に切り分け、斜めに刃を入れて芯を取り除く。更に食べやすいように小さく切り分けて、適当に皿の上に並べれば完成だ。

「わっ、凄い! あっという間に……」

「いや普通だから。それじゃ、早速いただくわね」

 エレネアは皿に並べたばかりのリンゴを一切れ摘み、口に運んだ。シャキシャキとした食感と天然の甘味が口いっぱいに広がる。空腹だったこともあり、より一層美味しく感じられる。

「美味しい!」

「良かったぁ!」

 感想を述べるとティアは満面の笑みを見せる。可愛らしい笑顔だ。もっと彼女の喜ぶ顔が見たい、とエレネアは感じた。

「ねぇ、ティア。あなたも一つどう?」

「じゃあ私も、いただきまーす!」

 彼女はリンゴを一切れ頬張る。しばらく食感と甘味を堪能した後、

「ん~~~! 甘くて美味し~!」

 エレネアの期待通り、これまでで一番の笑みを見せてくれたのだった。



 こうして二人の少女は文字通り「甘い」一時を楽しんでいたのだが、程なくしてそれは唐突に終わりを告げることとなる。

「王女殿下、失礼いたします」

 低音かつ明瞭なよく通る声。その声と共に部屋に訪れたのは一人の壮年の男性だった。立派な口髭を蓄え、軍服を着こなし、腰には剣を差した見事な騎士だった。

「あら? 用事?」

 振り返ったティアが尋ねるが、騎士の視線は彼女ではなくエレネアの方へと向けられていた。より正確には手元にあるナイフへと。

 その物体を認識した途端、彼の表情が激変した。

「なっ!? 貴様、どうやってそれを持ち込んだ!」

「えっ? いや、これは……」

 ティアが厨房から持ってきたわ。エレネアはそう言おうとしたのだが、とっくに騎士は臨戦態勢となっていた。

「武器を捨てろ! 殿下から離れよ!」

 腰の剣に手をかけ、今まさに抜刀しようとしたその瞬間。先に動いていたのはエレネアだった。

「むっ!?」

 ばさり、と騎士の視界に白い布が広がる。彼女はベッドシーツを放り投げて目くらましを仕掛けたのだった。そしてその次の瞬間には早くも決着が付いていた。一瞬の隙に騎士の背後に回り込んだエレネアは、彼を床に組み伏せ、両手を後ろ手に掴んで拘束していた。騎士は拘束を逃れようとするが、エレネアはそれを許さなかった。

「ねぇ、ティア。この人、曲者……で良いのかしら? でも何だか知り合いみたいだったけれど……?」

 そのままの姿勢でエレネアはティアに尋ねた。まるで緊張感の無い、日常の一コマの延長線上のような声音だった。

「それに私の聞き間違えじゃなかったら『王女殿下』って……?」

 ついでとばかりにエレネアは気になっていた諸々の質問を投げかけた。一度に複数の質問を投げられてしまい、ティアは困惑する。

「えーっと、色々と言わないといけないことがあるんだけど……とりあえずその人離してあげて?」

 彼女は困惑しながらも、どうにかこの場を納めようと言葉を選んで言った。

「大丈夫なの?」

「うん。だって彼、うちの騎士団長だから」

「えっ? 騎士、団長……?」

 今度はエレネアが困惑する番だった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 騎士団長殿だとは知らずにとんだご無礼を!」

「いや、俺の方こそ済まなかった。誤解とは言え王女殿下のご客人に刃を向けてしまうとは……このオルディアス、一生の不覚!」

 ティアの仲立ちで状況を把握した後、エレネアと騎士団長オルディアスの二人は互いに平謝りを繰り返していた。

 ティア――本名をティアヴェラ・ローゼリナ・アンダルシアと言った――の説明によると、ここはアンダルシア王国の王城の医務室であるとのこと。深手を負い、気を失っていたエレネアはティアヴェラ王女によって救出され、この城に運び込まれたのだという。そうして眠り続けたまま数日が過ぎ、ようやく目を覚ましたのがつい先程のこと。それからの展開はエレネアも知っての通りだという。

 一段落した後、オルディアス団長はびしっと敬礼すると、エレネアに告げた。

「ではこれにて失礼する。それからどうか今日のこの件は忘れていただきたい」

「それは私も同じです。『今日ここでは特別なことは何も起きなかった。王女様がその証人』でよろしいのですよね」

 今回の騒動はエレネアにとってもオルディアス団長にとっても大っぴらにしたい案件ではなかった。エレネアはまだしも、オルディアスにとっては怪我人に組み伏せられるというあるまじき事態だ。

 そこでティアヴェラ王女の計らいにより、この一件は「無かったこと」にすることで二人は合意したのであった。

「うん! みんなで食べたリンゴ、美味しかったよね~」

 今日、この場で公式に起きたことはただ一つ。三人でリンゴを切り分けて食べたということだけだった。

 なお、一切れだけリンゴが余っていた為、団長も無事リンゴにありつけたのだった。


    ◇


「ふぅ、これにて一件落着、かな?」

 やれやれ、と事態が収拾したところでティアヴェラは大きな溜息を吐いた。

「王女様、先程はありがとうございました。お陰で投獄されずに済みそうです」

 そんな彼女に、エレネアは跪き恭しく礼をする。

 一国の王女に対してはそれが普通の態度であり礼儀なのだろうが、ティアヴェラとしては複雑な思いだった。近付きかけた彼女との距離が一気に開いてしまったような、そんな感覚だった。

「あ、う、うん。どういたしまして……」

「……?」

 自分でも声に元気が無いのが分かった。エレネアもそれを感じ取ったのだろう。怪訝そうな顔をしている。

(あーあ、短い夢だったなぁ……)

 自分の正体がバレた時にこうなることはティアヴェラには分かっていた。だからこそ、せめてそれまでの一時だけは正体を隠して普通の友達同士のように接したかったのだ。が、予想外に短い時間の、まさしく泡沫の夢となってしまった。

「? 王女様、どうかなさいましたか?」

 心配そうにこちらを見つめてくるエレネア。ふとティアヴェラは思った。彼女なら自分のささやかな願いを叶えてくれるのではないだろうか?

「あ、実はね。ちょっとお願いがあって……」

 ティアヴェラは二つの「お願い」を伝える。回復するまでの間、普通の友達のように接してほしいこと。敬語も禁止でタメ口で話してほしいこと。彼女が話している間、エレネアは真剣に話を聞いてくれた。

「ダメ……かな?」

 もし断られたらどうしようか。不安になるティアヴェラだったが、

「ふむ……そういうことでしたら構いません。王女様には助けていただいた恩もあることですし」

 エレネアの返事はイエスだった。

「やったぁ! ありがとう、エレネア!」

「ちょ、ちょっと王女様! 苦しいです! 嬉しいのは分かりますから離してください!」

 感激のあまりエレネアに抱き着いてしまうティアヴェラ。困惑するエレネアに、王女はちょっとした悪戯心が湧いてくる。

「んー? 今言ったばかりのこと、もう忘れちゃったの~?」

「あっ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、からかうような口調で言うティアヴェラ。エレネアはそれで彼女が何を言いたいのかを察してくれたようだ。

「という訳ではい、やり直し!」

「ちょっとティア! 苦しいわよ! 嬉しいのは分かったから離して!」

「えへへ、合格!」

 今度の答えはティアヴェラにとって百点満点の解答だった。一度は離れかけた彼女との距離がまた縮まったように感じられた。

「それじゃあこれからもよろしくね、エレネア!」

「えぇ。短い間だけどよろしく頼むわ、ティア」

 満面の笑みのティアヴェラ。そんな彼女にエレネアは優しく微笑みかけてくれた。


    ◇


 それからまた数日が経過した。ティアヴェラの治癒魔法のお陰が、エレネア元来の生命力か、あるいはその両方か。エレネアの体力は順調に回復し、彼女が城を出る日がやってきた。

 アンダルシア王城の正門前。王女ティアヴェラは城を出るエレネアの見送りに来ていた。

「短い間だけれど色々と世話になったわ。本当にありがとう、ティア」

 柔らかな微笑みを見せるエレネア。これまでの数日間と全く変わらない様子だ。ティアヴェラとは違って、彼女は別れを惜しまないタイプなのだろう。旅人ならそれが普通なのかもしれないが。

「ねぇ、エレネアはこれからどうするの?」

「別にどうも。昔みたいに冒険者稼業に戻るだけよ。傭兵は……しばらくは休業ね」

「そっか……」

 俯きがちにそう呟くティアヴェラ。エレネアはそんな彼女に背を向け、城の外へと向かって歩き出した。

「お互い縁があったらまた会いましょう。それじゃ」

 彼女は振り返ることも足を止めることもなく手を振った。

(行っちゃう……せっかくできた友達なのに……)

 この少女と離れたくない。そう願ったティアヴェラは、

「あ、あの!!」

 自分でも驚くほどに大きな声で彼女を呼び止めてしまっていた。流石の彼女も足を止めて振り返る。

「どうしたの? 忘れ物?」

「あ、そうじゃなくて、その……」

 迷うティアヴェラだったが、この機会を逃せば次は無いだろう。そう思った彼女は考えるよりも先に口が動いていた。

「もし良かったらさ、うちで働かない? 兵士じゃなくてもメイドでもいいから!」

「メイド……? 私、戦い以外はからっきしなんだけど……」

 不思議そうに首を傾げるエレネア。しかし嫌そうには見えないどころか、むしろ関心を持っているような様子だった。ティアヴェラはもう一押しとばかりに続ける。

「うん! 服も可愛いし同年代の子も多いし、きっとすぐ馴染むよ!」

「どういう風の吹き回しか知らないけど……まぁそれも……悪くはなさそうね」

 彼女はティアヴェラの傍まで来ると右手を差し出した。

「もうしばらくの間、世話になるわね。いや、この場合は『お世話になります、姫様』の方が良いのかしら……?」

「もう! 普通で良いよ~」

 真剣に悩むエレネアの姿が何だかおかしくて、ティアヴェラはくすりと笑う。彼女はここ数日で一番の笑顔でその手を取った。

「私こそよろしくね! そしてアンダルシア王国へようこそ!」



 大陸歴九七五年、秋が終わり冬が訪れようとする時節。

 かくして女傭兵エレネアはアンダルシア王城のメイドとなった。公式記録では新入りのメイドが一人増えたという、ただそれだけのこと。

 これが王女ティアヴェラと、第二次西方戦争における最大の英雄となる少女の、そして後に世界の命運さえ変えてしまうことになる少女との出会いだった。

 彼女が英雄と讃えられるようになるその時まで、まだ半年ほどの時間がある。

初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。

うちの子を愛でる人こと千歳夏夜です。

以前から温めていた元傭兵のメイドさん×お姫様の百合ファンタジー戦記ですが、このままだと永久に投稿する機会がなさそうなので投稿してみることにしました。

今回でプロローグは完。次回から開戦までのしばらくの間は日常会となります。

空いた時間にぼちぼち進めていきますのでよろしければ気長にお付き合いお願いします。

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