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【第1話】決戦前夜

 大陸歴九七六年秋。西方諸国連合軍駐屯地。

 月明りと篝火が夜の闇を照らす中、一際高い壇上に立つ亜麻色の髪の少女は集まった兵士達を鼓舞する。

「皆、今日までよく戦ってくれました。次が恐らく最後の決戦になるでしょう」

 五百人余りの兵達は固唾を呑んで少女の言葉に聞き入る。

「きっと帝国軍も最大戦力で私達を迎え撃つ態勢を整えていることでしょう。けれど私達には彼らがいる!」

 彼女は左に数歩退くと右手を広げ、後ろに控えていた者達を紹介する。総勢五人。

「アンダルシア王国騎士団団長オルディアス、筆頭騎士セリーヌ」

 少女に紹介された騎士達が順に敬礼をする。まずは焦茶の髪と立派な髭を蓄えた男性から。金髪セミロングのまだ十代の少女がそれに続く。

「フェンローザ王国騎士レスティン、メイヴィア。そして……」

 少女による騎士達の紹介は続く。その度に観衆の兵士達からは歓声が上がる。最後に彼女はこの場でただ一人、場違いなメイド服に身を包んだ少女に目を向けた。申し訳程度に腰には剣を差し、エプロンドレスの上に革鎧を装備してはいるが、明らかに場違いな存在だ。だがそのことに異議を唱える者はいない。

「何よりも私達には彼女がいます。皆も知る通りの、英雄エレネアが!」

 メイド服の少女――エレネアが控えめに敬礼すると、この場はそれまでで最大の歓喜に包まれた。その興奮がピークを過ぎ去るのを待ってから、少女は締めの言葉に入る。

「作戦開始は本日二一〇〇(フタヒトマルマル)。それまで英気を養って最後の戦いに備えましょう!」

 最後に彼女は一際声を張り上げ、高らかに宣言した。

「私達に戦の女神エルナの御加護のあらんことを! 十二天神の御加護のあらんことを!!」

 同時に兵士達の中から喝采の声が起こった。

「「「アンダルシア王国万歳!!」」」

「「「フェンローザ王国万歳!!」」」

「「「ティアヴェラ王女殿下万歳!!」」」

 誰からともなく始まったそれらはやがて全軍に伝播していく。

 歓喜と興奮に包まれる兵達を見て、演説を終えた少女――アンダルシア王国王女ティアヴェラは願う。

 どうか一人でも多く生き延びてこの作戦が完了しますように、と。


    ◇


 解散後、司令部の天幕に戻ったティアヴェラは椅子に腰掛けて一息吐いていた。そんな彼女にエレネアが淹れたての紅茶を手に話しかける。

「お疲れ様、ティアヴェラ」

 一国の王女を相手に呼び捨てかつタメ口。彼女の口調は侍女や臣下のそれではなく、友人や家族のそれだった。王女は紅茶を一口飲んで気分を落ち着けると、神妙な面持ちで口を開いた。

「ありがとうエレネア。いよいよだね……」

「そうね。やっぱり怖い?」

「うん、ちょっとね。でもエレネアがいれば大丈夫……だよね?」

「もちろんよ、と言いたいところだけれど流石に今回ばかりは保証できないわね」

 エレネアは一瞬答えに迷ったものの、正直に答えることを選んだ。兵士達の前ならともかく、彼女との間では隠し事は不要だ。その答えを聞いて、王女の表情に陰りが見える。

「そっか。そう、だよね……」

「けれど可能な限り善処するわ」

 不安がる彼女を安心させるように、エレネアは微笑んで見せる。それを見て王女の不安も幾分か和らいだ様子だった。

 二人の会話が一段落したのを見計らって、男女二人の騎士達が歩み寄ってきた。彼らはティアヴェラ王女に敬礼すると口を開く。

「王女殿下、見事な演説でございました!」

「兵達も感動しておりましたわ!」

 壮年の男性は騎士団長オルディアス。その隣に立つ、エレネアやティアヴェラ達とそう歳の変わらない少女は筆頭騎士セリーヌ。いずれもアンダルシア王国軍が誇る精鋭中の精鋭だった。

「ありがとう。あなた達もどうかご無事で」

「はっ! ありがたきお言葉です!」

「了解ですわ。王女様もどうかお気を付けくださいませ」

 王女の言葉に臣下の礼を返す騎士達。それから二人はエレネアに向き直る。先に口を開いたのはオルディアス団長だった。

「遂に決戦の時だな、エレネア。君には感謝してもしきれぬ。どうか我らに勝利をもたらしてくれ」

「騎士団長殿……えぇ、無論です。団長殿もご武運を」

 礼を交わしながら、エレネアは彼との出会いを思い返す。思えば最悪の出会いだった。が、それも今では遠い昔の話のように思える。

 続いて筆頭騎士セリーヌが口を開いた。

「頼りにしておりますわ、エレネア。今回の作戦の要もあなたですもの」

 見事な金髪をセミロングにした女騎士は柔らかい笑みを見せる。だが彼女は一転、強気な表情を見せると胸を張って続けた。

「でもエレネア。もっとわたくしを頼ってくださってもよろしいのよ? 何と言っても王女殿下に一番相応しいのはあなたではなく、この私ですもの!」

 そう言ってドンと自身の胸を叩くセリーヌ。このやり取りも懐かしいな、とエレネアの顔にも自然と笑みが零れる。

「えぇ。私もあなたのこと、頼りにしているわよ。セリーヌ!」

 筆頭騎士と王女付きのメイド。奇妙な取り合わせだが、この二人は今や歴戦の戦友である。その事実はこの場にいる誰もが知っていた。

 その後、エレネアは二人の騎士達と非常時の取り決めを終えてから、ティアヴェラ王女と共に寝室代わりの天幕へと戻ることにした。


「あっ、王女様! エレネアも!」

 天幕へと向かう途中、メイド服姿の小柄な少女が駆け寄ってきた。焦茶色のショートヘアが特徴の可愛らしい少女だ。年齢は十代半ば。エレネアやティアヴェラ、セリーヌと比べると一回り年下だった。

「ルネ先輩! もうお休みになっている頃かと思っていました」

「ルネちゃんも早く休んだ方が良いよ。これから一番大変な時なんだから」

 エレネアとティアヴェラ王女の二人にそう言われるも、メイド服の少女――ルネは平坦な胸を張り腰に手を当てて答える。

「王女様、平気です! 私、これでもエレネアの先輩ですから!」

「うふふ、そうだったわね」

 王女も慣れたもの。微笑み返すとルネの頭を優しく撫でてやる。メイドの少女は気持ち良さそうに目を細めている。 見ているだけで幸せになりそうな微笑ましい光景だが、今はそれよりも伝えなければならないことがある。エレネアは口を開いた。

「それよりルネ先輩。セリーヌへの挨拶は済ませましたか?」

 ルネは首を横に振った。

「ううん、これから行くところ」

「彼女も今夜は忙しいでしょうから早めに済ませてあげてください」

「早く行ってあげてね」

 エレネアとティアヴェラにそう言われたルネは大きく頷いた。

「はいっ! じゃあまたね、エレネア、お姫様っ!」

 そう言い残して走り去っていくルネ。彼女の背中を見送りながら、エレネアは考える。

 もしもの事態があった時、王女と彼女を守り切れるだろうか、と。


    ◇


 天幕に戻り、ティアヴェラ王女が仮眠を取ったのを確認してから、エレネアは自身も体を横にする。特に眠気は無かったが、これからのことを考えれば今睡眠を取るのは必須だ。そう考えた彼女が瞼を閉じかけたところで、

「エレネア。まだ起きておるかね?」

 天幕に来客があった。体を起こして入口を開けると、現れたのは三人の人物の姿。老人が一人に、若い男女が一人ずつ。いずれもエレネアの見知った顔であった。

 最初に老人が感慨深げに口を開く。彼こそは今のこの軍の総司令官。かつてはフェンローザ王国の将軍でもあった歴戦の名将だ。

「あれから二年。思えば長いようで短い年月じゃった……」

「グレイヴェル司令……」

「君がいなければ王国再興なぞ夢のまた夢だったじゃろう。じゃが、今は手の届く所に来ておる。長生きはするもんじゃて」

 老人の目尻には涙が浮かんでいる。涙が月明りと篝火の光を反射して煌めいた。彼の脳裏には在りし日のフェンローザ王国の姿と、二年前の敗戦の日の悔恨が焼き付いているのだろう、とエレネアは考えた。

 この老人を安心させてやりたい心をぐっと抑え、エレネアは正直に答えようと努める。

「司令。お言葉ですが流石に今回ばかりは私でも勝てる保証は――」

 不安げに語るエレネアの言葉を、しかし二人の男女の言葉が遮った。

「なぁに、大丈夫さ! 君の強さは僕達も保証するし、何より僕やメイヴィアも付いてるんだからね」

「期待してるわよ、エレネアちゃん。もちろん私達だってあなたには負けないからねっ!」

 ウィンクしてみせる女性とその隣の男性は二人ともフェンローザ王国の騎士である。まだ二十代半ばと若いが、祖国滅亡後も残存部隊を二年に渡って支え続けた古強者達だった。彼らの期待の眼差しに、しかしエレネアは困惑した表情を見せる。

「私は……英雄になるような資格を持った人間ではありませんが……」

「いいのよそんなこと。君の戦いぶりを見て勇気付けられる人達は大勢いるんだもの!」

「あぁ、それこそ真なる英雄の資質。僕達はそう信じてるよ」

 三人の期待を一身に受けたエレネアには何も言えなかった。

 経緯あってのこととは言え、信頼を通り越して崇拝に近い感情を抱かれるのは彼女としては複雑なものだった。

「私は一介の元傭兵であって……今は王女様付きのメイドです……それはこれからもずっと変わりません。失礼いたします」

 絞り出すようにそれだけ告げると、エレネアは天幕に戻った。再び横になり、瞼を閉じる。

 彼女の脳裏に浮かぶのは今日までの日々。いったいなぜ一介の傭兵に過ぎなかった自分がメイドとして一国の王女に仕え、挙句には英雄とまで祭り上げられることになったのか。

(思えばあの出会いが全ての始まりだったのかもね)

 エレネアはあの日から今日までの記憶を辿る。そのうちに彼女は意識は次第に闇へと落ちていった。

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