表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第4章追加しました!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/40

第8話 氷の魔導師の激昂


パキパキという乾いた音が、静まり返った夜の森に響き渡りました。


それは、大気が凍りつく音でした。

屋敷の外、手入れされたばかりの庭園が、見る見るうちに白く染まっていきます。


「な、なんだこの寒さは! ええい、構わん! 突入しろ!」


玄関ホールの外から、ローランド王子の金切り声が聞こえてきます。

彼はまだ、帰っていなかったのです。

私兵と思われる数人の護衛に命令し、強引に屋敷へ押し入ろうとしていました。


「ヴィオラを出せ! あの女はオウェルの所有物だ! ゴミをぶつけた罪、身体で償わせてやる!」


下品な罵声が、閉ざされた扉越しに響きます。


私は無意識に自分の腕を抱きました。

怖いのではありません。

ただ、悲しいのです。

かつて婚約者だった人が、ここまで醜悪な怪物に成り下がってしまったことが。


「……まだ、喋る口があるみたいだね」


隣で、ルーカス様が呟きました。

その声の低さに、私はハッと顔を上げました。


彼のアイスブルーの瞳から、光が消えていました。

普段の、寝癖をつけて笑う穏やかな彼の面影はどこにもありません。

そこにいたのは、帝国最強と謳われる「氷の公爵」その人でした。


「ル、ルーカス様?」


「ここにいて。すぐ終わらせる」


彼は私を見ることなく、ゆっくりと玄関扉へ歩み寄りました。

彼が一歩進むたびに、床の石材が白く凍てついていきます。


バァン!


ルーカス様が手をかざすと、重厚な扉が内側から吹き飛びました。


外には、松明を手にした騎士たちと、ゴミと汚水にまみれたローランド王子がいました。

彼らは吹き飛んだ扉に驚き、動きを止めています。


「な、なんだ貴様は! 俺はオウェルの王太子だぞ! そこをどけ!」


王子が剣を抜きかけました。

愚かです。

帝国の公爵領で、領主に対して剣を抜く意味を理解していないのでしょうか。


ルーカス様は、無言で右手を空に掲げました。


極寒地獄コキュートス


世界が、反転しました。


ヒュオオオオオッ!


猛烈な吹雪が、屋敷の前庭だけに発生しました。

王子の掲げていた松明の火が一瞬で消えます。

護衛の騎士たちの鎧が、瞬く間に霜で覆われ、関節が凍りついて動けなくなりました。


「ひぃっ!? さ、寒い! 痛い!」


王子が悲鳴を上げます。

彼の濡れた服――先ほどの生ゴミと汚水で湿った服――が、容赦なく凍りつき、肌に張り付いているのでしょう。


ルーカス様は、氷の彫像のようになった彼らを見下ろしました。


「僕の警告を理解できなかったようだね」


彼はゆっくりと指を振りました。

すると、地面から鋭い氷のスパイクが無数に隆起し、王子を取り囲みました。

喉元、眼球、心臓。

全ての急所の寸前で、氷の刃が止まっています。


「ひっ、あ、あ、ああ……」


王子の顔から血の気が失せ、土気色になっています。

ガチガチと歯の根が合わない音が響きます。


「彼女は帝国の至宝であり、僕の最愛の婚約者だ」


ルーカス様の声は、吹雪よりも冷たく、鮮烈に響きました。


「これ以上、彼女を侮辱してみろ。そのふざけた口を永遠に凍らせて、二度と開かなくしてやる」


「た、た、たす……」


「そしてオウェル王国。君の国もだ。彼女を不当に扱った代償は高くつく。これ以上付きまとうなら、国ごと氷河期にしてやる」


ハッタリではありません。

彼なら本当に、国の一つや二つ、地図から消してしまうでしょう。

その圧倒的な魔力量が、大気を震わせています。


王子は、氷の刃に囲まれたまま、股間を押さえて崩れ落ちました。

足元に、温かい水溜りが広がり、それもすぐに凍りついていきます。


「ひぃぃぃ! ごめ、ごめんなさいぃぃ!」


王子のプライドは、完全に粉砕されました。

彼は這いつくばり、涙と鼻水を流しながら後ずさりました。


「もう来ない! 二度と来ない! 許してくれぇぇ!」


「消えろ」


ルーカス様が短く告げると、氷の檻が砕け散りました。

王子は悲鳴を上げながら、護衛たちに抱えられるようにして闇夜へと逃げ去っていきました。

二度と、振り返ることなく。


         ◇


静寂が戻りました。

庭園は、真冬のように白く輝いています。


ルーカス様はしばらくその場に立ち尽くしていましたが、やがてゆっくりと振り返りました。

その瞳には、まだ激しい怒りの残り火がありました。

しかし、私と目が合うと、その炎が揺らぎ、不安の色に変わりました。


「……怖かった?」


彼は、おずおずと問いかけました。

自分のしたことの残虐さを自覚し、私に嫌われるのを恐れているようです。


私は首を横に振り、彼に駆け寄りました。

そして、冷え切った彼の体を強く抱きしめました。


「いいえ。とても、頼もしかったです」


「ヴィオラ……」


「ありがとうございます、ルーカス様。私のために、怒ってくれて」


彼は安堵のため息をつき、私の背中に腕を回しました。

彼の体温が、じんわりと私に伝わってきます。

氷の魔導師なのに、その心はこんなにも温かい。


「君を守るためなら、僕は魔王にだってなるよ」


「魔王は困ります。洗濯物が増えますから」


私が冗談めかして言うと、彼は小さく笑いました。

いつもの、優しいルーカス様に戻っていました。


「……部屋に戻ろう。君が風邪を引いてしまう」


私たちは寄り添って、屋敷の中へと戻りました。


翌日。

オウェル王国から、一通の親書が届きました。

差出人は国王。

その内容は、謝罪文というよりは、命乞いに近い嘆願書でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
明らかに特級殲滅魔法食らって「寒い寒い」だけで済むお馬鹿王太子って、実は凄く戦闘力高い人なん? 他国の王太子が攻めて来たんだから、氷の刃の寸止めじゃ無くてしっかり串刺してやればいいのに。 じゃなきゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ