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【第4章追加しました!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
第1章

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第7話 元婚約者の来訪と「返却」


応接室のソファに座る男は、絶え間なく貧乏ゆすりを繰り返していました。


案内されて部屋に入った私は、その姿を見て一瞬、言葉を失いました。

かつて煌びやかな衣装で着飾っていたローランド王子。

今の彼は、サイズが合わない従者の服を身にまとい、頬はこけ、目の下には濃い隈を作っています。


「……遅い! どれだけ待たせる気だ!」


私を見るなり、王子はしわがれた声で叫びました。

その声にも、かつての張りはありません。


ルーカス様が私の腰に手を添えたまま、冷ややかに言い放ちます。


「待たせた覚えはない。勝手に押しかけてきたのはそっちだ、オウェル王太子」


「黙れ! 俺はヴィオラに用があるのだ!」


王子は充血した目で私を睨みつけました。

その視線には、焦りと、隠しきれない苛立ちが混じっています。


「ヴィオラ。迎えに来てやったぞ」


彼は尊大にふんぞり返ろうとしましたが、ソファに深く沈みすぎて格好がつきません。


「城が……少し不便でな。お前がいないと、どこに何があるか分からん無能なメイドばかりだ。だから、特別に戻ることを許してやる」


「……は?」


「感謝しろ。今なら『側室』として迎えてやる。正妃はミナだが、お前には城の管理という仕事をくれてやる。光栄だろう?」


私は耳を疑いました。

この期に及んで、まだ自分が上の立場だと思っているのでしょうか。

城の備品も、金も、服すらもない状況で、よくこれだけの虚勢を張れるものです。


私は深くため息をつきました。


「お断りします」


「……何だと?」


「私は現在、レグルス帝国の公爵家と正式に雇用契約……いえ、婚約をしております。オウェル王国に戻る気はありません」


きっぱりと告げると、王子の顔色がどす黒く変色しました。


「ふざけるな! たかが倉庫番の分際で! 俺が下手に出ればつけあがりおって!」


彼はバンとテーブルを叩きました。


「なら、返せ! お前が盗んだものを全部だ! 服も、宝石も、書類も、鍋の一つに至るまで! あれがないと生活できんのだ!」


「盗んだのではありません。殿下が『全て持って行け』と命じたのです」


「屁理屈はどうでもいい! 今すぐここに出せ! 全部だ!」


王子が唾を飛ばして喚き散らします。

その見苦しさに、隣のルーカス様からピリピリとした殺気が漏れ始めました。


「……ヴィオラ。こんな男の戯言、聞く必要はない。追い出そう」


「いえ、ルーカス様」


私は彼の腕をポンと叩いて制しました。

ここで追い返しても、また来るでしょう。

それに、「返せ」と言われたのなら、お返しするのが元管理者の務めです。


私は一歩前へ出ました。

そして、王子の頭上に手をかざします。


「わかりました。そこまで仰るなら、お返しします」


「ふん、最初からそうすればいいのだ。さあ、俺の豪華な衣装と、ふかふかの寝具を……」


収納インベントリ、検索」


私は脳内のリストを操作しました。

『オウェル城回収物』の中から、特定のタグがついているものを抽出します。


タグ名は――『不要物』。


「放出」


ドサッ!


「……へ?」


王子の頭上に落ちてきたのは、豪華な衣装ではありませんでした。


ボトボトボトッ!


次々と落下してくる物体。

それは、洗濯する前の汗ばんだ下着。

生ゴミとして処理する予定だった腐りかけの野菜。

穴の空いた靴下。

そして、城の清掃で集めた大量の塵と埃。


「ぐわっ!? な、なんだこれ!? 臭い! 汚い!」


王子は悲鳴を上げ、ゴミの山に埋もれていきます。

私は手元の扇で鼻を覆いました。


「おや、失礼。殿下が『全て』と仰ったので、私が回収したもののうち、こちらの屋敷では不要なものをお返ししました」


「き、貴様ぁぁぁ!」


王子は生ゴミの汁で汚れた顔を上げ、激昂しました。

頭には魚の骨が乗っています。


「ふざけるな! 金だ! 金目のものを出せと言っているんだ!」


「金目のものは、私の慰謝料と未払い給与として相殺させていただきました。残っているのはその『ゴミ』だけです」


「ぶ、無礼者! 殺してやる!」


王子は腰の剣に手をかけようとしました。

しかし、剣はありません。

私が回収したままですので、彼が腰に差しているのは、ただの棒切れです。

それに気づいた彼は、テーブルの上のナイフに手を伸ばしました。


その瞬間。


ゴォォォォォ……ッ。


部屋の温度が、氷点下まで下がりました。

窓ガラスが音を立てて凍りつき、王子の動きがピタリと止まります。


「……死にたいのか?」


地獄の底から響くような声。

ルーカス様が、右手を王子に向けていました。

その掌には、鋭利な氷の槍が渦巻いています。


「僕の婚約者に刃物を向けたその手。……今すぐ切り落とされたいか?」


「ひっ、ひぃっ!」


王子は腰を抜かし、ゴミの山の上で尻餅をつきました。

帝国の筆頭魔導師、その本気の殺気。

魔力を持たない王子でも、本能で理解したのでしょう。

動けば、死ぬと。


「ヴィオラ、下がって。この汚物を掃除する」


ルーカス様の瞳は、完全に据わっていました。

彼は本気です。

このままでは、オウェル王国の王位継承権第一位が、氷の彫像になってしまいます。


私は静かに、しかし素早くルーカス様の前に立ちました。


「お待ちください、ルーカス様」


「止めるのか? こいつは君を侮辱した」


「ええ。ですが、ここで彼を殺しては、国際問題になります。せっかくの私たちの生活が、台無しになってしまいます」


私は王子の前にしゃがみ込み、ニッコリと微笑みました。

ゴミまみれの王子は、ガタガタと震えながら私を見上げています。


「ローランド殿下。お引き取りください。これ以上騒ぐなら、次は城の『汚水タンク』の中身をお返しすることになりますが?」


「ひっ……!」


王子は弾かれたように立ち上がりました。

そして、捨て台詞を吐く余裕もなく、転がるように部屋を出て行きました。

魚の骨を頭に乗せたまま。


バタン、と扉が閉まります。


応接室には、静寂と、生ゴミの臭いだけが残りました。


「……あーあ。カーペットが汚れてしまいましたね」


私がため息をつくと、ルーカス様が背後から私を抱きしめました。

彼の体は、まだ怒りで小刻みに震えています。


「……ごめん。我慢できなかった」


「いいえ。守ってくださって、ありがとうございます」


私は彼の手を握り返しました。

これで諦めてくれればいいのですが。


けれど、私は知っていました。

愚かな人間ほど、自分の非を認められず、より大きな力を借りて報復しようとするものだと。


「掃除、手伝いますね」


「うん……」


私たちは、二人で静かにゴミの後始末を始めました。

それが、私たちの新しい日常を守るための儀式であるかのように。


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