第9話 人生の決算報告
人生の貸借対照表を作るとしたら、私の人生は間違いなく「大黒字」でしょう。
シャンデリアの光が降り注ぐ大広間。
今日は私の誕生日パーティー兼、エルロッド商会の創立記念祝賀会です。
会場には、これまでの人生で関わってきた多くの人々が集まっていました。
グラスが触れ合う音、笑い声、そして生演奏の音楽。
かつて「地味で華がない」と言われた私が、今や帝国の社交界の中心に立っています。
「お誕生日おめでとう、ヴィオラ。相変わらず、いい顔をしているわね」
凛とした声と共に、会場の空気がピリリと引き締まりました。
現れたのは、深紅のドレスを纏った美しい女性。
かつての皇女であり、現在は帝国の頂点に立つ「女帝」エリーゼ陛下です。
「勿体なきお言葉です、陛下。ご公務でお忙しい中、恐縮です」
私がカーテシーをしようとすると、彼女は扇子でそれを制しました。
そして、悪戯っぽくウインクをしてみせます。
「友人の祝いに駆けつけないでどうするの。それに、あなたの商会には国の物流を握られているもの。機嫌を損ねたら困るのは私よ」
「ふふ、手厳しいですね。物流は滞りなく流しておりますわ」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
身分こそ違えど、共に世界を救った戦友としての絆は変わりません。
「よう、主役! 今日も派手にやってるな!」
「姉御、おめでとうございます!」
ガヤガヤと騒がしい一団がやってきました。
トレジャーハンターのザックと、今や商会の敏腕専務となったレオンです。
ザックは相変わらずジャラジャラと貴金属を身につけていますが、レオンは仕立ての良いスーツを着こなし、すっかり大人の男の顔つきになっていました。
「ありがとう、二人とも。ザックさん、その杯、飲み過ぎではありませんか?」
「祝い酒だ、いいだろ! へっ、あの地下迷宮で遭難しかけたのが嘘みてぇな美味い酒だぜ」
「全く……。アルファ、彼にお水を」
『了解しました、マスター』
私の背後から、メイド姿のアルファが冷たい水を持って現れました。
彼女の隣には、同じく執事服を着た少年の姿があります。
かつてはホログラムだったベータも、今は最新鋭の義体を得て、物理的にパーティーに参加していました。
『この会場の室温、湿度、および招待客の幸福度。全て最適値で推移しています』
ベータが淡々と報告します。
人間嫌いだった彼が、こうして人々の輪の中にいる。
それだけで、胸が温かくなります。
「ママ、みて! リナ、ごあいさつできたよ!」
そこへ、銀髪の少女が駆け寄ってきました。
少し背が伸びたリナです。
彼女は今日、子供ながらにホステス役を務め、お客様に挨拶をして回っていました。
その小さな手には、誰かから貰った花やお菓子が抱えられています。
「偉いわ、リナ。未来の商会長として合格ね」
「えへへ、パパがほめてくれた!」
リナが指差す先、会場の隅でルーカス様が優しく微笑んでいました。
彼は多くの貴族に囲まれながらも、視線はずっと私とリナを追っていました。
目が合うと、愛おしげに細められます。
「……ねえ、ヴィオラ」
エリーゼ陛下が、グラスを片手に私に問いかけました。
「正直なところ、どうなの? 波乱万丈だったでしょう、あなたの人生」
「ええ。確かに」
私は会場を見渡しました。
婚約破棄、国外追放、ゴミ屋敷の掃除、戦争、地下迷宮、世界崩壊の危機。
書き出せばキリがないほどのトラブル続きでした。
普通なら、絶望して投げ出してもおかしくない人生です。
「でも、収支決算をするなら、答えは一つです」
私は胸を張って、はっきりと答えました。
「大黒字です。過去の全てのマイナスを補って余りあるほどの、莫大な利益を得ましたから」
オウェル城から持ち出した荷物は、もうほとんど手元にありません。
でも、その代わりに得たものは、この会場に溢れています。
信頼できる仲間。
やりがいのある仕事。
愛する家族。
そして、私自身への誇り。
「失ったものはガラクタばかり。得たものは宝物ばかり。……これほど成功した取引はありませんわ」
「ふふ、さすがね。稀代の商会長様」
エリーゼ陛下が満足げにグラスを掲げました。
それに合わせて、会場中の人々が唱和します。
「ヴィオラ様に、乾杯!」
祝福の拍手が鳴り止みません。
私は涙が出そうになるのを堪え、深く頭を下げました。
かつて「不要だ」と捨てられた私が、今ここで、こんなにも必要とされている。
それが何よりの答えでした。
宴もたけなわとなった頃。
ルーカス様が私の元へ来て、そっと耳打ちしました。
「ヴィオラ。少し、抜け出さないか?」
「あら、主役が逃亡ですか?」
「主役だからこそだよ。君を独り占めする特権を行使したい」
彼は悪戯っぽく笑い、私の手を取りました。
その手は、初めて出会ったあの日、ゴミ屋敷の中で私を求めた時と同じくらい、熱く、力強いものでした。
「行きましょう。私も、少し夜風に当たりたいと思っていました」
私たちは人目を盗んで、会場を後にしました。
目指すのは、静かな月の光が降り注ぐバルコニー。
そこは、第一部の舞踏会で、私たちが初めて心を通わせた場所でもありました。
ドアを開けると、心地よい夜風が頬を撫でました。
喧騒が遠ざかり、二人だけの時間が訪れます。




