第6話 さようなら、私の・悪役令嬢時代
私は御台をノックし、馬車を広場に止めさせました。
かつては王都の中央広場と呼ばれていた場所です。
今は噴水も枯れ、露店もなく、活気を失った人々が寒そうに肩を丸めて歩いているだけでした。
オウェル領の現状を象徴するような、寂しい光景です。
「ここで何をなさるのですか、ヴィオラ様」
レオンが不思議そうに手綱を引きました。
私は馬車を降り、広場の真ん中に立ちました。
深呼吸を一つ。
ここには、まだ私の「仕事」が残っています。
「店を開きますよ、レオン。在庫一掃セールです」
私は宣言と共に、右手を高く掲げました。
ポシェットの中の「黒い木箱」が、私の意志に応えて起動します。
「収納、一括展開。カテゴリ『オウェル城・不用品』」
ドササササッ!
何もない空間から、大量の物品が雪崩のように溢れ出しました。
豪華な彫刻が施された椅子、最高級のベルベットのカーテン、銀の燭台、そして色とりどりのドレスたち。
かつて私が「全て持って行け」と言われて回収し、長年収納の肥やしになっていた品々です。
「な、なんだ!?」
「どこから出てきたんだ!」
通りがかりの人々が、驚いて足を止めました。
山積みになった宝の山を見て、目を丸くしています。
「いらっしゃいませ! エルロッド商会の特別バザールへようこそ!」
私は扇を開き、高らかに声を上げました。
「これらは全て、かつてこの国の城にあった品々です。ですが、私にはもう不要なもの。今ここで、破格のお値段でお譲りします!」
人々はざわめきました。
中には、それが王家の紋章入りであることに気づき、怯える者もいました。
「お、おい……これ、国宝級のものじゃないか? 勝手に売っていいのか?」
「盗品扱いされたらたまらねぇぞ」
当然の懸念です。
私はニッコリと微笑み、堂々と胸を張りました。
「ご安心ください。オウェル王国はすでに消滅しました。法的には、これらの所有権は全て、持ち出しを命じられた私個人に帰属しています」
私は一枚の書類――かつて王宮を出る時にサインさせた譲渡証明書のようなもの――を掲げてみせました。
「これは正当な私の私財です。誰に遠慮する必要もありません。さあ、早い者勝ちですよ! この椅子は銅貨五枚! ドレスは銅貨三枚です!」
「銅貨だって!?」
「薪にするより安いぞ!」
その安さに、人々の目の色が変わりました。
我先にと人だかりができ、即売会が始まりました。
「このカーテン、分厚くて暖かそうだ。家の隙間風を防ぐのに丁度いい」
「このドレス、仕立て直せば娘の服が三着は作れるわ」
「この銀食器、溶かして金に換えれば、しばらく食うに困らねぇな」
彼らは、これらの品を「芸術品」や「権威の象徴」としては見ていませんでした。
ただの生活用品、あるいは生きるための資源として見ていました。
かつて王族が見栄のために飾っていた品々が、今は民の生活を温めるために使われていく。
それを見て、私は胸のつかえが取れるような感覚を覚えました。
「……これで、いいのですね」
「ああ。最高の供養だ」
隣で手伝っていたルーカス様が、ドレスを畳みながら言いました。
「君が抱えていた過去の重荷が、誰かの明日の糧になる。これこそ、君が目指していた『循環』だろう?」
「ええ。そうですね」
私は飛ぶように売れていく品々を見つめました。
私が「悪役令嬢」と呼ばれ、蔑まれていた時代の証拠品たち。
それらが一つ、また一つと誰かの手に渡り、意味を変えていきます。
もう、これらは私の過去ではありません。
誰かの未来の一部です。
「ママ、これも売るの?」
リナが、小さなぬいぐるみを抱えて持ってきました。
それは、私が幼い頃に大切にしていた、くたびれたクマの人形でした。
収納の奥底に眠っていたものです。
「……そうね。リナは、それが欲しい?」
「ううん。リナにはパパがくれたぬいぐるみがあるもん。これは、あの子にあげる」
リナは、近くで指をくわえて見ていた、ボロボロの服を着た女の子に歩み寄りました。
そして、無言でクマを差し出しました。
女の子は驚き、それから花が咲くような笑顔で人形を受け取りました。
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
リナが得意げに戻ってきます。
その姿を見て、私は確信しました。
もう、私の中に未練は欠片も残っていないと。
数時間後。
広場には、何も残っていませんでした。
山積みだった家財道具は全て売り切れ、私の手元には、ずっしりと重い硬貨の袋が残りました。
微々たる金額ですが、これまでのどの商売よりも価値のある売上です。
「完売御礼ですね」
私は空になった広場を見渡しました。
収納リストを確認します。
『オウェル関連』のカテゴリは、完全に空白になっていました。
容量を示すバーが、ガクリと減っています。
「ふぅ……」
大きく息を吐くと、肺の中の空気まで入れ替わったような気がしました。
体が軽いです。
背中に羽が生えたかのように。
「終わったかい、ヴィオラ」
「はい。全て、空っぽにしました」
私はルーカス様に振り返り、今までで一番晴れやかな笑顔を向けました。
「帰りましょう、ルーカス様。今の私は、身も心も身軽ですよ」
「うん。帰ろう」
私たちは馬車に乗り込みました。
夕日が、荒廃した街を黄金色に染めています。
かつての故郷。
かつての傷跡。
それらはもう、ただの景色として後ろへと流れていきました。
「さようなら。私の、悪役令嬢時代」
私は小さく呟き、窓を閉めました。
馬車の中には、遊び疲れて眠るリナの寝息と、夫の温かい眼差しだけがありました。
空っぽになった収納には、これから帝都で、家族との新しい思い出を詰め込むのです。




