第4話 色あせた故郷
乾いた風が、砂埃と共に吹き抜けていきました。
馬車の窓から見える景色は、私の記憶にあるものとはまるで違っていました。
かつては多くの商人や旅人で賑わっていた大通り。
今は石畳が剥がれ、雑草が生い茂り、通る人の姿もまばらです。
商店の多くは雨戸を閉ざし、看板は朽ちて落ちていました。
「……ひどいありさまですね」
私が呟くと、向かいに座るルーカス様が痛ましげに頷きました。
「物流が止まると、街はこうも簡単に死ぬんだね」
「ええ。物が巡らなければ、人も金も巡りません。ここはもう、都市としての機能を失っています」
私は冷静に分析しました。
感傷がないと言えば嘘になります。
幼い頃、父に連れられて歩いた華やかな市場。
ドレスを仕立てた店。
美味しいお菓子を売っていた屋台。
それらはもう、どこにもありません。
ふと、丘の上を見上げました。
そこには、かつて私が暮らしていたオウェル城がそびえ立っていました。
いえ、かつて城だった残骸が。
城壁は崩れ、塔の屋根は抜け落ちています。
窓ガラスはなく、黒い穴が虚ろに街を見下ろしていました。
私が「中身を空にして」出て行った後、維持管理する予算も人材もなくなり、物理的にも朽ち果ててしまったのでしょう。
「ママ、あのおしろ、おばけがでそう」
リナが私の膝の上で、怖そうに身を縮めました。
私は娘の頭を優しく撫で、諭すように言いました。
「よく見ておきなさい、リナ。あれが『管理』を怠ったものの末路よ」
「かんり?」
「そう。必要な手入れをせず、大切なものを粗末に扱い、自分の力に見合わない見栄を張った結果がこれです。お片付けをサボると、お家はああなってしまうのよ」
「……リナ、ちゃんとおかたづけする。おうち、ボロボロはいやだ」
リナは真剣な顔で頷きました。
少し厳しいようですが、これも教育です。
彼女は将来、膨大な在庫と世界システムを管理する立場になるかもしれません。
この荒廃した景色は、何よりも雄弁な教科書になるはずです。
「ヴィオラ」
ルーカス様が、私の手をそっと握りました。
その掌は温かく、力強いものでした。
「大丈夫かい? 辛かったら、目を閉じてもいいんだよ」
「……いいえ、平気です」
私は彼の手を握り返し、微笑みました。
「むしろ、すっきりしました。私が執着していた過去は、もう物理的にも存在しないのだと確認できましたから」
もし、街がまだ栄えていて、城が美しかったら。
「あそこに戻れたかもしれない」という未練が、ほんの少しだけ残ったかもしれません。
でも、目の前にあるのはただの廃墟です。
私の居場所は、もうここにはありません。
「私の家は、あなたとリナがいる場所だけです」
「うん。僕たちが君の帰る場所だ。帝都に帰ったら、美味しい紅茶を淹れるよ」
「楽しみにしています」
馬車は廃墟となった城下町を通り抜け、さらに奥へと進みます。
手紙に記されていた住所は、貴族街ですらありませんでした。
かつては倉庫や下働きの人々が住んでいた、街外れの区画。
やがて、馬車が止まりました。
「到着しましたぜ、旦那様、奥様」
御者台からレオンの声がしました。
彼は降りて扉を開けてくれましたが、その表情は複雑そうに歪んでいます。
「……ここですか?」
私は馬車を降りました。
目の前にあったのは、傾きかけた小さな木造の小屋でした。
屋根には穴が空き、窓には板が打ち付けられています。
庭は雑草だらけで、痩せた鶏が数羽、餌を探して地面をつついていました。
これが、かつて一国の王子だった人の住処。
「栄枯盛衰とは言いますが……」
言葉が出ません。
ここまで落ちぶれているとは、予想を超えていました。
「行きましょう。終わらせるために」
私はリナの手を引き、ルーカス様に背中を押されて、ボロボロの扉の前へと進みました。
この扉の向こうに、かつての婚約者が待っています。
私は深呼吸をして、ノックをしました。
コン、コン。
乾いた音が、静寂に吸い込まれていきました。
「……どなた、ですか?」
中から聞こえてきたのは、記憶にある尊大な声とは似ても似つかない、掠れて弱々しい声でした。




