表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章完結!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
最終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/50

第3話 思い出の棚卸し



記憶とは、時に現物よりも重く感じられるものです。


屋敷が静まり返った深夜。

私はリビングのソファに深く腰掛け、手元に展開した「黒い木箱」のディスプレイを見つめていました。

明日の出発に向けた、最後の準備。

いえ、心の整理と言った方が正しいかもしれません。


「検索開始。対象カテゴリ『オウェル城』『未分類』……」


指先で空中のウィンドウを操作します。

青白い光の中に、膨大なリストが流れ始めました。

それは、数年前に私が「全て持って行け」と命じられて回収した、かつての祖国の残骸たちです。


『王家の紋章入りカーペット』

『儀式用の銀食器セット(欠けあり)』

『ローランド王子の子供時代の木馬』


次々と表示されるアイテム名。

どれもこれも、当時の私にとっては意味のある、あるいは執着の対象だったものです。

あの頃の私は、これらを「私の管理下にある大切なもの」だと信じ込んでいました。

だからこそ、捨てられずに全て収納してしまったのです。


「……ありましたね」


リストの奥底に、目的の品を見つけました。

『前王妃のロケットペンダント』。

サムネイル画像には、精巧な金細工のペンダントが表示されています。

状態は「良」。時間停止のおかげで、錆ひとつ浮いていません。


「取り出し(アウト)」


シュン、という音と共に、手のひらに冷たい金属の感触が戻りました。

私はそれを月明かりにかざしてみました。

蓋を開けると、優しげな女性の肖像画が微笑んでいます。

ローランドの母であり、私を可愛がってくれた前王妃様。


「懐かしい……とは、思いませんね」


不思議なほど、心が凪いでいました。

かつては、これを見るだけで胸が締め付けられるような悲しみを感じたはずです。

彼女が亡くなり、後ろ盾を失った私が、どれほど孤独に耐えてきたか。

その象徴のような品でしたから。


でも今は、ただの「古いアクセサリー」にしか見えません。

綺麗だけれど、今の私の服には似合わない。

デザインが古い。

それだけの感想です。


「ふふ、私も薄情になったものです」


私はロケットをテーブルに置き、再びリストに目を戻しました。

その隣にあったのは、『刺繍の練習セット』。

王子のイニシャルを縫い付けようとして、失敗したハンカチが入っています。

さらにその隣には、『交換日記(相手の記述なし)』。


どれもこれも、必死で「誰かに認められよう」としていた頃の私の努力の跡です。

痛々しくて、健気で、そして不要なものたち。


「全部、処分しましょう」


私は決めたのです。

今回の旅は、単なる返却ではありません。

私の人生における「不良在庫」の一掃セールです。

これらを全て手放して、空いたスペースに、リナやルーカス様との新しい思い出を詰め込むのです。


「ヴィオラ?」


背後から、優しい声がしました。

振り返ると、寝間着姿のルーカス様が立っていました。

眠そうな目をこすりながら、私の隣に座ります。


「まだ起きていたのかい? 明日は早いのに」


「ええ。少し、在庫の確認をしていただけです」


私はテーブルの上のロケットを示しました。

ルーカス様はそれを見て、少しだけ眉をひそめました。


「……辛くはないかい?」


「いいえ、全く。見てください、私のこの平熱ぶりを」


私は彼の手を取り、自分の胸に当てました。

トクトクと、穏やかなリズムで心臓が動いています。

乱れなどありません。


「本当に、ただの『荷物』になってしまったようです。あんなに重かったはずなのに」


「それは、君が強くなったからだよ。それに……」


彼は私の肩を抱き寄せ、髪にキスをしました。


「今の君の心は、もっと温かいもので満たされているからね」


「ええ。あなたとリナのおかげです」


私は彼の肩に頭を預けました。

この温もりがあれば、過去の亡霊など恐るるに足りません。

オウェル城の全てを詰め込んだ箱よりも、この人の腕の中の方が、ずっと広くて安心できるのですから。


「もう寝よう。リナが、君の夢を見ているみたいで寝言を言っていたよ」


「まあ。あの子ったら」


私たちは微笑み合い、手を取り合って寝室へと戻りました。

リビングのテーブルには、役目を終えたロケットが、静かに月の光を浴びていました。


         ◇


翌朝。

雲ひとつない快晴でした。


「しゅっぱーつ! おうまさん、はやくー!」


リナの元気な声が、朝の空気に響きます。

彼女は特注の子供用旅装束に身を包み、馬車の窓から身を乗り出していました。

初めての遠出に興奮しているようです。


「こらリナ、危ないわよ。ちゃんと座って」


「はーい!」


私は娘を抱き戻し、向かいの席に座るルーカス様に目配せしました。

彼もまた、リラックスした表情で外を眺めています。

護衛として剣を帯びていますが、その雰囲気はピクニックに行く父親そのものです。


「準備はいいかい、ヴィオラ」


「ええ、完璧です。おやつも、着替えも、手土産も」


私はポシェットを軽く叩きました。

中には、整理された「処分予定品」たちが詰まっています。

これらを現地で降ろせば、帰りの馬車は軽くなることでしょう。


「では、参りましょうか」


御者が鞭を鳴らし、馬車が動き出しました。

石畳を蹴る軽快な音。

遠ざかる帝都の街並み。


私たちは、かつての故郷へ向かいます。

感傷旅行ではありません。

これは、私が私であるために必要な、最後の「お片付け」なのです。


「待っていなさい、ローランド。あなたの望み通り、思い出の品を返してあげますわ。……たっぷりと、対価を頂いた上でね」


私は小さく呟き、窓の外を流れる景色に目を細めました。

風は南から吹いています。

季節は春。

新しい始まりにふさわしい、清々しい朝でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ