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【第3章完結!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
第1章

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第4話 オウェル王国の崩壊


平穏とは、淹れたてのコーヒーのような香りがするものだと初めて知りました。


レグルス帝国に来て数日が経ちました。

「賢者の塔」での生活は、驚くほど快適です。


朝、鳥のさえずりと共に目覚める。

洗いたてのシーツの感触を楽しむ。

そして、キッチンで朝食の支度をする。


「……おはよう、ヴィオラさん」


リビングに、寝癖をつけたルーカス様が現れました。

まだ眠そうに目を擦っていますが、顔色は以前とは比べ物にならないほど健康的です。


「おはようございます、ルーカス様。コーヒーが入っていますよ」


「ん……いい匂い」


彼は椅子に座り、私が差し出したカップを両手で包み込みました。

ボロボロだった研究着はもうありません。

清潔なシャツと、プレスされたズボン。

私が整えた銀髪が、朝日を浴びてキラキラと輝いています。


「どうですか、昨夜の研究は」


「最高だったよ。資料がすぐに見つかるんだ。探す時間がゼロになったから、計算に集中できる」


彼は嬉しそうに微笑みました。


「君が来てくれてから、研究スピードが三倍になった。君は僕の女神だ」


「女神ではなく、管理官です」


私は焼きたてのトーストにバターを塗りながら答えました。

照れ隠しに少しそっけなく返してしまいますが、悪い気はしません。


ここでは、私の「収納」も「管理能力」も、全てが感謝されます。

「邪魔だ」「貧乏くさい」と罵られた日々が、まるで遠い過去のようです。


窓の外には、穏やかな森と青空。

平和です。

本当に、平和そのものでした。


そう、ここ「レグルス帝国」では。


         ◇


一方その頃。

国境を越えた先にあるオウェル王国の王城は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていました。


「ない! ない! どこにもないぞ!」


ローランド王子の怒鳴り声が、ガランとした石造りの廊下に響き渡ります。


彼は真っ赤な顔で、騎士団長に詰め寄っていました。


「おい! 俺の着替えはどうした! いつまで寝間着でいさせるつもりだ!」


「も、申し訳ありません殿下! 衣装部屋が空っぽなのです! 礼服どころか、下着一枚残っておりません!」


「な、なんだと!?」


王子は絶句しました。

寒々しい石の床の上で、彼は薄手の寝間着一枚で震えています。

絨毯も、タペストリーも、暖炉の薪さえも消え失せているため、城内は極寒でした。


そこへ、文官が青ざめた顔で走ってきました。


「で、殿下! 大変です! 執務室の書類が……過去の政務記録も、税収の帳簿も、外交資料も、全て消えています!」


「はぁ!? 紙切れなどどうでもいい! それより飯だ! 朝食はまだか!」


「そ、それが……」


今度は料理長が、へたり込みながら現れました。


「厨房に……食材がありません。鍋も、包丁も、皿も、水瓶すら……」


「……は?」


王子は呆然と立ち尽くしました。


服がない。

書類がない。

飯がない。


城としての機能が、完全に停止していました。


「ど、泥棒だ……! 誰か入り込んだに違いない! 衛兵! 犯人を捕らえろ!」


王子が喚き散らしますが、側近たちは困惑した顔を見合わせるだけです。

やがて、年配の宰相が重い口を開きました。


「殿下。泥棒ではありません」


「何だと!? じゃあ誰がやったと言うんだ!」


「ヴィオラ様です」


その名を聞いた瞬間、王子の顔が憎悪に歪みました。


「あいつか! あの地味女か! やはり嫌がらせか! すぐに捕まえて処刑してやる!」


「お待ちください、殿下」


宰相は冷ややかな目で王子を見ました。


「ヴィオラ様は、殿下のご命令に従っただけです」


「は?」


「昨晩の夜会で、殿下は仰いましたね。『君の荷物は邪魔だ』『君が管理している私物は、全て持って行け』と」


「言ったが、それがどうした!」


「この城の備品、食料、衣服、そして書類。それらは全て、ヴィオラ様が私財で購入し、彼女の魔法で管理していたものです」


「……へ?」


王子の口が半開きになりました。


「つまり、殿下が『持って行け』と命じたから、彼女は『自分の管理物』を全て回収したのです。法的にも、彼女の行動は何一つ間違っておりません」


沈黙が落ちました。

冷たい風が、窓枠越しにヒューと吹き抜けます。

窓ガラスもヴィオラの所有物だったため、ありません。


「う……嘘だ……」


王子はガタガタと震え出しました。


「あいつが……あんな地味な女が、城の全てを管理していたと言うのか? そんなはずは……」


「事実です。我々は予算不足を、彼女の『収納』と『献身』に甘えて誤魔化していたのです」


宰相は深いため息をつきました。


「ちなみに、宝物庫の金貨もありません。あれも彼女の商会の売上でしたから」


「金も……ない……?」


王子は膝から崩れ落ちました。

今日、隣国からの使者を迎える予定がありました。

しかし、着る服もない。

出す食事もない。

座らせる椅子すらない。

国の威信は地に落ちるでしょう。


「ど、どうすれば……」


王子は涙目で宰相を見上げました。


「連れ戻すのです」


宰相は静かに告げました。


「ヴィオラ様がいなければ、この国は三日と持ちません。なんとしてでも彼女を見つけ出し、謝罪して、荷物を……いえ、城の中身を戻していただかねば」


「くっ……!」


王子は拳を石の床に叩きつけました。

痛みに顔を歪めますが、絨毯がないので当然です。


「わかった……捜索隊を出せ! あの女を引っ立ててこい! 俺に恥をかかせた罪、償わせてやる!」


「殿下、『丁重に』お連れするのです。これ以上怒らせたら、本当に国が滅びますぞ」


         ◇


「ん? くしゅん」


私は小さくくしゃみをしました。

誰かが噂でもしているのでしょうか。


「大丈夫? 風邪?」


ルーカス様が心配そうに覗き込んできます。


「いえ、なんでもありません。ただの埃でしょう」


私は微笑んで、空になったカップを片付けました。


オウェル城での騒ぎなど、知る由もありません。

仮に知ったとしても、「在庫管理の不手際ですね」と一蹴するでしょうけれど。


「さあ、今日はお天気がいいので、お布団を干しましょうか」


「うん。手伝うよ」


「あら、珍しい」


「君の役に立ちたいからね。それに……」


彼は少し顔を赤らめて、ボソッと言いました。


「君が洗ったシーツは、太陽の匂いがしてよく眠れるんだ」


平和な日常。

しかし、その平穏な日々に、元婚約者の魔の手が迫っていることになど、私はまだ気づいていませんでした。


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