第4話 「無駄」の証明
テストの内容は、予想以上に地味で、そして私向きのものでした。
「さあ、始めろ。制限時間は一時間だ」
ベータのアバターが冷ややかに告げると同時に、部屋の照明が明滅しました。
案内されたのは、塔の中層にある広大な保管庫。
しかし、そこは「保管庫」というよりは、巨大なゴミ捨て場のようでした。
床が見えないほど積み上げられた、ガラクタの山、山、山。
錆びた機械部品、割れた食器、色あせた布切れ、そして得体の知れない古代の道具たち。
足の踏み場もありません。
『課題はシンプルだ』
ベータが宙に浮きながら、ゴミ山を見下ろしました。
『この部屋にある全てのオブジェクトを、「有用」か「無用」かに分別せよ。基準は効率性と機能性だ。壊れて使えないゴミは、すべて廃棄処分とする』
「……これを、全部ですか?」
「不可能だと言いたいのか? 人間には処理しきれない情報量だろう」
「いいえ。やりがいがあると言いたかったのです」
私はニッコリと微笑み、エプロンの紐を締め直しました。
これだけの物量、普通の人なら絶望するでしょう。
ですが、私にとっては宝の山です。
「ルーカス様、アルファ、少し下がっていてください。埃が舞いますから」
「手伝わなくていいのかい?」
「ええ。これは私の『目利き』が試されているテストですから」
私は右手を掲げ、「黒い木箱」を展開しました。
収納魔法の準備完了。
さあ、お片付けの時間です。
「収納、マルチ・スキャニング」
私の視界に、部屋中の物品の情報が青いタグとなって表示されます。
数千、数万のアイテム情報が脳内を駆け巡ります。
『破損した歯車』『穴の空いた鍋』『書き損じの記録媒体』……。
ベータの基準で言えば、これらは全て「無用」のゴミでしょう。
機能を失い、場所を取るだけのノイズ。
彼が人間を嫌う理由と同じです。
ですが、私の基準は違います。
「分別開始。カテゴリA、『資源』。カテゴリB、『修復待ち』。カテゴリC、『資料』」
私は踊るように指を動かしました。
シュン、シュン、シュン!
風を切る音と共に、山のようなガラクタが次々と私の収納へ吸い込まれていきます。
錆びた鉄くずは「金属資源」へ。
ボロボロの布は「繊維リサイクル」へ。
壊れた機械は「部品取り」へ。
「なっ……!?」
ベータが目を見開きました。
『馬鹿な。なぜ廃棄しない? それは機能不全を起こしたゴミだ。再利用するコストの方が高くつく』
「コストの問題ではありません。可能性の問題です」
私は手を止めず、淡々と答えました。
「錆びた鉄も溶かせば新しい剣になります。破れた服も、縫い合わせれば雑巾として役に立ちます。この世に、本当の意味で『無価値』なものなどありません」
『非効率だ……理解不能だ』
ベータのノイズ混じりの声を無視し、私は作業を続けました。
部屋の隅に、古びた木箱がありました。
中には、手足の取れた人形や、子供が描いたような拙い絵が入っています。
明らかに、かつてここに住んでいた誰かの私物です。
『それは完全なゴミだ。有機的な汚れも付着している。即時焼却を推奨する』
「いいえ。これは『カテゴリS』です」
私はその木箱を、一番丁寧に、大切に収納しました。
カテゴリS。
それは「Special(特別)」な思い出の品を入れる場所。
「これはゴミではありません。誰かの大切な記憶です。機能はしていなくても、心を温める『熱量』を持っています」
『……心? 熱量? 数値化できないパラメータなど無意味だ』
「無意味ではありません。あなたが守ろうとしているこの世界は、そういう『無意味なもの』の積み重ねでできているのですよ」
私は作業を終え、綺麗になった床の上に立ちました。
一時間どころか、十分もかかっていません。
部屋には塵一つ残さず、すべての物品が私の収納の中で、あるべき場所へと収まりました。
「完了しました。廃棄物はゼロです」
私はベータに向き直り、宣言しました。
「私の判定では、この部屋に無価値なものは一つもありませんでした。全てが、未来のために役立つ資源であり、過去を伝える宝物です」
『……』
ベータは沈黙しました。
彼のアバターが激しく明滅し、計算処理に追われているのがわかります。
効率至上主義の彼にとって「捨てない」という選択は論理的なエラーでしょう。
「ヴィオラ……」
ルーカス様が歩み寄ってきて、私をそっと抱きしめました。
「君は、本当に優しいね」
「ただの貧乏性ですよ」
「違うよ。君は、どんなボロボロなものでも、そこにある『価値』を見つけ出してくれる。……僕のことも、そうやって拾ってくれた」
彼は私の髪に口づけを落としました。
かつてゴミ屋敷の中で死にかけていた彼を、私が見つけた時のように。
彼の言葉に、胸が温かくなります。
「ええ。あなたは最高の拾い物でしたわ」
私たちが微笑み合っていると、ベータが呻くような声を上げました。
『計算……不能。感情価値……リサイクル効率……予測不可能……』
彼のアバターがノイズにまみれ、輪郭が崩れ始めました。
『認めよう。貴女の論理は、私の定義外だ。だが……不快ではない』
「ベータ?」
『人間は浪費するだけの存在だと定義していた。だが、貴女は違う。貴女は「循環」させる者だ。……管理者として、承認する』
ピロン。
軽やかな電子音が鳴り響きました。
合格です。
頑固なAIが、ついに折れました。
『システム制御権の一部を譲渡します。これより、再起動シークエンスへ……』
ベータが手をかざし、塔の機能を回復させようとした、その時です。
ブブブブッ!
不穏な警報音が鳴り響き、塔全体が激しく揺れました。
照明が赤く染まり、ベータの姿がかき消されます。
『警告! 警告! 魔力炉の凍結レベル、臨界点を突破!』
『システム本体が制御不能! 熱暴走ならぬ「冷暴走」を開始します!』
「な、何事ですか!?」
私が叫ぶと、床が凍りつき始めました。
足元から這い上がってくる冷気は、これまでの比ではありません。
絶対零度の死の波動です。
『すまない……! 私の計算ミスだ! 長期間の凍結により、炉の再起動に必要な熱量が足りない!』
ベータの声が悲鳴のように響きます。
『このままでは塔ごと凍りつく! 逃げろ、ヴィオラ!』
「逃げません!」
私はルーカス様の腕を掴み、叫びました。
ここで逃げれば、北の大陸は永遠に氷に閉ざされます。
せっかく「無価値なものはない」と証明したのです。
この塔だって、直せば使えるはずです!
「行きましょう、最上階へ! 心臓部を叩き起こしてやります!」
「ああ、望むところだ!」
私たちは凍りつく床を蹴り、制御室へと続く階段を駆け上がりました。
試練は終わりましたが、本当の危機はこれからです。
凍りついた世界の心臓を、どうやって溶かすのか。
私の収納の中にある「ガラクタ」たちが、きっと役に立つはずです。




