第3話 頑固な管理者「ベータ」
「開けなさい。正当な鍵は、ここにあります」
私の声が、吹き荒れる風雪の中で凛と響きました。
目の前にそびえる黒い巨塔。
その入り口を封鎖していた赤い光の障壁に、私は「黒い木箱」を押し当てました。
『……認証コード、確認』
重苦しいノイズ混じりの機械音が答えました。
しかし、扉は開きません。
代わりに、赤い光がいっそう強く輝き、拒絶の意志を示してきました。
『権限者ヴィオラ・エルロッド。……貴女のアクセスを「保留」します』
「保留? 拒否ではなく?」
『肯定。貴女はマスターキーを所持している。ゆえに攻撃対象からは除外する。しかし、入場は許可できない。立ち去りなさい』
ずいぶんと人間臭い対応です。
システム的なエラーではなく、明確な意志によるボイコット。
私はため息をつき、ルーカス様を見上げました。
「どうやら、引きこもりの頑固者が住んでいるようですね」
「……誰かの昔を見ているようだね」
ルーカス様が苦笑いしました。
かつて「氷の公爵」と呼ばれ、誰とも関わろうとしなかった彼だからこそ、わかる感覚なのかもしれません。
「強引に行きますよ。寒いのはもうこりごりです」
私は箱に魔力を注ぎ込みました。
保留など認めません。
管理者は私です。
「強制解除!」
箱から放たれた青い光が、赤い障壁を侵食していきます。
バチバチと火花が散り、数秒のせめぎ合いの後、パリンとガラスが割れるような音と共に障壁が砕け散りました。
ゴゴゴゴ……。
重厚な扉が、不承不承といった様子でゆっくりと開きます。
そこから漏れ出したのは、外気よりもさらに冷たく、無機質な空気でした。
「お邪魔します」
私はドレスの裾を払い、堂々と足を踏み入れました。
仲間たちが続きます。
塔の内部は、巨大な吹き抜けになっていました。
壁面には無数のパイプと配線が張り巡らされ、中央には青白く発光する巨大な石柱――モノリスが鎮座しています。
あれが、メインサーバー本体でしょう。
そして、そのモノリスの前に、一人の少年が浮いていました。
透き通るような銀髪に、冷たい目をした美少年。
実体ではありません。光で構成されたホログラムのアバターです。
『……礼儀を知らない人間だ』
少年――管理者AI「ベータ」が、底冷えする声で言いました。
その視線は、私たちを汚物でも見るかのように見下ろしています。
『なぜ入ってきた。ここは星の管理中枢。資源を貪り、循環を乱す「害虫」が入っていい場所ではない』
「害虫とはひどい言い草ですね。私は新しい管理者として、業務の引き継ぎに来ただけですよ」
『管理者など不要だ。人間ごときに、この星の管理は任せられない』
ベータは腕を組み、冷徹に言い放ちました。
『過去の記録を参照した。人間は愚かだ。与えられた資源を浪費し、争い、汚染し、最後には管理を放棄して逃げ出す。オウェル王家のように』
その言葉に、私は言葉を詰まらせました。
確かに、前任者の無責任さは否定できません。
ですが、だからといって人類すべてを否定されては困ります。
「過去は変えられませんが、未来は変えられます。現に、世界は今凍え、悲鳴を上げているではありませんか」
『それがどうした。一度すべてを凍結し、害虫を駆除した後に再起動すればいい。それが最も効率的な「初期化」だ』
極論です。
効率至上主義もここまでくると、ただの殺戮です。
「認めません。そんな乱暴な管理、私が許しません」
『貴女の許可など求めていない』
ベータが右手を上げました。
途端に、塔の壁面から無数の砲門が出現し、こちらに照準を合わせました。
第3部の地下迷宮で見たものと同じ、防衛システムです。
ただし、殺意の桁が違います。
『警告射撃だ。即刻退去せよ。さもなくば、実力で排除する』
「ヴィオラ!」
ルーカス様が私の前に立ち、杖を掲げました。
ザックとレオンも武器を構えます。
アルファが私の横で、悲しげにカメラアイを明滅させました。
『ベータ……なぜですか。マスターは、私たちを直してくださる方です』
『黙れ、廃棄寸前の旧型が。人間に毒されたか』
ベータは聞く耳を持ちません。
話し合いで解決できる段階ではないようです。
ならば、管理者の流儀で従わせるしかありません。
「ルーカス様、破壊はしないでくださいね。あれは大事な備品です」
「わかってるよ。少し冷やして、頭を冷やしてもらうだけだ」
「ザックさん、レオンは左右の砲台の注意を引いて。アルファはシステムへの接続経路を探して!」
「おうよ!」「了解っす!」『命令受諾』
私の号令と共に、全員が散開しました。
ドォォォン!
砲台から閃光が放たれました。
ルーカス様が氷の盾で弾き飛ばします。
その隙に、私は中央のモノリスへ向かって駆け出しました。
ベータのアバターは物理干渉できませんが、本体であるモノリスにアクセスすれば、強制的に命令を通せるはずです。
『愚かな。生身で近づくとは』
ベータが指を振ると、床から自律防衛ゴーレムが現れ、私の行く手を阻みました。
鋭利なブレードを振り上げます。
「収納、武装解除!」
私は立ち止まることなく、ゴーレムの腕ごとブレードを収納しました。
武器を失ったゴーレムがバランスを崩します。
その横をすり抜け、さらに加速。
「そこだぁ!」
ザックが投げた発煙筒が炸裂し、砲台のセンサーを狂わせます。
レオンが身軽な動きで攪乱し、アルファがハッキングで照準を遅らせる。
完璧な連携です。
『小賢しい……!』
ベータの表情に焦りが浮かびました。
彼はあくまで管理者であり、戦闘プログラムではありません。
想定外の「組織的な抵抗」には弱いはずです。
「ルーカス様、道を作ってください!」
「任せて!」
ルーカス様が杖を振ると、空中に氷の階段が生成されました。
モノリスの上部、制御パネルへと続く一本道です。
私はドレスの裾を翻し、階段を駆け上がりました。
ベータが慌てて私たちの前に立ちはだかります。
『止まれ! それ以上近づくな!』
「いいえ、止まりません。あなたにお説教をするまでは!」
私は彼のアバターを突き抜け、モノリスの表面にあるインターフェースに辿り着きました。
そして、手に持っていた「黒い木箱」を、力いっぱい叩きつけました。
ダンッ!
「壁ドン」ならぬ「箱ドン」です。
箱とモノリスが接触し、強烈な光が迸りました。
『ぐっ……! 強制介入だと……!?』
ベータの姿がノイズ混じりに揺らぎます。
私は箱を押し付けたまま、彼の目を真っ直ぐに見据えました。
「聞く耳を持たないなら、無理やりにでも聞かせます。私は逃げませんし、諦めません。あなたが納得するまで、何度でも対話を申し込みます」
『……理解不能だ。なぜそこまでこだわる。人間など、滅べばいいのに』
彼の声から、先ほどまでの冷徹さが消え、代わりに困惑と、微かな「寂しさ」が滲み出ていました。
ずっと一人で、この寒い塔の中で、人類への不信感だけを募らせてきた長い時間。
その孤独が、私には痛いほどわかりました。
「似ていますね。うちの夫に」
私はふっと笑いました。
ルーカス様も、かつてはこうして世界を拒絶していました。
でも、今は誰よりも温かい人です。
だからきっと、このAIもわかり合えるはずです。
「ベータ。私たちをテストしなさい」
私は提案しました。
「人間が本当に害悪なのか。それとも、あなたと共にこの星を守るパートナーになり得るのか。あなたの目で確かめてみなさい」
『……テスト、だと?』
「ええ。もし私があなたの納得する結果を出せなければ、その時は大人しく退去します。でも、もし合格したら――」
私は指を突きつけました。
「全力で私たちのサポートをしなさい。いいですね?」
ベータはしばし沈黙しました。
計算しているのでしょう。
感情論ではなく、論理的な可能性として、私という存在を再評価しているのです。
やがて、彼は小さく頷きました。
『……いいだろう。権限者ヴィオラ・エルロッド。貴女の申し出を受諾する』
周囲の砲台が停止し、静寂が戻りました。
ベータのアバターが、不敵な笑みを浮かべます。
『証明してみせろ。「無駄」こそが人間の本質ではないと。私が用意する試練でな』
交渉成立です。
頑固な管理者を口説き落とすチャンスを勝ち取りました。
ですが、彼が用意するという「試練」が、私の想像の斜め上を行くものだとは、この時の私はまだ知る由もありませんでした。




