表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章スタート!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/42

第1話 極北の地と凍った物流



吐き出した息が、目の前で真っ白な結晶に変わる音がしました。


甲板に出た瞬間、頬を刺すような冷気が襲いかかってきます。

帝都の冬など比較にならない、命を拒絶するような絶対零度の世界。

ここが、世界の物流が滞っている最前線、北の大陸です。


「……寒いですね」


私は分厚い毛皮のコートの襟を合わせ、身震いしました。

収納から取り出した最高級の防寒着ですが、それでも隙間から冷気が忍び込んできます。


「ヴィオラ、こっちへ」


隣に立っていたルーカス様が、すぐに気づいて私を自身のマントの中に招き入れてくれました。

彼の体は、驚くほど温かいです。

氷の魔導師である彼は、逆に冷気を完全に制御できるため、自分の周囲だけを常春のような温度に保つことができるのです。


「ありがとう、ルーカス様。生き返ります」


「君が風邪を引いたら、世界の一大事だからね」


彼は私の肩を抱き寄せ、その体温を分けてくれます。

新婚旅行の時よりも、地下迷宮での冒険を経て、私たちの距離はずっと近くなりました。

今はこうして触れ合っていることが、何よりも自然で、安心できる時間です。


しかし、感傷に浸っている場合ではありません。

私たちの乗る船は、今、重大な問題に直面していました。


「姉御! ダメだこりゃ!」


マストの上から、レオンの声が響きました。

彼は望遠鏡を覗き込みながら、絶望的な声を上げています。


「港が完全に凍ってやがる! 氷の厚さが半端ねぇ! これじゃ接岸どころか、湾に入ることすらできねぇぞ!」


視線の先には、本来なら船が行き交うはずの港湾都市が見えました。

ですが、海面は一面の氷原と化し、数隻の船が氷に閉じ込められたまま放置されています。

陸地の方も、人の気配がありません。

物流が死に、都市機能が停止している証拠です。


「船長が言うには、砕氷の装備がないからこれ以上は進めないってよ。引き返すか?」


レオンが甲板に飛び降りてきました。

寒さで赤くなった鼻をこすっています。


引き返す?

とんでもない。

ここにあるエラーを放置すれば、あと一年足らずで世界中の資源が枯渇します。

帝都での美味しい食事も、温かいお風呂も、すべて失われるのです。


「引き返しませんよ。道がないなら、作ればいいだけです」


私はルーカス様の腕から離れ、船首へと歩み出ました。

かつて地下迷宮で、瓦礫の山を片付けた時と同じです。

邪魔なものがあるなら、収納してしまえばいい。


「アルファ、氷の厚さと範囲を計測して」


私の影から、メイド姿のオートマタ・アルファが現れました。

彼女もまた、この過酷な旅の同行者です。


『了解、マスター。……計測完了。港までの距離、約二キロメートル。氷層の平均厚、三メートル。推定総重量、数万トンクラスと推測します』


「数万トン。……いい運動になりますね」


私は手袋を外し、極寒の空気に手をかざしました。

腰のポシェットに入っている「黒い木箱」が、私の魔力に呼応して熱を帯びます。

地下の制御室で「インベントリ・マスター」としての権限を得た今、私の収納魔法は以前とは桁違いの出力を発揮できます。


「ルーカス様、船が揺れますから、しっかり掴まっていてくださいね」


「わかった。君の『大掃除』を特等席で見せてもらうよ」


ルーカス様は楽しそうに笑い、私の腰を支えてくれました。


私は深く息を吸い込み、海面を見下ろしました。

目の前に広がるのは、自然が作った強固な拒絶の壁。

ですが、私にとってはただの「片付けるべき障害物」であり、「活用すべき資源」です。


収納インベントリ、広域指定。対象――『海水氷』」


私の言葉と共に、黒い箱から青白い光のグリッドが放たれました。

光は扇状に広がり、前方の氷原を覆い尽くします。


「転送先指定――座標『南方熱帯海域』。……実行!」


シュルルルルッ!


空気を切り裂く音と共に、海面で信じられない現象が起きました。

分厚い氷の層が、まるで巨大な怪物に飲み込まれるように、次々と虚空へ吸い込まれていきます。

バリバリバリッ!

氷が砕ける音が轟き、真っ白だった視界に、濃い青色の海面が切り拓かれていきます。


ただ収納するだけではありません。

吸い込んだ端から、即座に遥か南の海へ転送しています。

収納内に入れておくだけでは、いつか容量を圧迫しますし、何より冷えすぎてしまいますから。

南の海なら、この程度の氷はすぐに溶けて、程よい水温調整になるでしょう。


「す、すげぇ……海が割れていく……」


レオンが口をあんぐりと開けて見ています。

船員たちも言葉を失っていました。


船の進路に沿って、一直線に氷が消滅し、道が出来上がりました。

モーゼの海割れならぬ、ヴィオラの氷回収です。


「全速前進! 氷が再び閉じる前に港へ入ります!」


私の号令で、船が動き出しました。

砕けた氷の欠片を押しのけ、私たちは死に絶えていた港へと滑り込みました。


         ◇


接岸した港は、静まり返っていました。

波止場には雪が積もり、クレーンは凍りついて動いていません。


しかし、私たちの船が着いた音を聞きつけ、街の方からポツリポツリと人々が現れました。

皆、痩せこけ、ボロボロの防寒具を身に纏っています。

その目は虚ろで、希望を失っているように見えました。


「……何者だ? こんな凍った海を越えてくるなんて」


一人の男が、警戒心剥き出しで声をかけてきました。

手には錆びたもりが握られています。


私はタラップを降り、彼らの前に立ちました。

敵意を向けられるのは慣れています。

かつては「悪役令嬢」と呼ばれ、帝都では「横領犯」と疑われたこともありました。

そのたびに私は、言葉ではなく「結果」で示してきました。


「エルロッド商会、会頭のヴィオラです。商売に来ました」


私はニッコリと微笑み、背後の船を指差しました。


「温かいスープと、新鮮な野菜、それに防寒具はいかがですか? 今なら、特別価格で提供しますよ」


「なっ……食い物だって?」


人々の目に色が戻りました。

この極寒の地で、最も価値あるもの。

それは金銀財宝ではなく、今日を生き抜くためのカロリーです。


「商会メンバー、展開! 緊急市場を開きます!」


私の指示で、レオンとザック、そしてアルファが動き出しました。

何もない雪の広場に、次々とテントが設営され、コンロに火が灯されます。

収納から取り出した大鍋からは、帝都で仕込んできたシチューの良い香りが漂い始めました。


「う、うわぁぁぁ!」

「いい匂いだ! 夢じゃない!」


人々が銛を捨て、駆け寄ってきます。

最初は警戒していた男たちも、子供たちがシチューを頬張る姿を見て、涙を流して感謝の言葉を口にしました。


「ありがとうございます……! もうダメかと思っていました……」


「お礼には及びません。これは商売ですから」


私は代金として、現地の通貨や、彼らが持っていた珍しい鉱石を受け取りました。

ただ施すだけでは、彼らのプライドを傷つけ、依存を生んでしまいます。

対価を払って得ることで、彼らは「客」としての尊厳を取り戻すのです。

それが、私の流儀です。


市場が賑わいを取り戻す中、私はルーカス様と二人、少し離れた場所に立ちました。


「またやったね、ヴィオラ」


ルーカス様がホットワインのカップを渡してくれました。


「君が行くところ、必ず笑顔が生まれる。君は最高の商人だよ」


「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます」


温かいワインを一口飲み、私は視線を上げました。

街の向こう、吹雪に霞む雪山の中に、異様な存在感を放つ影が見えました。


雲を突き抜けるほど巨大な、黒い塔。

周囲の雪景色とは明らかに異質な、人工的な建造物。


『警告。前方に高濃度の魔力反応』


アルファが私の横に来て、静かに告げました。


『あれこそが、北の大陸の物流拠点サブ・ダンジョン。メインサーバー「極光の塔」です』


「あそこが、詰まりの原因ですね」


私はカップを握り締めました。

あの塔の中で、何かが世界の循環を止めている。

それを解消しない限り、この市場の賑わいも一時的なものに過ぎません。


「行きましょう。あそこを片付けない限り、春は来ませんから」


「ああ。君が凍えないように、僕がずっと隣にいるよ」


ルーカス様が私の手を握りました。

その力強さに、不安な心も溶けていくようでした。


私たちは賑わう市場を背に、吹雪く荒野へと足を踏み出しました。

目指すは世界の心臓部。

最後の大掃除が、幕を開けようとしていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ