第10話 世界の在庫管理者
世界を救うなどという大層な使命感は、私にはありません。
ただ、目の前で散らかっているものが許せないだけです。
「……ひどいありさまですね」
私はスクリーンに映し出された、赤く染まった世界地図を見上げました。
警告灯が点滅するたびに、私の整理整頓魂が苛立ちでざわつきます。
『報告します、マスター』
アルファがスクリーンの横で解説を始めました。
彼女のメイド服姿は、このハイテクな制御室でも不思議と馴染んでいます。
『現在のエラー原因の九割は、各大陸にある「物流拠点」の機能停止によるものです。パイプラインが詰まり、マナや資源が現地で滞留しています』
「つまり、血管が詰まって壊死しかけている状態ということですか」
『肯定します。特に深刻なのは北の大陸。ここのメインサーバーがダウンしているため、惑星全体の循環が止まっています』
地図の北側、雪に覆われた地域で、とりわけ大きな警告サインが明滅していました。
私は腕組みをして考えました。
このまま放置すれば、一年後に世界は資源枯渇で滅びます。
私の愛するルーカス様との生活も、商会の未来も、美味しい料理も、すべてなくなってしまう。
それは困ります。
非常に困ります。
「直しましょう」
私は短く宣言しました。
英雄的な決意ではありません。
汚れた皿を洗うのと同じ、日常的な業務の一環としての言葉です。
「本気かよ、姉御」
レオンが呆れたように天井を仰ぎました。
ザックも頭を抱えています。
「世界中を回ってダンジョンを攻略するってことだろ? 俺様たちはトレジャーハンターだが、さすがに規模がデカすぎるぜ」
「何を言っているのですか。これはビジネスチャンスですよ」
私はニッコリと微笑み、商人としての顔を見せました。
「世界中の物流網を復活させれば、エルロッド商会は文字通り『世界を繋ぐ商会』になります。どの国へも、一瞬で物資を運べるようになるのですよ?」
「あ……」
レオンの目の色が変わりました。
さすが、私の弟子です。
計算高いところが似てきました。
「それに、世界を救えば、帝国の皇女殿下だけでなく、各国の王族にも恩を売れます。商会の株価はうなぎ登りですね」
「へへっ、違いねぇ。乗ったぜ、姉御!」
現金なものです。
でも、それでいいのです。
大義名分よりも、目の前の利益とやりがい。
それが私たちの原動力ですから。
私は椅子から立ち上がり、隣に立つ夫を見上げました。
ルーカス様は、ずっと静かに私の横顔を見つめていました。
「ルーカス様。忙しくなりますよ。新婚生活を楽しむ暇もないかもしれません」
「構わないよ」
彼は優しく私の髪を撫でました。
その瞳には、一点の曇りもありません。
「君が世界を整理整頓すると言うなら、僕はそのための氷を作るだけだ。それに、君が世界中を飛び回るなら、最強の護衛が必要だろう?」
「ええ。あなた以上の適任はいません」
私たちは微笑み合いました。
かつて「荷物は邪魔だ」と言われて城を追い出された私が、今や世界の荷物を管理する立場になろうとしています。
人生とは、本当に何が起こるかわかりません。
『マスター。システム名の登録をお願いします』
アルファが操作パネルを提示してきました。
古代のシステム名をそのまま使うのも味気ありません。
私は少し考えて、口を開きました。
「『インベントリ・ネットワーク』。それが新しい名前です」
『了解。管理者ヴィオラ・エルロッド。権限名、インベントリ・マスター(在庫管理者)として登録完了』
部屋中のライトが一斉に青く輝きました。
システムが再起動し、眠っていた機能が目覚めていきます。
足元の床から、微かな振動が伝わってきました。
この地下迷宮全体が、私の意志で動き出したのです。
「さて、まずは最初の大仕事ですね」
私はスクリーン上の、北の大陸を指差しました。
そこは極寒の地。
ルーカス様の魔法と相性が良さそうな場所です。
「目指すは北の大陸。最大のエラーを解消しに行きます」
「了解。防寒着の準備が必要だね」
「心配いりません。収納の中に、最高級の毛皮のコートが山ほどありますから」
私はポシェットの「黒い木箱」を軽く叩きました。
この箱はもう、ただの骨董品ではありません。
世界を救うための、最強の掃除道具です。
「行きますよ、皆さん。次は世界の大掃除です」
私の号令と共に、仲間たちが力強く頷きました。
地下迷宮の冒険は終わりました。
しかし、私たちの物語は、ここから本当の意味で世界へと広がっていくのです。
まずは手始めに、あの真っ赤な警告灯を、綺麗な青色に変えてやりましょう。
片付け甲斐のある仕事になりそうです。
(第3部 完)
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