第6話 認証エラーと強制排除
けたたましい警報音が、鼓膜を劈くように鳴り響きました。
『警告。警告。不法侵入者を検知。セキュリティレベル・レッド』
『対象エリアの「焼却処分」を開始します』
無機質なアナウンスが終わると同時に、通路の壁面に無数のハッチが開きました。
そこから現れたのは、黒光りする筒状の銃口。
古代の火炎放射器です。
「ちっ、やべぇぞ!」
ザックが叫びました。
筒先から紅蓮の炎が噴き出し、私たちを包み込もうと迫ります。
「氷結界!」
ルーカス様が杖を突き出すと、私たちの周囲に分厚い氷のドームが出現しました。
ゴォォォォッ!
炎が氷壁を舐め尽くし、猛烈な熱波が襲いかかります。
氷がチリチリと音を立てて蒸発し、白煙が視界を埋め尽くしました。
「くっ……火力が高い! このままじゃ蒸し焼きだ!」
最強の魔導師であるルーカス様ですら、額に汗を浮かべています。
この遺跡のエネルギー供給量は桁違いです。
力技で耐え続けるには限界があります。
「壊しましょうか、ヴィオラ? 壁ごと吹き飛ばせば止まるはずだ」
「いけません、ルーカス様!」
私はパネルの前で叫びました。
熱気で肌がジリジリと痛みますが、ここを離れるわけにはいきません。
「これは防衛システムです。力で破壊すれば、施設全体が緊急ロックダウンされ、二度と制御室に入れなくなります」
「じゃあどうするんだよ! 焼け死ぬぞ!」
レオンが半泣きになっています。
私は冷静さを保ち、「黒い木箱」を認証パネルに押し当てました。
「システムのエラーを修正します。……アルファ、援護を!」
『了解。バックドア経由で論理階層へ接続します』
アルファが首筋からケーブルを伸ばし、パネルの端子に接続しました。
私の目の前に、光のウィンドウが無数に展開されます。
流れるような古代文字の羅列。
かつて審問会で見たログと同じですが、今回はより複雑なプログラムコードです。
『エラー原因特定。管理者権限の不一致です』
アルファが報告します。
『現在のマスターキー(黒い木箱)は正当なものですが、システム上の登録名義が更新されていません。旧管理者による「放棄」ステータスが解除されていないため、新規アクセスが拒絶されています』
「旧管理者?」
私はウィンドウを指で弾き、履歴を遡りました。
そこに表示された名前に、私は息を呑みました。
『最終アクセス:300年前』
『登録管理者:オウェル王家』
『状態:職務放棄』
オウェル王家。
私を追放した、あの国です。
彼らはかつて、この遺跡の管理者だったのです。
しかし、長い年月の間にその使命を忘れ、あるいは意図的に放棄し、このシステムを放置した。
私の手の中にある箱は、おそらく彼らが捨てたか、失くした「鍵」だったのでしょう。
それを私が拾い、ここまで持ってきた。
皮肉な話です。
彼らが捨てた国政も、この遺跡も、結局は私が尻拭いをする羽目になるなんて。
「……ふざけた話ですね」
私は怒りを込めて呟きました。
頭上の氷壁が、熱で薄くなってきています。
あと数分も持ちません。
「ですが、整理整頓は私の仕事です。不要なデータは削除させていただきます」
私は操作パネルに指を走らせました。
この手続きは、オウェル城を出る時にやったことと同じです。
古い契約を破棄し、新しい契約を結ぶ。
「アルファ、旧管理者の登録データを『ゴミ箱』へ移動」
『了解。……移動完了』
「続いて、新規管理者登録。名前はヴィオラ・エルロッド」
私は箱に魔力を注ぎ込みました。
箱が脈打つように光り、認証パネルと共鳴します。
承認しろ、と念じます。
私は逃げ出した彼らとは違う。
この散らかり放題の迷宮を、最後まで管理する覚悟がある。
『……承認プロセス、開始』
パネルの赤い光が明滅し、システムが躊躇するように唸りました。
炎の勢いが増します。
氷壁の一部が溶け落ち、熱風が頬を掠めました。
「ヴィオラ! もう限界だ!」
ルーカス様の叫び。
私は最後のエンターキーを叩き込むように、箱を押し込みました。
「認証しなさい! 私は、逃げない!」
ピロン。
軽やかな電子音が、轟音の中で響き渡りました。
パネルの光が、赤から鮮やかな青へと変わります。
『管理者権限、更新完了』
『ようこそ、マスター・ヴィオラ。防衛プロトコルを解除します』
瞬間。
壁から噴き出していた炎が、嘘のように消えました。
銃口がシュルシュルと格納されていきます。
残ったのは、焦げ臭い匂いと、白い湯気だけ。
「……た、助かったのか?」
ザックがへたり込みました。
ルーカス様も氷壁を解き、肩で息をしています。
私はパネルから箱を離し、深く息を吐きました。
「ええ。システム上の手続きは完了しました。これで、正式に私がここの責任者です」
オウェル王家の亡霊は、これで完全に消去されました。
物理的にも、データ的にも。
ゴゴゴゴ……。
目の前の巨大な隔壁が、重々しい音を立てて左右に開きます。
中央制御室へと続く道が開かれました。
「行きましょう。この奥に、全ての答えがあるはずです」
私は汗を拭い、先頭に立って歩き出しました。
開いた扉の向こう側。
そこには、床がありませんでした。
「……え?」
目の前に広がっていたのは、上下左右の感覚が存在しない、青白い光に満ちた無重力空間だったのです。




