第10話 商会の未来と、地下からの呼び声
グラスが触れ合う軽やかな音が、夜の店内に響き渡りました。
エルロッド商会の本店は、今夜は貸切の祝賀会場となっています。
テーブルには、収納魔法で取り寄せた世界中の美食が並び、集まった従業員たちの笑顔が弾けていました。
「カンパーイ! 姉御、いや、会頭に!」
「皇室御用達、おめでとうございます!」
レオンが音頭を取り、歓声が上がります。
そうです。
あの公開審問会の後、ガストン商会は解体され、代わりに私たちの商会が正式に「皇室御用達」の認定を受けたのです。
「……信じられねぇよ。スラムの盗人だった俺が、御用達の店の店長代理だなんて」
レオンが新しい制服の襟を触りながら、照れ臭そうに鼻をこすりました。
泥だらけだった赤毛の少年は、今では立派な商人の顔をしています。
「期待しているわよ、レオン。私よりも計算が速いあなたなら、この店を任せられるわ」
「任せとけって。姉御はどっしり構えててくれよ」
私は微笑んで、彼に店の鍵を渡しました。
人材は育ちました。
物流システムも軌道に乗りました。
私が現場に張り付かなくても、この商会は回っていきます。
それはつまり、私が「次の仕事」に取り掛かれるということでもあります。
◇
宴もたけなわとなった頃。
私とルーカス様は、こっそりと店の奥にある執務室へ抜け出しました。
机の上には、あの「古代の箱」が置かれています。
先日の審問会で見せた激しい光は収まり、今は静かに黒い艶を放っていました。
「……やっぱり、気になる?」
ルーカス様が、私の肩に手を置きました。
彼は今日、終始ご機嫌でした。
私が「商会の仕事が減る=二人で過ごす時間が増える」と解釈しているからです。
「ええ。あの時表示された『地下領域』という言葉。それに、レオンが言っていた地下遺跡の話……偶然とは思えません」
私は箱に手をかざしました。
魔力を通すと、表面の幾何学模様が再び淡く発光します。
カシャリ。
微かな音がして、継ぎ目のなかったはずの箱の一部がスライドしました。
中から現れたのは、宝石でも金貨でもありません。
一枚の、薄い金属板のようなものでした。
「地図……でしょうか?」
取り上げると、空中に立体的な映像が投影されました。
まず浮かび上がったのは、半透明の光で描かれた、見慣れた帝都の街並みです。
しかし、その「下」に、より強く輝く複雑な構造物が重なっていました。
それは、地中深くに広がる広大な迷宮の姿でした。
「これは……帝都の地下に、こんな巨大な空間が?」
ルーカス様が目を見開きました。
地図の中心には、赤く点滅する光点があります。
そして、そこには古代文字でこう記されていました。
『管理者権限:未承認。中央制御室にて認証を待つ』
「中央制御室……。ここに行けば、私の収納魔法の正体がわかるかもしれません」
私の心臓が高鳴りました。
ただの便利な倉庫だと思っていた魔法。
でも、もしこれが古代文明の遺産で、もっと大きな意味を持つシステムの一部だとしたら?
そして何より。
その立体映像は、驚くほど精巧に作られていました。
拡大して見ると、通路の一部が崩れていたり、大量の木箱が乱雑に積み上げられて道を塞いでいるのが分かります。
崩れた通路。
放置された区画。
主を失い、混沌とした迷宮。
「……うずきますね」
私は無意識に拳を握りしめました。
「え?」
「見てください、この非効率な通路! 放置された在庫の山! あそこには、数百年分の『整理整頓されていない何か』が眠っているんですよ?」
私の職業病、あるいは整理整頓マニアの血が騒ぎ出しました。
汚部屋を見ると片付けたくなる衝動の、最大級のやつです。
ルーカス様は呆気にとられ、それから吹き出しました。
「ふふ、君らしいや。未知の危険より、片付けの心配をするなんて」
彼は私の腰を引き寄せ、愛おしそうに額を合わせました。
「いいよ。行こう、ヴィオラ。地の底だろうと、君の行く場所ならどこへでもついていく」
「ありがとうございます、ルーカス様。最強の護衛兼、頼れるパートナーとして期待していますよ」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
窓の外では、祝宴の明かりが帝都の夜を照らしています。
地上の成功は手に入れました。
次は、地下に眠る真実を「収納」しに行く番です。
「ねえ、ルーカス様」
私は地図の光に照らされた彼の横顔を見つめました。
「この地下倉庫……きっと、やりがいがありますよ?」
私の新しい冒険は、地下ダンジョンの大掃除から始まるようです。
箒と収納魔法、そして最愛の夫を連れて。
いざ、出発です。
(第2部 完)
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