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【第3章完結!】「荷物は全部持って行け」と言われた悪役令嬢、城の中身を空にしました。  作者: 月雅
第1章

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第2話 隣国のゴミ屋敷と、うずくまる美青年


馬車の車輪が、石畳を軽快に叩く音が聞こえます。


国境を越えて一週間。

レグルス帝国の帝都は、活気に満ち溢れていました。


通りには魔導ランプが並び、人々は忙しなくも楽しげに行き交っています。

古い伝統に縛られ、静まり返っていたオウェル王国とは大違いです。


私はギルドの掲示板の前で、腕を組みました。


「さて、まずは仕事ですね」


オウェル王国の国家予算並みの資産を持っていますが、遊んで暮らすつもりはありません。

なにより、私はじっとしているのが苦手なのです。

私の能力を活かし、適正に評価してくれる場所で働きたい。

それがここに来た目的ですから。


掲示板には、魔物討伐や護衛の依頼が並んでいます。

私は「生活・雑務」の欄に目を走らせました。


そこで、一枚の羊皮紙が目に止まります。

他の依頼書とは違い、何度も張り替えられた跡があり、端がボロボロになっていました。


『急募:屋敷の清掃および家事全般』

『報酬:金貨10枚/月(昇給あり)』

『条件:口が堅いこと。根性があること。多少の異臭に動じないこと』


金貨10枚。

一般的なメイドの年収に匹敵する金額です。

破格すぎて怪しいことこの上ありません。


私は受付の女性に声をかけました。


「すみません。この依頼を受けたいのですが」


受付嬢は私の顔を見て、それから依頼書を見て、あからさまに顔をしかめました。


「あー……その依頼ですか。お嬢さん、やめておいた方がいいですよ。今月だけでもう十人が逃げ出していますから」


「十人も? 何か危険な魔獣でも住み着いているのですか?」


「いえ、もっと厄介です。『賢者の塔』の主がね……まあ、行けばわかりますけど」


彼女は同情するような目で私を見ました。


「精神的なダメージが大きいみたいですよ。それでもいいなら手続きしますが」


「構いません。掃除には自信がありますので」


私は微笑んでサインをしました。

精神的ダメージ?

婚約破棄され、国を追放されたことに比べれば、大抵のことは些事です。


帝都の外れ。

鬱蒼とした森の中に、その塔はそびえ立っていました。

石造りの立派な塔ですが、窓ガラスは汚れ、外壁には蔦が絡まり放題です。


「管理が行き届いていませんね……」


職業病でしょうか。

この蔦を取り除くだけで、建物の寿命が十年は伸びるのに、と計算してしまいます。


私は重厚な扉の前に立ち、ノックをしました。

返事はありません。

代わりに、扉の隙間から、なんとも言えない淀んだ空気が漏れ出ています。


「失礼いたします。ギルドから参りました、ヴィオラです」


私は扉を押し開けました。


ギィィ、と錆びついた音が響き、視界が開けます。


「…………」


言葉を失いました。


そこは、エントランスホールのはずでした。

しかし、床が見えません。

天井まで積み上げられた本の山。

得体の知れない機械のパーツ。

脱ぎ捨てられた衣服。

飲みかけのカップ、食べかけの皿、カビの生えたパン。

そして、床を這うように広がる羊皮紙の海。


足の踏み場がない、とはこのことです。

埃と古紙、そして腐敗したような酸っぱい臭いが鼻をつきます。


「これは……やりがいがありますね」


私は呆れるどころか、武者震いしました。

頭の中で、即座に「分別」と「廃棄」のカテゴリ分けが始まります。

この惨状を、どう効率よく攻略するか。

パズルのようでワクワクしてきました。


私はスカートの裾をつまみ、慎重にゴミの山を乗り越えて進みました。

まずは依頼主に挨拶をしなければなりません。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


返事はありません。

奥のリビングらしき空間へ進むと、さらに状況は悪化していました。

実験器具と生活ゴミが地層のように重なっています。


その時です。

ゴミの山の陰に、何かを見つけました。


「……え?」


ボロ布の塊かと思いましたが、違います。

人です。

ソファーらしきものの残骸の上で、男性がうずくまっていました。


髪は伸び放題で顔が見えません。

衣服は実験着のようですが、あちこち破れてススだらけです。

肌は病的なほど白く、ピクリとも動きません。


「もしもし! 大丈夫ですか!」


私は慌てて駆け寄りました。

死体でしょうか。

十人が逃げ出した理由は、これだったのでしょうか。


恐る恐る脈を確認します。

……弱々しいですが、打っています。


「う……あ……」


彼がかすかに呻きました。

唇はカサカサに乾いています。

これは、ただの栄養失調と脱水症状ですね。


「今、何か用意します」


私はすぐに「収納」を展開しました。

オウェル城の厨房から回収しておいた、最高級の備蓄食料リストを開きます。


取り出したのは、陶器のカップに入った「野菜と鶏肉のポタージュ」。

収納内は時間が止まっていますから、作りたてのように湯気が立っています。

栄養価が高く、消化に良いものです。


私は彼の背中に手を回し、ゆっくりと上体を起こしました。

驚くほど軽いです。


「少しずつ飲んでください。温かいスープです」


カップを彼の口元に運びます。

彼は虚ろな目をわずかに開け、匂いに反応して鼻を動かしました。

そして、震える唇でスープを啜ります。


「……っ」


一口、二口。

喉が鳴る音が聞こえました。

乾いた砂に水が染み込むように、彼の体に生気が戻っていくのがわかります。


「おい……しい……」


消え入りそうな声でした。

彼は私の手をつかみ、カップを傾けさせようとします。


「焦らないで。まだたくさんありますから」


私は残りのスープをゆっくりと飲ませました。

続いて、柔らかい白パンを取り出します。

これも一口サイズにちぎって口に入れてあげると、彼は夢中で咀嚼しました。


しばらくして。

カップとパンが空になると、彼はふぅと深く息を吐き、私の腕の中で脱力しました。


伸び放題の前髪の間から、宝石のような瞳が私を見上げています。

透き通るような、アイスブルーの瞳。

汚れを拭えば、相当な美貌の持ち主であることが窺えました。


「……あなたは、女神様?」


彼はぼんやりと呟きました。

意識がまだ朦朧としているようです。

私は苦笑して首を横に振ります。


「いいえ。本日付けで雇われた、家政婦です」


「家政婦……?」


彼は私の手を、両手で包み込みました。

冷たい手でしたが、スープのおかげか、ほんのりと熱が戻ってきています。


「行かないで……」


それは、迷子の子供のような声でした。

握る力は弱々しいのに、必死さが伝わってきます。


「もっと、君の料理が食べたい。君がいないと、僕はもう……」


そこで言葉が途切れ、彼は私の肩に頭を預けて眠ってしまいました。

規則正しい寝息が聞こえてきます。


私はため息をつき、彼を……この塔の主であろう青年を、ゴミのないスペースへ寝かせ直しました。


収納から清潔な毛布を取り出し、かけてあげます。

これもオウェル城の客室用最高級品です。


「困った人ですね」


私は部屋を見渡しました。

見渡す限りの混沌。

そして、その中心で無防備に眠る美青年。


普通なら逃げ出すでしょう。

でも、私は腕まくりをしました。


私の料理を食べてくれました。

私の手を必要としてくれました。

そして何より、この汚部屋は、私の「整理整頓魂」に火をつけました。


「まずは、彼の寝る場所を確保するところからですね」


私は静かに、しかし力強く宣言しました。


「徹底的に、やらせていただきます」


私の第二の人生は、このゴミ屋敷の大掃除から始まるようです。


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― 新着の感想 ―
あれ?実家は?
「私の料理」ではなくないですか? 管理していた野菜を使っていたのかもしれないけど、お城で料理人たちに作ってもらった料理、が正しいのでは?
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