第9話 収納ログは嘘をつかない
真実とは、どこに隠されていると思いますか?
帝都の中央広場は、立錐の余地もないほどの人だかりでした。
公開審問会。
それは娯楽に飢えた市民にとって、最高の見世物です。
壇上には、審判役のエリーゼ皇女が冷ややかな表情で座っています。
その前で、ガストンが勝ち誇った顔で演説をしていました。
「市民の皆さん! この女狐がいかにして我々の血税を貪ったか、この帳簿が全てを物語っています!」
ガストンが掲げた捏造帳簿に、群衆がざわめきます。
彼の手回しでしょう、客席からは「恥を知れ!」「公爵夫人失格だ!」という罵声も飛び交っていました。
私は壇上の端で、静かにその様子を眺めていました。
隣には、今にも広場全体を凍らせそうな顔をしたルーカス様が立っています。
「……そろそろ黙らせてもいい?」
「まだです。彼が頂点まで登り詰めるのを待ちましょう。落ちる時の音が大きい方が面白いですから」
私は小声で彼をなだめました。
手の中にある「古代の箱」が、熱を持った生き物のように脈打っています。
「では、ヴィオラ。弁明はあるかしら?」
エリーゼ皇女が扇子を向けました。
ガストンが鼻で笑います。
「弁明など無意味です! 証拠は揃っている!」
「いいえ。証拠と言うなら、こちらにもあります」
私は一歩前に進み出ました。
そして、手の中の黒い木箱を高く掲げました。
「私の『収納魔法』は、単なる倉庫ではありません。いつ、何を、どれだけ出し入れしたか。その全てを記録する『履歴』が存在するのです」
「はっ、口先だけでなら何とでも言える!」
「口先ではありません。お見せしましょう」
私は箱を強く握りしめました。
昨晩、この箱が熱を帯びた時、私の脳裏に「鍵となる言葉」が浮かび上がっていたのです。
今なら、扱えます。
「……起動」
私が魔力を流し込むと、古代の箱が激しく振動しました。
箱の表面に刻まれた幾何学模様が青白く発光し、上空に向けて光の束を放ちます。
ブォォォン……!
光は空中で広がり、巨大な半透明のスクリーンを形成しました。
そこには、光る文字が高速で流れていきます。
「な、なんだこれは!?」
会場がどよめきます。
魔法による幻影魔法とは違う、あまりにも精緻で無機質な光の羅列。
『3月20日 14:15:30:乾燥ハーブ 300キログラム 収納』
『4月05日 16:40:10:水(淡水) 50,000,000リットル 収納』
『4月07日 10:05:22:隣国国境地点にて 30,000リットル 放出』
リストには、新婚旅行中の仕入れから、今回の支援物資を扱った正確な時刻と量が、秒単位で記録されていました。
湖一つ分に相当する五千万リットルの水を確保し、現地でタンク一杯分だけを放出した事実が、ガストンの提示した「横領日時」を完全に否定しています。
「こ、こんなもの! ただの幻術だ! 騙されるな!」
ガストンが叫び、群衆もざわめき始めます。
確かに、見たこともない魔法をすぐに信じる者はいません。
しかし、次の瞬間。
壇上のエリーゼ皇女が持つ「導きの杖」が、カッと目映い光を放ちました。
それは私の箱が放つ光と、完全に呼応し、混ざり合っています。
「あ、あれは国宝の杖が……共鳴している?」
「王家の秘宝が認めているというのか!?」
疑いのざわめきが、畏敬の念へと変わっていきます。
私は冷ややかに笑いました。
「では、これはどう説明しますか?」
私はログをスクロールさせました。
表示されたのは、峠道で盗賊たちから徴収したアイテムのリストです。
『4月06日 23:15:00:鉄の剣×20 収納』
『解析結果:製造元・ガストン商会工房、ロット番号B-302』
画面に、収納した剣の所有者情報までもが大写しにされました。
ご丁寧に、ガストン商会の刻印まで解析されて表示されています。
「あ……」
ガストンの顔色が、土気色に変わりました。
「峠で私を襲った盗賊たちが持っていた武器です。なぜ、あなたの商会の刻印が入っているのでしょう? まさか、商会長自ら盗賊のスポンサーを?」
「ち、違う! それは……盗まれたもので……!」
「往生際が悪いわね」
エリーゼ皇女が立ち上がりました。
その手には、私の箱と共鳴し続ける「導きの杖」が握られています。
彼女は光り輝くその杖を、ガストンに突きつけました。
「この光の文字は、遥か昔に失われた古代魔法の記録。現代の魔法技術では、再現はおろか解析すら不可能な『ロストテクノロジー』よ。つまり、現代人であるあなた達に、この映像を捏造することは不可能。これこそが、絶対の真実よ」
皇女の言葉は、死刑宣告に等しい重みを持っていました。
ガストンは膝から崩れ落ちました。
「う、嘘だ……こんな、こんなことが……」
「連れてお行きなさい」
皇女の合図で、衛兵たちがガストンを取り囲みました。
あれほど威勢の良かった彼は、今や抜け殻のように引きずられていきます。
群衆の罵声は、一転して彼に向けられました。
「素晴らしいわ、ヴィオラ」
エリーゼ皇女が私に微笑みかけました。
「その箱……やはりただの骨董品ではないようね。後でじっくり話を聞かせてもらおうかしら」
「ええ、喜んで」
私は箱の光を消そうとしました。
その時です。
消えゆくスクリーンの最下部に、奇妙な一行が表示されているのが目に入りました。
『警告:未登録の生体反応を検知。地下領域にて待機中』
『対象名:マスター・コード“■■■■”』
一瞬で文字は消えました。
私にも読めない、文字化けしたような名前。
それに「生体反応」?
私の収納の中に、生き物が入っているというのでしょうか。
そんなはずはありません。収納内は時間が止まっているのですから。
「ヴィオラ? どうしたの」
ルーカス様が私の肩に触れました。
私はハッとして、箱をポシェットにしまいました。
「いえ、なんでもありません」
ガストンは失脚しました。
商会の潔白は証明され、私たちは勝利しました。
ですが、私の胸には小さな棘が刺さったままでした。
あのログの意味。
そして、この箱が指し示した「地下領域」という言葉。
スラムでレオンが言っていた「地下遺跡」の話と、奇妙に重なる気がしてなりません。
平和な日常が戻ってくるはずでした。
けれど、それは新たな、そしてより巨大な謎への入り口に過ぎなかったのです。




