第8話 捏造された横領疑惑
凱旋パレードなど期待していませんでしたが、まさか犯罪者として迎えられるとは思いませんでした。
隣国での過酷な任務を終え、数日ぶりに戻った帝都。
しかし、馬車の窓から見える街の人々の視線は、冷ややかで、刺すような敵意を含んでいました。
「……空気がおかしいね」
ルーカス様が眉をひそめました。
その時、風に乗って一枚の紙切れが飛んできました。
街中で配られている号外のようです。
私はそれを窓越しにキャッチし、見出しを読み上げました。
『衝撃! エルロッド商会、被災地支援物資を横領か?』
『公爵夫人、私腹を肥やす悪行の数々』
記事には、私が支援物資を闇ルートで横流しし、暴利を貪っているという嘘八百が、もっともらしい証言と共に書き連ねられていました。
証言者は「匿名の商会関係者」。
十中八九、ガストンの差し金でしょう。
「……くだらない」
ルーカス様が紙を指先で凍らせ、粉々に砕きました。
しかし、彼の声は怒りで低く震えています。
屋敷に到着すると、門の前で私たちの帰りを待ちわびていた青ざめた顔のレオンが飛び出してきました。
「姉御! 大変だ! 店にガストンの野郎が衛兵を連れてきやがった!」
「落ち着きなさい、レオン。状況は?」
「あいつ、偽の帳簿を持ってきやがったんだ! 『これが横領の証拠だ』って! 今、店の中をひっくり返されてる!」
「なるほど。私が留守の間に、外堀を埋めたつもりですか」
家宅捜索という名の、合法的な店舗破壊。
許しがたい暴挙です。
私はドレスの裾を翻し、すぐさま店へと向かいました。
◇
店の中は、足の踏み場もないほど荒らされていました。
「証拠探し」という名目で、商品は床に放り出され、書類が散乱しています。
破壊こそされていませんが、明らかに悪意のある散らかし方です。
その中心で、ガストンがニタニタと笑っていました。
「おや、お帰りなさい公爵夫人。いや、『横領犯』とお呼びした方がいいですかな?」
「……公爵家の店舗に対して、随分な狼藉ですね」
私が静かに問うと、ガストンは大げさに肩をすくめました。
「いえいえ、これは正規の手続きによる『捜査』ですよ。国家への反逆罪となれば、たとえ公爵夫人といえど特権は通用しませんからなぁ」
周囲には衛兵たちと、野次馬が集まっています。
ガストンは手に持った分厚い帳簿を掲げました。
「見つかりましたよ、裏帳簿が! ここにはあなたが支援物資をピンハネした記録が克明に記されている!」
「それは私の帳簿ではありませんね。字も違いますし」
「往生際が悪い! 筆跡などいくらでも誤魔化せる! それに、証人もいるのですぞ!」
ガストンが合図すると、薄汚れた男が前に出されました。
以前、私がスラムで雇用を断ったゴロツキ崩れです。
「へへっ、俺は見ましたよ。夫人が夜中にこっそり荷物を運び出してるところを」
完璧な茶番劇です。
野次馬たちがヒソヒソと囁き合います。
「やはり本当だったのか」「公爵夫人ともあろうお方が」
その空気を感じ取った瞬間。
ゴォォォォォォッ!
突如として、猛吹雪が店内に吹き荒れました。
気温が一気に氷点下まで下がります。
「ひぃっ!?」
ガストンたちが悲鳴を上げて縮こまりました。
私の背後から、ルーカス様がゆっくりと歩み出ます。
その瞳は、完全に「人」のものではありませんでした。
怒りのあまり、魔力が暴走し始めています。
「……僕の妻を愚弄するなら、覚悟はできているんだろうな」
床が、壁が、そしてガストンの足元が、パキパキと音を立てて凍りついていきます。
「る、ルーカス様! これは正当な捜査で……!」
「黙れ。その汚い口も、偽造した手も、二度と動かなくしてやる。この街ごと氷漬けにして、永遠の沈黙をくれてやる」
本気です。
帝都の上空に、巨大な暗雲が渦巻き始めました。
このままでは、ガストンだけでなく、無関係な市民まで巻き添えになります。
私は一歩踏み出し、ルーカス様の前に立ちふさがりました。
そして、冷え切った彼の頬を両手で挟み、無理やり私の方を向かせました。
「ルーカス様! 私を見て!」
「……ヴィオラ? どいてくれ。こいつらは君を傷つけた。生かしておけない」
「いけません。ここであなたが暴力を振るえば、彼らの嘘が『真実』になってしまいます!」
「でも……!」
「私を信じてください。暴力ではなく、もっと残酷で、徹底的な方法で彼らを裁きますから」
私の言葉に、ルーカス様の瞳に理性の光が戻ってきました。
吹雪が止み、静寂が訪れます。
私はガストンに向き直りました。
彼は腰を抜かし、ガタガタと震えています。
「ガストン氏。あなたは一つ、大きな勘違いをしています」
私は胸元のポシェットから、あの「古代の箱」を取り出しました。
なぜか今、この箱が熱を帯び、私に訴えかけてくるのです。
『記録せよ』『開示せよ』と。
「私の『収納魔法』は、ただ物を入れるだけの箱ではありません。いつ、どこで、何を出し入れしたか。その全てを記録する、絶対的な『ログ』が存在するのです」
「な、なんだと……?」
「明日の正午、中央広場で公開審問会を開きましょう。そこで私の無実と、あなたの捏造を証明してみせます」
私はニッコリと微笑みました。
それは、慈愛の笑みではなく、獲物を追い詰める捕食者の笑みだったかもしれません。
「逃げないでくださいね? あ、逃げても無駄ですよ。ルーカス様が監視していますから」
「ひっ……!」
ガストンは青ざめた顔で、衛兵たちと共に逃げるように去っていきました。
店に残された私たち。
ルーカス様が、申し訳なさそうに肩を落としました。
「……ごめん。また、理性を失いかけた」
「いいえ。あなたが怒ってくれたおかげで、冷静になれました」
私は彼の手を握り締めました。
手の中の「古代の箱」が、ドクンと鼓動したような気がしました。
明日の審問会。
私の魔法の真の力が、帝国の歴史を動かすことになるのです。




