第10話 新しい人生を、ここ(収納)に
高らかに鳴り響く鐘の音が、どこまでも広がる青空に吸い込まれていきます。
帝都の大聖堂は、色とりどりの花と、溢れんばかりの人々で埋め尽くされていました。
ステンドグラスから降り注ぐ光が、バージンロードを七色に染め上げています。
「……緊張している?」
隣を歩くルーカス様が、小声で囁きました。
「いいえ。完璧なスケジュール管理をしましたから」
私は微笑んで、彼を見上げました。
今日の彼は、いつもの研究着でも、漆黒の夜会服でもありません。
純白のタキシードに身を包み、銀髪を丁寧に撫で付けた姿は、目が眩むほど精悍です。
少しだけ、私の腕を掴む手が震えているのが愛らしいですが。
「僕は緊張しているよ。こんなに多くの人に見られるのは苦手だ」
「大丈夫ですよ。私の隣にいる限り、誰もあなたを傷つけません」
「ふふ、頼もしいな。僕の奥さんは」
私たちはゆっくりと祭壇へ進みます。
参列席には、ハンカチで目元を拭うセバスチャンさん。
私を慕ってくれる騎士団の面々。
そして、最前列にはレグルス帝国の皇帝陛下まで、柔らかな笑みを浮かべて座っておられました。
誰も、私を「倉庫番」とは呼びません。
ここにいる全員が、私たちを祝福してくれています。
祭壇の前で、私たちは足を止めました。
「誓いますか」
神父様の問いかけに、ルーカス様は私の両手を強く握り締めました。
その瞳は、宝石よりも澄んで、真っ直ぐに私を映しています。
「誓います。健やかなる時も、病める時も、君を守り、君を愛し、君の帰る場所であり続けることを」
「誓います。富める時も、貧しき時も、あなたを支え、あなたを管理し、共に歩んでいくことを」
誓いの言葉と共に、私たちは口づけを交わしました。
鳴り止まない拍手と喝采。
舞い散る花びらの中で、私はこれ以上ない幸福を感じていました。
かつて、全てを奪われ、城を追い出された私。
けれど今は、こんなにも温かい愛に包まれています。
「ヴィオラ。世界で一番愛してる」
「私もです、あなた」
◇
式が終わり、私たちは「我が家」へと戻ってきました。
あのゴミ屋敷だった「賢者の塔」は、今や美しい白亜の邸宅へと生まれ変わっています。
庭には季節の花が咲き、窓ガラスはピカピカに磨き上げられ、夕日を反射して輝いていました。
「ふぅ……やっと二人きりになれた」
ルーカス様はソファーに身を投げ出し、ネクタイを緩めました。
私も隣に座り、重たいティアラを外します。
「お疲れ様でした。素晴らしい式でしたね」
「うん。でも、ここからが本当のスタートだ」
彼は起き上がり、私の手をそっと引き寄せました。
「ヴィオラ。君の『収納』を見せてもらってもいいかい?」
「ええ、もちろん」
私は言われるがままに、収納魔法を展開しました。
空中に半透明のウィンドウが浮かび上がります。
そこには、かつてオウェル城から持ち出した家財道具や、戦場で使った物資、そして新生活のために揃えた家具などがリストアップされています。
でも。
「……空きスペースが、たくさんあるね」
ルーカス様が指摘した通りでした。
城を出た時は、私の心と同じように、過去の荷物でパンパンに埋め尽くされていました。
けれど今は、整理整頓され、不要な過去(日記や未練)を処分したおかげで、広大な「空白」が広がっています。
「はい。無限の容量がありますから」
「無限か。素晴らしいな」
彼は私の肩を抱き、そのリストを愛おしそうに眺めました。
「じゃあ、これからこの空白を埋めていこう」
「埋める、ですか?」
「うん。まずは、今日の結婚式の思い出。それから、来月の新婚旅行の思い出」
彼は指折り数え始めました。
「君が作る毎日の美味しい料理の記憶。僕が君に贈るプレゼント。いつか生まれてくる子供たちの産着やおもちゃ……」
彼の言葉一つ一つが、私の胸に温かく染み込んでいきます。
「物だけじゃない。僕たちが過ごす『時間』と『幸福』で、この収納をいっぱいにしよう。一生かかっても埋まらないくらいに」
「……ふふ、それは大変な在庫管理になりそうですね」
「君ならできるよ。僕の最高の管理官だからね」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
窓の外には、満天の星空が広がっています。
明日も、明後日も、この穏やかで温かい日々が続いていくのです。
◇
後日談として、少しだけ。
「収納魔法」を失ったオウェル王国は、その後急速に衰退しました。
物の管理ができず、物流は滞り、不正が横行し、民の心は離れていきました。
ローランド元王子は廃嫡され、今はどこかの田舎で畑を耕しているとかいないとか。
一方、レグルス帝国は黄金期を迎えました。
天才魔導師ルーカスと、その妻であり「物流の女神」と呼ばれるヴィオラ公爵夫人の活躍により、国は大いに潤ったのです。
けれど、それはまた別の物語。
「ヴィオラ、お茶が入ったよ」
「ありがとうございます、ルーカス様」
今、私は日当たりの良いリビングで、愛する人と紅茶を飲んでいます。
私の収納の中には、今日も一つ、幸せな記憶がしまわれました。
「荷物は邪魔だ」と言われたあの日。
全ての家財道具を持って城を出た私の選択は、間違いなく「大正解」だったのです。
(完)
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