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瀬戸と春樹  作者: 浅見ぶどう


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第1話 先輩の匂いと、甘い執着

田園風景が広がる、緑豊かな県立高校。放課後の校庭に、ボールを蹴る乾いた音と、部員たちの掛け声が響いていた。


佐倉春樹、高校一年生。ふわりとした黄金色の茶髪は夕日に透け、柔らかな微笑みと、常に誰に対しても分け隔てのない丁寧な言葉遣いは、部員だけでなく、密かに見学に来ている女子生徒たちをも癒していた。彼はただ顔が良いだけでなく、人懐っこさと優しさで、周囲のあらゆる好意を無自覚に吸い込む、誰もが認める「天使」のような存在だった。しかし、そんな春樹の瞳が捉えているのは、たった一人の人物の背中だけだ。


「瀬戸先輩!」


春樹がボールをパスしたのは、ディフェンスラインの要、瀬戸悠真、高校二年生。黒髪短髪、日焼けした肌、一切の無駄がない引き締まった体躯。制服さえきっちりと着こなす瀬戸は、春樹とは対照的な「硬派」な魅力で、部内でも一目置かれている。


「ナイスパス、春樹」


瀬戸は短くそう返し、流れるような動きでボールをさばき、さらに前線へつなぐ。春樹は、その低く、わずかに掠れた声と、汗の匂いが混じった瀬戸の残り香を密かに胸いっぱいに吸い込んだ。


(今、僕のほうをじっと見てくれたような気がする。先輩、僕も見てます。)


瀬戸はボールの行方だけを追っており、春樹の熱っぽい視線にも気付く様子は全くない。だが、春樹の胸の奥では、甘美な執着がとぐろを巻く。彼は、瀬戸の無関心ささえも、自分への試練や暗黙の了解だと解釈していた。


練習が終わり、部室棟へ向かう道すがら、春樹は瀬戸のすぐ後ろを歩く。瀬戸のTシャツの背中には、汗で濡れた部分が濃く張り付いている。


(あぁ、今日のアクエリアスの匂いと、先輩の汗の匂い。この距離が、たまらない……。わざと一歩遅く歩いて、僕を待ってくれているんですよね、先輩)


部室に入り、春樹は瀬戸のロッカーへとまっすぐに向かった。瀬戸が着替え終わるのを待って、さりげなく、だが周到な計画をもって声をかける。


「先輩!タオル、ちょっと端っこが濡れてますよ。僕がハンガーにかけ直します」


「ん、悪いな」


瀬戸が脱ぎ捨てたばかりの、汗が染み込んだ練習着とタオル。春樹は、誰にも気づかれないように一瞬だけそれを抱きしめる。瀬戸の体温と匂いが移ったそれを、春樹は深い喜びと共にハンガーにかけ直した。瀬戸は、ただ春樹の献身的な優しさに感謝しているだけで、それ以上の意図を読み取ることはなかった。


その瞬間、部室のドアから、一年生の後輩女子の声が聞こえてきた。


「瀬戸先輩、この前貸していただいたノート、ありがとうございました!やっぱり先輩の字、すごく読みやすくて!」


「ああ」


瀬戸はクールにそう返しながら、部室の隅にいる春樹へと視線を向けた。春樹の顔から、一瞬にして「天使」の笑顔が消え、わずかに口元がひきつる。


(なんで、先輩、僕だって見たことのないノートなんか貸してるのさ。僕への愛情を試しているんですね。僕が嫉妬するかどうか)


春樹の瞳に、明確な嫉妬の炎が揺らめいた。感情が顔に出やすい春樹は、慌てて視線を逸らす。


瀬戸は、そんな春樹の反応に気づいたというより、ただ着替えが終わらない春樹を気にかけた。


「春樹、お前も早く着替えろよ。ぼーっとしてると、置いていくぞ」


「……は、はい!」


春樹は、瀬戸が自分の嫉妬を指摘せずに「置いていく」という言葉を使ったことに、別の種類の胸の高鳴りを覚える。


(意地悪な人だ。僕が嫉妬しているのをわかっているくせに、わざと遠回しに牽制してくる)


着替えを済ませ、二人並んで昇降口へ。瀬戸が靴を履き替えている時、春樹は部活で使った瀬戸のレガース(すね当て)が、瀬戸のバッグからわずかに覗いているのに気づいた。


(先輩ののレガース。先輩がいつも足に密着させているもの……。僕の愛を受け入れている先輩なら、きっと触ってもいいはずだ)


春樹はふと立ち止まり、まるで落とし物を拾うかのように、そっとレガースの革の部分に指を触れた。瀬戸の足にいつも密着しているそれを、春樹は陶酔に近い感覚で触れている。


「春樹、どうした」


不意に、上から声がかかる。春樹はビクッと体を震わせ、慌ててレガースから手を離した。


「い、いえ!何でもないです!先輩、行きましょう!」


春樹は精一杯の笑顔を作ったが、瀬戸はただ黒い瞳で春樹を見つめていた。その表情には、ただの純粋な疑問と気遣いが滲んでいる。だが、春樹の脳内では違った。


(やっぱり、見てた。僕の執着を、先輩はすべて見透かしている)


「……そうか。じゃあ、行くか」


瀬戸はそう言って、春樹の頭にぽん、と軽く手を置いた。


その一瞬の接触に、春樹の頭の中は真っ白になる。瀬戸の優しさと、自分の重い愛の板挟みで、春樹の心は激しく脈打った。瀬戸の隣を歩きながら、春樹は誓う。


「この人は、僕の。僕の愛をすべて受け入れているくせに、まだ知らないふりをしている。誰にも渡さない」


そして、瀬戸はただ、可愛らしい後輩の春樹が最近少しぼんやりしていることを心配しながら、並んで歩き始めた。

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