第四話:暗幕の会談
顔全体を包帯で巻いた男がギルドに入ってきた。左目だけはあけてあり、そこから不気味に鋭い瞳が姿を見せている。瞳しか見えないためか年齢は分からない。
蒼い忍び装束を纏っている男は静かにコレットの方に歩いていくと、紙を一枚差し出した。
「お疲れ様でした。ジョーカーさん、この人が村雨さんです」
ソファで寝転んでいたジョーカーはけだるそうに身を起こした。
「ああ……って、ミイラ男?!」
素っ頓狂な声を上げる。
「失礼ですねえ。せっかく情報を持って来てくれたというのに」
「……」
当の本人は何も話さない。ただただ沈黙を守っている。
「ハジメマシテ、俺はジョーカー。よろしく」
何の返事も返ってこない。
「まあいいや。何か事情があるんだろうし。じゃあ、情報有難く頂くぜ」
ジョーカーはコレットから紙切れを受け取った。
そして、ギルドから出て行った。
入り口のドアから漏れる陽光は今日も明るかった。
アルベルト博士は今日もいつもと同じように専用の研究室にこもっていた。
痩せこけた頬が生々しく、肌は荒れている。
逆に瞳だけはぎらぎらとしていた。
「A=H、機動実験には成功した……同時に自我の存在を確認することが出来た。実験体でこれなら、『クィーン』を復活させることも不可能ではない、か」
身を捩じらせて笑う。
電灯に照らされて映る影は化け物のように見えた。
「世界帝国の実現……新しい人類の創出、新しい惑星への転換……これなら出来るぞ。私の時代に」
そこに研究室のドアを開けて、ある人物が入ってきた。壮年の男で旧ドイツ軍の軍服を纏っている。特徴といえば卍に似た腕章を右腕にかけていることだ。
「おはよう。A=H、どうだね気分は?」
「最悪だよ。君、私がどんな気持ちなのか推察したまえ」
「分かるよ。君は君であって君でない。そんな気分だろう?」
「ところで、頼みというのは何だね?」
「ああ。実はね、『雷電』というもののDNAデータを取ってきてもらいたいのだ。イタリアのジェノヴァに行けばあるだろう。そうだな、教皇庁が最も確実かな」
「この私を使い走りにするとはな。よかろう」
「すまないね。仮にも世紀の独裁者と言われた君を酷使してしまって」
「構わん。私はこの世に第三帝国を作り出すことが出来るのだ。気にしないでくれたまえよ」
壮年の男は室内を歩き回る。
「ところで、君の望みは何かね? この私を『蘇らせた』程度のことではないのだろう?」
博士はくつくつと笑った。
「さあ、どうかな。私はただの研究者に過ぎないからね」
「とぼけるのも大概にしたまえ。君のことは調べさせてもらった。これでも一国を率いていた身。なめられては困る」
博士の笑いが消える。
「君はドイツでは知られていないが、イギリスでは『終末の邪教徒』と呼ばれているそうじゃないか。イギリス国教会のお尋ね者というわけだ。何をどうしてそんなことになったのかは推察するまでもない。禁忌の研究をしているからだろう。その内容までは言うまい。が、EUも馬鹿ではない。君の未来も危ないのではないかね?」
金色の瞳が輝いた。
「くくく……邪教徒ねえ。懐かしい言葉だ。そして同時に褒め言葉でもある」
「何?」
「君に私の研究の全容を言うわけにはいかない。言ってしまったら面白くないだろう?」
「ふん。まあよかろう。私の邪魔だけはしないでくれたまえよ」
「どうかな。ところで勝手に動くのはやめてくれないか? 強化兵士に混ざってギルドを襲撃するなどすべきではない」
「ほう、情報は既に入ってきたかね? 手かがりも残してきた」
博士はぴくりとその言葉に反応した。
「……貴様、自滅する気か?」
金色の瞳はかつての独裁者をにらみつける。
「私は生きている証が欲しかったのでね。気に障ったのなら謝るよ」
「私の計画が潰れるのが気に入らないだけだ。私は貴様の『創造主』だ。それだけは忘れるな」
怒りに満ちた眼差しは依然として収まらない。
「君は何を憎んでいるのかね?」
金色の瞳に一瞬困惑の色が映った。
「油断ならぬヤツだな」
「君の言動を見ているとつい思ってしまうのだよ。私には君ほどの憎しみを抱えたまま生きるなど出来そうに無い」
博士は狂ったように笑い出した。
「いいだろう。君は創造第一号だから特別に教えてあげよう。私が憎んでいるのは『人間』そのものだ」
不穏な会談はまだ続く。
こんばんは、Jokerです。
ここにも伏線たっぷりです。
といってもすぐバレるようなのですが。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……