第三話:鳶色の瞳
「……何かさあ、もうネタだよなあ」
ジョーカーはギルドの地下食堂で食パンをかじりながら、朝刊に目を通していた。
世界三大邪教の撲滅を国連が決定したという見出しがでかでかと躍っている。
「そうですねえ。でも、三大邪教というわりにはあまり有名でもない気がするけど」
娘はビールを運びながら、答えた。
「世界三大邪教ってのはルエビザ教、ミンス真理教、そして友愛教か。いかにも胡散臭いけど、まあ鳩川が作ったのがあるんだから納得だな」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものなの。一回アイツの護衛したことあるんだけど、マジで狂ってるよ。何がって、思考全てが。『愛が最強だ』とか『友愛は宇宙の真理だ。ボクの愛は国を超えて宇宙へと飛び立つのだ』とか。毎日言ってるんだぜ、これを。聞いてるこっちがおかしくなっちまうよ」
だらだらと三十分ほど話した後、ジョーカーはのんびりとギルドから出た。
「どうするかねえ。やべえ、あんまり係わり合いになりたくない気がしてきた」
ぶらぶらと街をほっつき歩く。抜けるような蒼い空。ほんの少しだけある雲は東へと流れていく。
「紫電、か。俺は結局アイツに追いつけたのだろうか」
答えは誰でもない自分が握っていることを彼はまだ知らない。
アルベルト博士は黙々と地下の研究施設で働いていた。昼夜を問わず、彼はここから出ない。何かに憑かれたかのように仕事に没頭した。専用の個室で紫電に関する記録や『羅生門』のデータを読み漁り、狂ったような笑い声を放っている。
「これが、これが、これが『紫電』。人類最強最高のスペックを持つ新生人類のプロトタイプにふさわしい」
身をよじらせて、博士はパソコンの画面上に映し出された紫電の顔を見た。
「ああ、何としても手に入れなければ。鳩川紀夫などという愚物を利用した甲斐があったよ」
アルベルト博士は鳩川に電話を入れる。
「教皇様、強化兵士が完成しました。至急、向かわせますので『ゲシュペンスト』本部でお待ちください。なお、『小川一郎』の完成にはもう少し時間がかかります」
うやうやしく報告を入れると、彼はまた笑い出した。
その狂った笑みは一晩中終わることはなかった。
鳩川はアルベルト博士から連絡を受けると、『ゲシュペンスト』本部にいる総長と面会した。総長室にある質素な机に鳩川は総長と呼ばれる男と向かい合って座る。
「総長、ボクの愛はキラキラだろう?」
「ミスター鳩川、わけの分からないことを言っていないで仕事の話といきましょう」
総長は銀髪をオールバックにしてサングラスをかけている長身痩躯の男だ。年齢は三十ほど。常に白いシャツと黒のスーツを崩して着こなしており、額から右頬に向かって斜めについている刀傷が特徴である。
「ボクは愛の大帝鳩川紀夫だ。ママがいなくてもボクは愛に満ち溢れているんだぞ」
「……仕事がないならお引取りを。小生はこれでも忙しいのでね」
表情を変えずに総長は返事する。
「ふふん。ロンメル総長もボクの愛を理解し切れていないと見えるな。まあいい。今回の仕事は警察機構の襲撃だ。友愛精神のない警察どもを友愛すのだッ!」
「おや。警察機構までも敵に回していいのですかな? 目的はさしずめ強化兵士のテスト、といったところでしょうか?」
おどけた口調で答える。しかし、目は笑っていない。
「察しがいいな。子ども手当てをやるぞ」
「いりません。ところで、小生の要求も呑んで頂けるのでしょうね?」
サングラスの奥で瞳がぎらりと輝く。その鋭利な瞳で鳩川を見た。
「もちろんだ。友愛の伝道師たるボクが約束を破るなんてことはありえない」
「……我々には事を為すのに充分な兵力と技術、そして軍事力がある。『ノア計画』の遺産を握っているのですから、約束を反故にしたときには……分かっていますね?」
「心配するな。ボクは稀代の名首相として日本で豪腕を振るったのだ。任せておけッ!」
「信用ならないのですよ。あなたは騙すことには天賦の才をお持ちだが、約束を守ることにはまるで向いていない。……まあいい。この契約が終わったら、『ゲシュペンスト』活動を再び凍結します。たとえ大金をもらったとしても、あなたに利用されるのは我々の本意ではない。それに活動中に謎の人物に我が組織の構成員が拉致されるという事件もおきている。あなたに関わってから、ね」
ロンメルはサングラスを外した。
鳶色の瞳が現れる。
「ぼぼぼぼ、ボクは何も知らないぞ。秘書がやったんだ」
「リヒャルト副長、についてもですか?」
「そうだ。ボクの思いはお前にも届いているはずだ」
「残念ながら。ともかく、リヒャルトの存在を知る人物がいるとは思えませんし、ましてや拉致となると相当な手練のはず。さらに、『ゲシュペンスト』を騙っている不貞の輩もいるようでしてね。それらの内偵を今後進めます。では、今回お受けした仕事はお任せください」
静かに述べるとロンメルはサングラスを再び身に付けた。
ジョーカーは一日中情報収集をしたが、これといった手がかりを得ることもなくギルドに帰還した。
「ああもう。足がくたくただよ……」
受付デスクには娘が立っていた。
「おかえりなさい」
娘が素っ気無く出迎える。
「情報、集まらねえ……」
「そんなことだと思っていました。情報収集のプロに今動いてもらっているんです。その人が得た情報を元に鳩川紀夫拘束に向かってください」
「悪いね。さすが受付嬢」
「コレットです」
「さっすがコレットちゃん」
「ちゃん付けはやめてください。ともかく、村雨さんの情報で動いてください。そして今後、あなたと二人一組で行動するように。これは日本政府からの命令です」
「へいへい。村雨ねえ。ジャパニーズ?」
ジョーカーは少し身を乗り出した。
「そうらしいです」
「そういえばさ。紫電っていうヤツの噂、聞いたことない?」
「紫電……あの『クィーン』事件の解決者の一人ですね。さあ……あれから行方不明になっているとしか」
ジョーカーは肩を落とした。
「そうだよな」
倒れるように近くにあったソファに座る。
「出来たら、生きているなら、もう一回アイツに会いたいもんだな……」
その呟きは誰にも聞こえなかった。
こんばんは、Jokerです。
アルベルト博士にロンメル総長と二人の人物を新たに出しました。
彼らは今後どう動くのか?
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……