番外編:Another Story of Joker① ~嵐の来る前~
俺は北京民主共和国北西部のウィーゲル地方で生まれた。
与えられた名前は×××。俺はこの名前が大嫌いだったから、今は『ジョーカー』と名乗っている。
何でかって?
この名前を思い出すたびに俺は人間が怖くなるから。
これはずっと俺が意識の奥底に封印していたかった記憶。
これはずっと俺が解放されたいと思っていた記憶。
それを日記として綴ってみようと思う。
気軽に読める話じゃないかもしれないけど、読んでくれると嬉しい。
「何やってんだい! また失敗したのかい!」
罵声とともに暴力が俺に襲い掛かってくる。
これは俺の少年時代の習慣だった。ヒステリックな母親に厳格な父親。躾と称しての暴力などは日常茶飯事だった。
何か不手際や気に入らないことがあれば俺を殴る蹴る。暴言を吐きまくる。
『お前なんかは生まれてこなければ良かったんだ』
『無能だ。無能には生きる価値なし!』
これは俺の物心がつく頃からの習慣だった。
小さな俺はただひたすら泣いて、それに耐えた。
首を絞められてナイフで突かれそうになったこともある。棍棒で何発も殴られたこともある。虐待されたことがバレたからという理由で何日も食事を与えられなかったこともある。
そんな荒んだ少年時代を送ってきた。
怖かった。
辛かった。
苦しかった。
誰かが助けの手を差し伸べてくれるのを怯えながらずっと待っていた。
ある日、シルクロードを通って若いジャパニーズが訪れた。確か、俺が十五歳の頃だったと思う。
「おや、君はすごく傷ついているね」
その夫婦は俺を見るなり、薬を身体に塗ってくれた。痩せこけた身体にやけに沁みた。
「あ、あ……」
言葉に出来ない。
「怯えなくていいんだよ。私たちは君に危害を加えない」
俺の心を読んだように若い男は微笑む。多分俺の目は恐怖に満ちていたのだろう。俺に近づいてくるといえば暴力を振るう以外のことはなかったのだから。
「ただの行商人なんだ。この村の長はどこにいるのかな?」
俺は言葉を発することが出来ず、村長のいるテントを指差した。
「ありがとう」
若い男は頭を軽く下げると、そのテントに向かって歩いていった。
若い女は俺の傷の手当てをしてくれる。
何故だろう。怖い。何かされる? 俺が悪いの?
目があわせられなかった。
若い男が戻ってくると若い女と何やら話しこみ、しばらくした後俺にこう言った。
「すまない。私たちはもう行かないと。君を保護してあげたいのは山々なのだが……」
「き、き……に、しな……くて……いい」
やっとの思いで言えたのはこれだけだった。
若い女は俺をきゅっと抱きしめると、俺に掌よりも一回り小さな布袋をくれた。
「これは『お守り』といって、私たちの国で厄除けに使われているの。あなたに幸多からんことを」
女は祈ってくれた。
何故、無関係の俺にそんなことをしてくれたのか。当時は分からなかった。
若い男女が村から出ようとする時に俺の人生を決定的に変えた事件が幕を開けた。
「貴様ら、ウィーゲル族だな? 北京民主共和国キム様の命により貴様たちを粛清する!」
大量の兵士が村を取り囲んでいる。
巨大な戦車や飛行艇を動員して。
「お前たち異民族は俺たち北京民主共和国様に黙って従っていればいいものを。先月キム様に税の免除を願い出るなどとふざけた行為をしおって。全員、死を以って償うがいい!」
司令官と思しき中年の男が叫び終わると同時に砲弾と銃弾の嵐が村に襲いかかった。
こんばんは、Jokerです。
ここでは第二部の主人公ジョーカーの番外編をお送りします。
かなり長いので分割してアップします。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……