第十二話:終わりの始まり
次に標的とされたのは日本第二の都市である大阪だった。巨大な爆撃機を駆り、アルベルトは侵攻を進める。
「日本政府には宣戦布告してきたかね、スターリン君?」
厳つい口ひげを生やした、かつての独裁者は無言で頷いた。
アルベルトは爆撃機のコクピットで下の世界を見ている。
機体からは絶え間なく爆弾が投下され、街は既に焼け野が原になっていく。
「さてと、そろそろ朝鮮連王国から宣戦布告が来る頃なんだが……」
アルベルトは腕に付けた純銀製の時計を見る。鼓膜を壊すほどの爆音が鳴り響いているが、涼しい顔をしていた。
「強風、朝鮮連王国への進撃は君に任せよう。新しく開発した『雷電』も連れて行くがいい」
おもむろに電話を取り出し、強風に連絡を取る。その顔は余裕で満たされており、他者を見下したような嫌らしい笑みが浮かぶ。
「さて……無知なる者、滅ぶべし」
アルベルトは腹をよじって笑い出した。しばらく、狂ったように奇声を発した後、地図を取り出して、熱心に眺め始めた。
ジョーカーが日本政府の高官からの依頼を受けたのは大阪府が空爆されてから一日経った頃だった。突如、電子メールを受信した。
『謎の集団によるテロが発生した。原因を突き止めた後、速やかに彼らを排除せよ』
これが今度の任務だ。
ハワイでくつろいでいたジョーカーは苦虫を噛み潰したような顔で日本へ向かう。
「いつから日本はテロリストが跋扈する国になっちまったんだ? ろくに美人のお姉ちゃんたちとエンジョイできやしねえ」
ぶつぶつと不平不満を垂らしながらハワイ空港へと向かっていく。
その頃、紫電も日本へと足を進めていた。
こちらは無言で、ただいつもと同じ冷たい光を宿した瞳をして。
アルベルトはその間にも大阪を蹂躙している。
破壊者たちが大地に降り立つと、大阪府庁の長となっていた赤山がアルベルトに近づいてきた。この男はアカヒ新聞社社長として日本を滅亡に導いた人物である。
『愛は宇宙を救う。愛の名の下に鳩川紀夫を支持し、愛の道を共に歩まん』
として日本を北京民主共和国に売ることを正当化したことは記憶に新しい。
彼はうやうやしくアルベルトに礼をした。
その後、怯えた声でべらべらと話し始める。
「これはこれはアルベルト様。私、アカヒ新聞社前社長の赤山と申します。この度はご苦労様でございました。私どもは愛の救世主を求めておりまして、アルベルト様こそが友愛の神であると存じ上げて……」
アルベルトはそれを一瞥すると拳銃で躊躇なく額を撃ちぬいた。
「ふん。売国奴ごときが助命嘆願とは片腹いたいわ。殺せ、愚民は生きる価値すらなし」
第零機関を搭載した『新しい』人間による人間の虐殺はさらに激化していった。
『新しい』人間たちは笑いながら、人間を殺した。
首を掻っ切り、四肢をへし折り、頭を粉々に砕く。ありとあらゆる残虐な方法で、しかも効率的に人間を殺していく。
泣き叫んでも、命乞いしても眉一つ動かさずに屠る。
たとえそれが女子どもであろうと平等に殺戮は行われていった。
数時間もすると殺人劇は終わっていた。つまり、それは大阪府の人間が全て殺されてしまったことを意味する。日本の全人口が殺され尽くすまで、多くの時間は残されていなかった。
それから一日後、ジョーカーは大阪府へ入った。
血まみれの大地には紅く染められた物言わぬ人間が転がっている。
首のない死体や、原型を留めていない死体が数え切れないほどある。
「……なんで、人間はこうも愚かなんだろうな」
乾いた大地を踏みしめて、立ち止まる。空を見上げた。殺し合いの終わらない世界を見つめた。
空は青い。
大地で起こっていることなど知らないかのような、いつでもどこにでもある空がそこに広がっていた。
「行かないとな。これも終わらせなければ。何度でも、こんな事件が起きるのなら、何度でも終わらせてやる!」
燃えるような赤い髪をなびかせて、歩き出した。
時を同じくして紫電も大阪府へと入った。
第零機関を搭載した新生人類を表情一つ変えず斬りながら、突き進む。
血塗られた大地を歩きながら紫電は大粒の涙を流した。
「また、この地で事件を起こしてしまった……」
その言葉からは慙愧の念が伺える。立ち止まって、項垂れた。
「俺はまた、大事な故郷を守れなかった」
紫電の背後で、人影が蠢く。その影は隙をついて、紫電に飛びかかった。紫電は見向きもせずに、一刀のもとに斬り捨てる。
「悔やんでなど、いられない。ガレスや雷電に顔向けできない」
ガレスは『クィーン』事件で紫電と共に戦い、命を落としたアメリカ人である。彼の最期は紫電の胸に大きな傷として残っている。
鮮血を浴びて、紫電は刀を背中に納めた。
「始まったなら、終わらせてやるまでだ」
紫電は大阪府内を探索し始めた。
こんばんは、Jokerです。
蒸し暑い日が続きますね。夏が一番苦手です。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……