第二話:金色の瞳
翌日、朝になるとギルド襲撃事件はドレスデン中に知れ渡っていた。
死傷者十名。ドレスデンでは大きな事件として各メディアに報じられたのである。
それを聞きつけたジョーカーはすぐにギルドへ向かった。
「悪運強いな、アンタ」
娘の顔を見るなり、ジョーカーは呆れ顔で娘に言った。
「笑い事じゃないですっ! 大変だったんですよ」
「大変なのはそこらへんの銃撃跡みたら分かる」
歩き回って、一つ一つの銃撃箇所を調べて回る。
「ふーん……結構な戦闘経験者が来たみたいだねえ」
ぼそりと呟く。
「おいアンタ」
「何ですか?」
「この手紙、読んだのか?」
ギルドの受付にある箱の中にあった黒い手紙を取り出した。
『我らは第三帝国の御使い。世界の運命を変えるため、ここに立ち上がらん』
一行だけの文章がある。
第三帝国という言葉はかつての独裁者ヒトラーが使った言葉だ。
ジョーカーは異質な黒い手紙としばらくにらめっこをしている。
「まさか、鳩川紀夫が絡んでいる……なんてことはあるか。余計なことしかしないヤツだもんな」
あははと笑って、ジョーカーは手紙を懐にしまった。
鳩川はドレスデン郊外にある地下研究所にいた。
「ふはははッ! ボクの愛が今日も輝いているぞ!」
鳩川はグレーの上等なスーツを着て研究所内を闊歩している。
澄んだ青色の液体で満たされた巨大なフラスコがいくつも並び、その中には人間が入っている。彼らにはいくつものコードが付けられていた。
「強化兵士をどんどん作るのだ! ボクの愛を込めて友愛の戦士たちを作るのだ! これは聖戦ならぬ愛戦なのだ!」
わめき散らしながら歩く鳩川に一人の中年研究者が近づいてきた。
「教皇様、例の実験が成功しました。これを大量生産することが出来れば大変な戦力になりますぞ。シミュレートしましたが、強化兵士の数倍の戦闘力を引き出すことが可能です」
研究者はうやうやしく鳩川に説明する。鳩川は友愛教団信者からは『教皇』と呼ばれることが多い。
「うむうむ。ボクちんの愛の賜物だな。それでアルベルト博士、アルティマティウムの研究は進んでいるのか?」
「はい。人体とのリンク。それによる筋力及び思考力の限界突破を可能にしました。しかし、リンクによる人体構造の破壊が弊害として表れます。この解決にはまだ何十年もかかるかもしれません」
アルベルト博士は彫りの深い顔を鳩川に向けた。身長は二メートル弱と高いため、自然鳩川を見下ろす形となる。博士は珍しい金色の瞳を動かして、白衣のポケットから取り出した書類を読み上げる。
「被験者『河野一郎』死亡。リンク失敗。被験者『リヒャルト』精神崩壊。リンク第三段階にて異常発生。被験者『アーノルド』死亡。リンク第五段階にて異常発生」
アルベルト博士はため息をつくと、書類を右手に抱えた。
「まだリンクによる死亡例が多いのが現状です。まずはこれを改善することから始めなければなりません」
博士はがっしりとした肩を落とした。
「まあ気長にやるのだ。強化兵士だけでも紫電亡き今、ボクに敵う者はいない」
鳩川はへらへらと笑っている。
「教皇、その『紫電』というのは?」
「かつて最強の暗殺者とされた男だ。日本人で『羅生門』という暗殺部隊の生き残りでな。事あるごとにボクの邪魔をするいけ好かないやつなのだ」
鳩川は手足をじたばたさせて怒り出した。
「ほう……興味深いですね。確か、『種蒔く者』と呼ばれる人間でしたね。誰にも扱えない『戒正』という刀を操る無双の忍ではなかったですか?」
「うむ」
博士は金色の瞳をぎらぎらと輝かせて質問を投げかける。
「そのジャパニーズの戦闘能力を計算したことがありますか? その男の思考回路を解析したことがありますか?」
「うるさいヤツだな。ボクの友愛脳の前にはそんなものクソの役にも立たない」
「……これは失礼しました。教皇様こそ世界一の頭脳の主。紫電など相手ではありませんな」
「分かればいいのだ。研究を続けるのだ」
その時、鳩川の携帯が鳴った。
「ああ、ボクだ。総長、お前はボクの愛が分からないのか?」
ぶつぶつと呟きながら鳩川は研究所から出て行った。
鳩川を見送ると、アルベルト博士はくつくつと笑い出す。
「『紫電』……最高の素材だ。生きているなら何としても見つけ出さねば……。そうすれば私の研究はさらに進む」
博士は狂気を孕んだ笑みを浮かべたまま、『小川一郎』と書かれたネームプレートがあるフラスコへと歩いていった。
こんにちは、Jokerです。
第二話目です。
少し修正を加えました。
鳩川紀夫君が絶好調です。誰か止めてくれ(笑)
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……