番外編:Another Story of Joker⑥ ~少年期の終わり~
翌日、零は予告どおりに小屋で眠っている大臣を狙ってきた。
そしてその前に俺は立ちはだかる。
「アンタ、暗殺者には向かないな」
「そうかな」
柔和な表情が一転して険しいものになる。
いや、険しいんじゃない。あれは覚悟を決めたんだ。
人を殺すということは殺されるということも想定している。
やはりあいつは一流の暗殺者なんだろうか。
昼の太陽は燦々と大地を焦がす。
俺はショットガンを構えた。
零も同じく得物を構える。
「遠慮なしだからな」
「無論」
俺は出来れば、この殺し合いはしたくなかった。
「「いくぞ!」」
二つの声が重なる。
俺は相手の動きを封じるために散弾をばら撒く。
しかし零はそれを切り払いながら俺に向かって前進してくる。
「甘いぞ、少年」
横なぎの一閃を銃身で受け止める。
多分手加減したな。
「これはお情けだな」
そう言って数メートル跳び下がった。
「上等だ、来いよ」
挑発する。もちろん零はそんなのには乗らないだろう。
「煽ってるつもりか、少年。俺はそんなに……」
木々の陰で何かが蠢く。何か黒いものが陽光を受けて輝く。
零はそれを見ると目を見開いて、姿を消した。
俺はその時何が起こったのか分からなかった。でも、一発の轟音が響いた後に何が起こったのかを理解した。
何故なら体を真っ赤に染めた敵が俺の目の前で仁王立ちになっていたのだから。
彼は腹のど真ん中に風穴を開けていた。
その弾丸は彼に当たらなければ寸分違わず俺の心臓を貫いていただろう。
彼は大量の血を吐く。
「あれを……撃て」
荒い呼吸で零は俺に告げた。木の陰に隠れている影を指差す。そして、どさりと力なく地面に崩れ落ちる。
「ちくしょうッ!」
俺はショットガンを構えると背を向けて逃げる間抜けな人影に向かって、ありったけの弾丸を乱射する。怒りに任せて引き金を引く。いつもは人を撃つ時にはわずかな躊躇があったのに、この時はそれが一切ない。怒号と共に何十発も弾丸をばらまき、人影が肉片に変わるまで撃ち続けた。
「おい大丈夫か?」
俺は人影が倒れたのを確認すると、零に走り寄った。そして、膝をつく。
太陽は燦々と大地を照らしている。じりじりとした高温が肌を焦がす。
「……無事か、ジュチ」
「喋るな。アンタ、馬鹿だよ!」
俺の瞳からは何故か大粒の涙がこぼれ始めていた。もう、何年も泣いたことなんかなかったのに。誰かのために泣いたことなんかなかったのに。
「はは、弟子にも……紫電にも言われそうだ」
零の腹にある穴から内臓が見える。それは弱々しく鼓動していた。
もう助からないだろう、この傷では。
「……何か、言い残すことはあるか? 俺に出来ることなら何でもしてやる」
「……忍がそんなこと言うと、でも?」
ぜえぜえと息をしながら零は笑みを崩さずに答えている。
「言えよ。そうでもしないと……」
泣いている俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。どうして、そんなに俺のために笑える? 俺はアンタの敵だったのに。
「俺はお前のような少年が、先に死ぬのを見るのが……」
吐血する。
「い、嫌なんだ……」
「俺はアンタに先に逝かれるのが嫌だよ! ちくしょう!」
体が震える。
怖い、わけじゃない。悲しい。苦しい。辛い。
「はは、お前こそ……優しすぎ、る」
顔から血の気が引いていく。顔には死相が現れ始めた。
「喋るんじゃない」
分かってる。もう、手遅れなんだって。
「俺はもう駄目だよ」
荒い呼吸を続けながら零は俺に言った。
「その、銃……を、引き金……を引く時は考えろ。何のために、引くのか……何故……銃を、使うの、か……」
一瞬、ふっと笑うと呼吸をやめた。
死ぬってこういうことなんだって初めて近くで感じた。
怖い。辛い。悲しい。
そんな単純な気持ちじゃない。それらが混ざり合った複雑な気持ちが胸の中から湧き上がってくる。
俺なんかが生きてていいのか? 俺も人殺しには変わりない。俺のせいで、今日も誰かが悲しみ、涙を流しているだろう。
俺は一体何なんだ?
無意識のうちに、俺はその場から逃げた。もうここにはいたくない。
森の中で一人で泣くと、少し気持ちがおさまった。でも、解決したわけじゃない。
「戻ろうか」
重い足を引きずって、大臣のいる空き家へ向かう。この時、俺はあることを決断していた。
こんばんは、Jokerです。
更新頻度が遅れてしまい、すみません。
あと一話でジョーカーの過去話も終わります。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……