第八話:影の動く頃
翌日の朝、ジョーカーは一旦ギルドに戻った。
そもそもアルベルトのラボがどこにあるのか分からない。
「コレットちゃん、あのミイラ男いる?」
愛想良く、受付に座るコレットに尋ねた。今日はグレーのスーツにタイトスカート。ぴちっとした服装だ。
「いません!」
帰ってきたのは無愛想な答え。
「もちっと愛想よくしようよ。お嫁の貰い手がげふう!」
強烈なビンタがジョーカーの頬に炸裂していた。
「さっき出かけていきましたよ。何でも重要な案件だそうで」
「あの男、ホントに何者?」
頬をさすりながら訊く。
「分かりません。経歴が一切謎、ですね。強いて言うなら、アジアの人かなって思いますけど。肌の色が黄色でしたから」
二人の知らないところで計画は刻一刻と進められていた。
村雨は単独で、ある人物を追っていた。
ドレスデンに現れたという過去の人物。
ドイツを恐怖に陥れた独裁者、アドルフ=ヒトラー。
彼が生存しているという情報をギルドから入手したのである。
半世紀以上の時を越えて生きているなどありえない。
ドレスデンのギルドにベルリン総局から指令が下ったのはジョーカーがギルドに戻る数時間前だった。
総局からの指令を受けて、村雨はベルリンに向かう。
情報によれば、ブランデンブルグ門でヒトラーを見かけたというのである。
「……」
ベルリンの中央総局に入ると終始無言で説明を受けた。
担当者は不気味なエージェントに困惑しながらもてきぱきと説明をこなす。
説明を全て聞き終えると、やはり無言で村雨は去っていった。
時刻は夕闇が支配する頃。
村雨はブランデンブルグ門の下にいた。街の光が眩い。門も色鮮やかにライトアップされていた。
ブランデンブルグ門は黄色がかった灰色の砂石を使って作られた古風な門である。門といっても大きな扉がただ一つあるわけではなく、小さく区切られた五つの通行路が用意されている。
そんな風景の中で村雨はただ静かに待っていた。
手には忍者刀。
「物騒なものを持っているじゃないか」
かつてドイツを震撼させた男があの日と変わらぬ姿でそこにいる。
「……」
「言葉が話せないのかね?」
ヒトラーの着ているナチスドイツの軍服が風に揺れる。
答えは無言。
「そうかね。君とは仲良くやれそうだと思ったのに残念だよ」
ヒトラーは腰に差しているサーベルを引き抜いた。
同時に駆け出す。
金属がぶつかり合う音が鳴り響いた。
「なかなかどうして。運動神経が強化されているとは。アルベルトめ」
ぶつぶつとヒトラーは呟く。
村雨は獲物を狩る獣のように鋭い瞳を敵に向けた。
「久しぶりにいい緊迫感だ。戦はこうでなくてはな」
余裕の笑みで村雨の放つ斬撃を受け止める。
「せっかくだ。私の復活宣言でも聞いていくかね」
周囲にいる通行人がざわざわと騒ぎ始めた。
「ま、ここにいる無粋な輩にも聞いていただくとしようか」
心底楽しそうにヒトラーは言う。
「我が使命は第三帝国の再興! そのために冥府より舞い戻った!」
通行人を切り裂きながら独裁者は嘲り笑った。
「もろいもろい。斬られて死ぬ。それくらいで死ぬ。本当に下等生物どもだ」
何人も何人も斬っていく。
その行為に躊躇いはない。
「それが貴様がここに現れたカラクリか」
村雨が初めて口を開いた。惨劇に逃げ惑う人々を見て、かすかに唇は震えていた。
そして顔に捲いていた包帯を剥ぎ取る。
「茶番は終わりだ。貴様はここで死ね」
包帯の下からは精悍な青年の顔が現れた。額には大きな傷がある。
「面白い。包帯を剥ぎ取ったくらいでどれほど違うのか、私が直々に確かめてやろうではないか」
「一分で殺してやる。かかってこい」
青年は緑色に輝く刀の切っ先を相手に向けて、柄についている引き金を引いた。
こんばんは、Jokerです。
ついにあのお方が出てきました。
誰かって?
ご想像ください(笑)
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……