番外編:Another Story of Joker④ ~戦場の少年~
零は血まみれになって空を見上げていた。
朱に染まる夕焼けの空。
そしてそれを覆う灰色の戦闘機たち。
「大臣!」
俺は飛び出した。
空からの機関銃が俺の前に降り注ぐ。
「危ないぞ、少年。いや、ジュチ=ハルディア」
何故、俺の本名を知っているんだ。誰にも明かしたことはないし、政府の連中でさえ知らないのに。
「アンタ、何者だ?」
得体の知れない暗殺者に問いかけずにはいられない。この男には違和感を覚える。そう、俺はこの男に興味を持ったのかもしれない。
「俺は零だ。それ以外の何者でもない」
零の前にはアンコール大臣が倒れている。
「大臣!」
「来るな!」
零は鋭く言った。
俺の前に火炎弾が投下される。
ごうごうと燃える炎が俺と零の前に出現した。それはコンクリートを少しずつ焦がしていく。
「死んではいない。安心しろ」
夕暮れの空が俺には血の色に染まっているように見える。
屋上から見える大地では一方的な虐殺が繰り広げられていた。
「無惨、だろ」
零が力なく口を開く。
「これが戦争であり、殺し合いなんだ。お前はこちら側へ来てはいけない」
俺とは違う誰かに言うように。
「そういうわけにはいかない。俺の任務は大臣を守ることだ!」
「血気盛んなのはいいが、現状を認識しろ。そして出来ることと出来ないことを即座に判断しろ。戦場では命取りになるぞ」
零は素早く背中の刀を引き抜いて、投げる。
それは寸分の狂い無く、戦闘機の動力部に突き刺さった。数秒と経たず、戦闘機は爆発する。
「お前一人でここを脱出するんだ。この男は怪我をして動けまい。この男を抱えていたら、お前も危ないんだぞ」
「アンタ、大臣を殺したいだけなんじゃないのかよ」
「それもある」
なんて正直な男だ。暗殺者とは思えない。
「俺も任務があるんでな。とっととターゲット始末して帰りたいところなんだが……」
ヤツは上を見た。
「こんな状態を放っておけるほど冷酷でもない」
これが零の弱さであり強さなんだろう。人殺しになるには優しすぎる。
零は跳躍して戦闘機に飛び乗り、刃を動力部に突き立てた。その刃は不思議な緑色に光っている。あれが『羅刹』というヤツの獲物か。
戦闘機は煙を数秒上げると、爆発して堕ちて行く。墜落する前に零は次の戦闘機に飛び移り、同じように忍者刀を突き立てていく。
「これが、世界最強の腕か」
あっけにとられた。そこにいるのは人間ではない。人間の皮を被った何かだと思いたかった。それほど零の肉体能力は人間離れしていたのだから。
しかし、感心して見物しているわけにもいかない。
俺はアンコール大臣をとりあえず屋内に避難させた。
というか、何故ヤツは傷を負ったのだろう。戦闘機と互角以上の機動力。人間ではありえない戦闘力を有するヤツが何故傷を負うのだろう。
その答えはすぐに見つかった。
気絶してはいたが大臣は無傷だったからだ。
きっと大臣を庇ったに違いない。本当に暗殺者なんかには向かない男だ。
「早く助けにいかないとな」
大臣を兵士たちに託すと、俺は屋上への階段を駆け上がった。
屋上にたどり着くと、不思議な人物がいつの間にか立っていた。
彼はにやりと笑うと、空を舞う零に見とれるような眼差しを送っている。
「素晴らしい。素晴らしいよ」
ガタイのいい白衣を着た壮年の男は空を見上げて拍手をしている。
「アンタ、邪魔だ。どいてろ」
俺はショットガンを戦闘機に向ける。
轟音とともに特製の弾を発射した。
戦闘機の動力部に命中すると巨大な爆炎が立ち上る。その機は火炎に抱かれながら粉々に砕け散った。
「いやいや、気にしないで戦闘を続けてくれたまえ。君などには用がないのでね」
腹をよじって笑う。気色悪い。
彫りの深い端正な部類の顔だが、アレは間違いなくマッドサイエンティストだ。何となく分かる。
ほぼすべての戦闘機を駆逐すると、零は俺の前に降りて来た。
「少年、怪我はないか」
穏やかな微笑を湛えて安否をうかがう。
「大丈夫」
「そうか、君が零君かね」
白衣の男は零に歩み寄った。
「貴方は?」
その声には幾分かの警戒が混じっている。手こそ武器から離しているが、俺の安全を確認した時とは雰囲気が違う。
「私か? つまらん科学者だよ。アルベルト=ヴィルヘルムという」
自己紹介を終えると、奇妙な男は演説をするが如く滑らかに喋り出した。
こんばんは、Jokerです。
この番外編もそろそろ佳境です。
加えて、ジョーカーの本名も出しました。
ジュチ=ハルディアというのですがモデルはチンギスハンの子(おそらく実子ではない)のジュチです。ジュチというのは客人という意味だそうです。詳しくはまた。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……