第七話:過去からの贈り物
レオンハルト=ヴィルヘルムはドイツ陸軍中将となっていた。
三十代にして将軍に上り詰めた異例の人物として知られている。しかし、特に有能というわけではない。軍功があるというわけでもない。不思議な人事に疑念を抱かない人はいなかった。
レオンハルトは『ゲシュペンスト』のロンメルに秘密裏に再三軍に戻るように依頼をしていた。というのも、元々ロンメルは軍の人間だったからだ。
数年前のこと。軍部の汚職事件が発覚すると、当時大尉だったロンメルは迷い無く軍を辞した。それは己の求める軍の姿とかけ離れていたからであり、自らの理想を追い求めることが出来ないと考えたからだった。
ロンメルは軍を辞める時にこう言った。
『レオンハルト殿。私は国のために、この国の人々を守るために軍に入りました。しかし、今軍部は国民ではなく己の保身ばかりを考えている。この場所にこの身を置く事は出来ません』
レオンハルトは掛ける言葉を失い、見送る。
数年前の出来事をロンメルは自宅の椅子に座りながら思い出していた。
軍を辞め、自暴自棄になって『ゲシュペンスト』に入った。
その戦闘手腕と判断力からトップにまで上り詰める。元々優秀なロンメルには容易いことだった。
「小生は一体何をしているのだろうか」
悶々とする日は続く。
鳩川からの依頼を受け、それをこなしたがその後のことは考えていなかった。
『ゲシュペンスト』の解散。それは胸中では決まっていた。アルベルトの行動があまりにも不審すぎる。それを調査し、その中間報告を受けた時から。
自分はここにいるべきではないとずっと考えていたからである。
それよりも鳩川から紫電という若者の話を聞き、紫電について調べてみたことで己の進む道を真剣に悩み始めたことが大きかった。
国のため。国民のため。この身は護国の鬼となる。
いつもロンメルが軍人時代に口にしていた言葉である。
それは彼の誇りでもあった。
「我に七難八苦を与えたまえ」
ロンメルは椅子から立ち上がると身支度をして、家から出た。
行き先は『ゲシュペンスト』本部。
組織の解散を告げるために。
鳩川紀夫は今日もふらふらと歩き回っていた。
母親から受け継いだ財産を使い、悠々自適の生活を送っている。たまに高級クラブでハメを外しては追い出されるということを繰り返しながら。そのため、あまりの愚かさ具合に最近では『ルーピー』と揶揄されることも少なくない。
鳩川はアルベルトを全面的に信頼していた。
強化兵士の作製、自分の護衛。
己の身を守るために金さえ払えば何でもしてくれる。
利害関係は一致していた。
鳩川にはある計画があった。それは友愛教団による日本制圧。
日本制圧のための軍事力として強化兵士を作り、アルティマティウムを改造し『第零機関』を使った超人の作製を画策している。それが成った暁には日本は簡単に制圧できると考えていたのである。
事実、『第零機関』には無限の可能性が秘められていた。逆に言えば、ブラックボックスがかなり多く存在するということである。そのため、危険性もある。
鳩川はそれを無視した。
愛があれば何も無い。愛を信じれば奇跡は起こると本気で信じていたのである。信じられない話だが。
アルベルトは鳩川に『第零機関』完成の報告をしていなかった。元々アルベルトにとってはパトロンとしての魅力しかなく、発明品を独占したいという意思があったからだ。
鳩川はアルベルトの掌で踊っていた。
ロンメルは『ゲシュペンスト』本部でアルベルトの所属する研究チームを除いた全員に告げた。
「本日、この時を以って『ゲシュペンスト』は活動を永久停止する」
地下に作られたレンガ造りの広場によく通る声が響く。
「各々、己の目標を追い求めよ。己の理想を追い続けよ」
それだけ言うと、ロンメルは言葉を止めた。
構成員からは一言も反応が無かった。
ロンメルは早々に家に戻ると、納戸にしまっている刀を取り出す。
その日本刀はかつて大尉時代に剣術を教わったジャパニーズから贈られたものだった。
「懐かしいな。あの頃は青い理想に燃えていたな」
刀を抜く。
しっとりと湿ったような薄い青色の刀身が顔を見せた。
「今再び。護国の鬼とならん」
刀をベルトに引っ掛けるように差す。
そして、アルベルトのラボへと歩を進めた。
こんばんは、Jokerです。
今後、仕事の都合で更新頻度が下がります。
ご了承ください。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……