グリとグラ-4章-
森の奥へ進もうとしたときだった。
胸の奥に、かすかにざわりとした感覚が走った。
心臓を軽くつままれたみたいな、不思議な違和感。
「ひな先生? どうしたの?」
あすかが心配そうに覗き込む。
「……ううん、なんでもない。」
そう答えながらも、私は気づいていた。
——この感覚、知っている。
子どもの頃。
母に読み聞かせてもらった絵本の“続き”を夢で見ることがよくあった。
その中で、私は何度も死にかけた。
崖から落ちたり、怪物に襲われたり、炎に焼かれたり。
でもいつも“元の場面に戻って”またやり直していた。
私はずっと、あれはただの夢だと思っていた。
けれど今は違う。
この世界に来て、はっきりわかった。
——あれは「死に戻り」だった。
森の風が鳴り、木々が揺れる。
私は目を閉じ、胸の奥底に意識を沈める。
すると、視界の端に文字が浮かんだ。
⸻
【死に戻り:使用可能回数 3 】
⸻
「っ……!」
思わず息を呑む。
あと3回。
この世界で“死んだら”そのたびに戻れる。
だけど——3回しかない。
全部使ったらどうなるのか?
もう戻れないのか?
それとも、消えるのか?
考えるほど、背筋に冷たいものが走った。
「ひな先生、ほんとに大丈夫……?」
あすかの小さな手が、不安げに私の袖をつまむ。
私は笑顔を作った。
「大丈夫だよ。ちゃんと“守る”から。」
この子を不安にさせるわけにはいかない。
死に戻りなんて、説明しても余計に怖がらせるだけだ。
そう思っていたのに。
——その時。
森の奥から、低く唸るような声が聞こえた。
「……なんか、変な声した。」
あすかが私の背に隠れる。
私はゆっくりと声のした方に振り向いた。
そこにいたのは——
**巨大な影。
おそらく、“この森の主”のような存在。**
一本角が生え、樹木のような体躯を持ち、
目のような光が複数こちらを向いている。
「ひな先生……あれ、絶対やばいよ……」
「……うん、あれはやばい。」
その瞬間、影が地を揺らすような咆哮を上げた。
ドォンッ!!
「逃げるよ!!!」
私はあすかの手を掴んで走り出した。
だが、影の主は想像以上に速い。
木々をなぎ倒し、まっすぐこちらへ迫ってくる。
「ひな先生!!」
あすかの叫びと同時に、足がもつれた。
——そして視界が黒い影に飲み込まれた。
◆
──暗闇。
そして、光。
◆
次の瞬間、私は“さっきいた場所”に立っていた。
あすかが心配そうに私の腕を掴んでいる。
「ひな先生? 急に止まってどうしたの……?」
倒れてもいない、襲われてもいない。
ほんの十秒前に戻っている。
夢じゃない。
死に戻ったんだ。
⸻
【死に戻り:使用可能回数 2 】
⸻
「……っ!」
数字が減っている。
二度と味わいたくないほどの恐怖。
でも、死が“やり直し”で済む保証はあと2回。
深く息を吸い、私はあすかの手を取った。
「あすかちゃん、じっと聞いて。
これから、すごく危ないものが来る。」
「ひな先生、知ってるの……?」
「うん。だから──私を信じて。」
私はもう一度周囲を見渡す。
そうだ。
死に戻ったからこそ“知っている未来”がある。
回避できる道があるはずだ。
あと2回。
それを無駄にしないために。
森の奥から、再び影が揺れる。
私はあすかを抱き寄せて走り出した。
——同じ死は、二度も許さない。
物語の中心へ。
帰るために。




