グリとグラ-2章-
あ、あすか…ちゃん?」
目の前のゴブリン——いや、“元”あすかちゃんが、しょんぼりとした目でこちらを見上げていた。
あの反抗的で気怠そうな視線とは似ても似つかない。
緑色の肌に尖った耳、少し大きな牙。
でもその奥にある瞳は、確かに“あすか”のそれだった。
「ひな先生、どうしてそんな怖い顔してるの…?」
「……ごめん。びっくりしちゃって。」
思わずしゃがみこんで、ゴブリンとなったあすかの顔を覗き込む。
夢のはずなのに、土の匂いも湿気も、あすかの体温さえもリアルだ。
…まずい。この“夢”、どこからどう見ても現実だ。
「ねぇひな先生、他のみんなは? ここ、どこなの?」
「……わからない。でも、たぶん絵本の世界だと思う。」
そう言うと、あすかは目を丸くして私の体にしがみついてきた。
抱きしめた腕の中の感触は、完全にゴブリンだ。
けれど震えている様子は、いつも私に反抗していた子供そのものだった。
「ひな先生、こわいよ……」
その声に胸が締めつけられた。
あんなに手を焼いていた“問題児”が、今は私を頼って泣いている。
「大丈夫。私がついてるから。」
そう言って頭を撫でると、あすかは少しだけ落ち着いたようだった。
——その時。
遠くの森の奥から、低い唸り声が響いた。
グルルルル……
「……あれ、聞こえた?」
あすかが不安そうに私の服を掴む。
私も、その音の正体を知ってしまっていた。
絵本『グリとグラ』にそんな“敵”なんて出てこない。
ここはもう、ただの絵本の世界じゃない。
その瞬間、茂みがガサッと揺れた。
私は本能的にあすかを背中にかばった。
そして——茂みの向こうに現れたのは、
巨大な“卵”を抱えた、影のような獣。
まるで誰かが“絵本の世界”を、別の物語に書き換えてしまったみたいに。
「……あれ、カステラの卵じゃないよね?」
私が震える声で呟くと、あすかが青ざめながら首を振った。
「ひな先生……帰れるよね? これ、夢だよね?」
私は答えられなかった。
——なぜならその“獣”が、私たちを見つけて、ゆっくりと口を開いたからだ。




