ツーショット
また寝落ちしていたな──。
最近ちょっと、疲れてるかも。
講義の論文にずっとかかりきりだったり、でも一人暮らしで金欠だからさ、バイトもほぼ毎日入んなきゃだし、でも空いた時間に飲み会とかもあったり。
そんなこんなで、最近はスマホいじりながら寝落ちしちゃうのがすっかり日常。
電気を消してベッドに潜り込んで、その時はもう寝ようって思ってるんだけど、ついついスマホに手が伸びちゃう。
スマホの画面だけが光ってて、真っ暗な部屋の中をぼんやり天井とか壁を照らしてて、一人きりの空間なんだって実感出来て不思議と心地いいんだよね。
それからうつ伏せになって、今見る必要もないのに動画とかSNSとかだらだら追っかけてさ、ポチポチ、ポチポチと。
そりゃ最初は見たい動画とか、ちょっとした投稿ネタとか追っかけてさ、でも気づくとどうでもいいタイムラインをただただ眺めてるんだよね。
もう頭も目も寝る準備はできてるのに、指はせわしなく動いててさ、画面をスライドして何かを覗いては、次の何かを求めてシークバーをいじったりしてる──
──で、そうこうしてるうちにそのまま寝ちゃうんよ。
日付が変わったあたりでね、まぶたが重くなってきて「あ〜もう無理」って思った次の瞬間にはもう朝。
起きるとぼんやり見渡すと、手に持ってたはずのスマホがベッドのどこかに転がっててさ。
布団の中とか、枕の下に隠れてたり、ベッドから床に落ちてたりもする。
見つけて画面つけてみたら、なぜかカメラが起動したままだったりしてるんだよね。
ギャラリーを見たら、ピンぼけの意味わかんない写真が入ってたりして、「あ〜、寝ぼけてシャッター押しちゃったか」って苦笑いするしかなくてさ。
それ以外にも、ブラウザの履歴に謎の検索ワードが残ってたりもする。
それで変なサイトとかに繋がってたらシャレにならないし、ほんと気をつけなきゃなーって思ってるんだけどね。
そんな感じで、あの日もバイトから帰ってきてさ。
体はクタクタなのに頭だけ妙に冴えちゃって、よくあることだけどね、めずらしくもない。
いつものようにベッドに潜り込んで、やっぱりスマホを開いてしまう。
疲れてるんだけどねぇ……眠れるはずなんだけどねぇ……どうしてもなにか刺激を探しちゃうんだよね。
ちょっとだけ動画見て、あとはSNSで流れてくる誰かの愚痴とか、写真とか、どうでもいいニュースとかをぼーっと眺めててさ。
で、だんだんまぶたが重くなってきて、指もだるくなってきて、画面もぼやけてきて──
──カシャッ。
……んぅ?
ふとした意外な音。
スマホの通知音とかじゃない、でもどこかで聞いたことある感じの音。
何の音だっけ?
って体がピクッて勝手に反応して、まどろんでたけど、目をうっすら開いたよ。
闇の中で、ぼんやりと部屋の物が影だけ見えていて「あれ、今の音、夢の中の音かな……?」ってぼーっと思ってた。
だから、もう一回寝ようかなーって、寝返りを打とうとしたら、なんとなく右手でスマホを探し始めててさ。
枕の横のあたりの物陰を適当に手探りしてたら、コツンと硬いものにぶつかって拾い上げたんだ。
そのスマホ、画面を見たら──あれ? ってなった。
「スリープになってない、カメラ、起動してる?」
画面の右下に、最後に撮った写真が小さいサムネになっててさ。
目もうっすら開いてて、口も軽く開いてて、タップでズームしなくてもわかるくらいめちゃくちゃ間抜けな寝顔があった。
「うわ、だっさ……」って思わず声出たよ。
ああいつも通りだ。
寝ぼけてカメラ起動しちゃって、シャッター押したやつだよな、やらかした。
不意打ちで油断した自分の顔なんか見たくなかったんだけどね。
だからさ、写真削除しようって思ってギャラリー開いたんだよね。
そしたら、一枚だけじゃなかった。
たくさんの、真っ暗な背景の写真が並んでいたんだよね。
出てくる出てくる、自分の寝顔の写真がずらーっと並んでてさ。
いやいや、待って待ってよって感じ。
寝惚けてこんなに撮ってた? って。
間抜けに口開けて寝てる自分が、ずーっと続いてるんだもん。
たまに撮影ミスって画面の端にフレアっぽい光が入ってたりとか、たしかに微妙に違いはあるけど、連写されてる自分の寝顔がずらーっとだよ。
で、うわー……寝惚けるとこんなん撮っちゃうんだぁ、まじかーって。
次のやつ、その次のやつって見ていったらさ。
最初はね、ほぼ真正面から自分を撮ってる感じなんだけど、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、写真の角度が横にずれていってるんだよね。
寝返りでも打ったかな? って一瞬思ったけど、
ほんとに、ちょっとずつちょっとずつ、ナナメから撮ってるみたいになってきて、
そのうち完全に真横からのアングルになってて──
「器用なやつだなぁ……」
って思って見ていったら、真横どころか自分の後頭部が写るようになってたの。
で、そこからどんどんカメラが引いてるみたいな、自分の姿が小さくなっていってて……
いやいやいや、いや待て待て。何それ。
どう撮ったら自分こんなふうに写んの? って。
それこそ天井近くから撮ったみたいな高さから撮っててさ。
その写真見て「いやいや、意味わからん意味わからん……」ってなったよ。
けどまあ、寝ぼけてたし、なにかの偶然だっけ? とか頭回らん中でぼんやり眺めていてさ。
「これ、誰が撮ったんだろ……?」
気づいたら口からぽろっと出てた。
だって写真の構図が、誰かが自分のスマホ勝手に使って、ずっと自分を何枚も撮影したみたいだった。
手元にあった自分のスマホを、誰かが取って?
いやいや、だって自分は一人暮らしだし、そんなことありえないんだけど。
でも可能性としてゼロじゃないって思った瞬間さ。
部屋にスマホ盗もうと侵入していた奴がいたってこと? って思ってなんかムカムカしてきたんだよね。
今のスマホって普通に高いじゃん、個人情報だって山ほど入ってるしさ。
それ盗もうとしていた奴がいたかもってことじゃないの?
冗談じゃないよマジ、ってスマホ握りしめてさ。
ああ、きっと途中で自分が目覚めかけたのに気づいてさ。
慌ててスマホ落としたとかんだろうね、そういうことでしょ? って。
「うん、まあ自分の勘がギリギリで働いて、最悪の事態は避けられたってことかもな」とかまあ、不思議と納得しかけててさ。
だからちょっとだけ得意げっていうか、「自分、意外と危機察知能力あるじゃん」とか思いかけてたんだよね。
んで、そのままぼんやりスマホ眺めてたらさ──
──カシャリ。
……は?
今の、スマホのシャッター音だったよな?
自分、何も押してないんだけど。
画面も触ってもないし、シャッターボタンに指もかけてない。
なのに、はっきり「カシャ」って音が響いて──?
一瞬、息止まった、あ、マジ。
部屋は相変わらず真っ暗で、唯一の明かりがスマホの画面だけ。
あれだけ眺めてたギャラリー画面は、いつの間にかスッと消えてて、代わりに、今撮られたばっかの写真がプレビューされてる。
……でも、すぐには見れなかった。怖くて。
いや、どうせまた間抜けた自分の顔なんだろうけど。
なんだろうけど、そう思おうとしたんだけど、心臓の音がバクバクしてるの、止まんなくてさ。
だってだってさ。
さっきまでギャラリーに並んでた「どんどん引いていく写真」。
あれ、逆だよね?
はじめは遠くから撮影して、それから近づいてきて自分のすぐそばでシャッターを切って……
カシャリ──
──またシャッター。
ビビった自分は避けていたスマホの画面を見てしまった。
そこには驚いてるような、怯えてるような、なんとも言えない表情。
だけど画面の右端。
自分の肩のちょっと後ろ、ほんのわずかな隙間に──影、なにか“いる”。
うわ、無理無理無理、って思ったそのとき。
……耳元で
「ハァ────……」
吐息。
すぐ隣に、誰かいる。
おわり
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