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誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂けましたら評価ボタンを押して下さいますと大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 「『魔塔』には魔法を研究して作ってる人と、その魔法を使いたい人が所属してる。これであってるかしら?」


 ディアドラの質問にミディアはこくりと頷いた。


 「はい、そうです」


 当然、ミディアは魔法を研究している側だ。

 なにしろ、魔法を使うのは壊滅的に向いていない。


 「スペルと魔法陣っていうのは別物なの?」 

 「ええと……別の形ではありますが、もともとは同じものです。

 魔法陣に描かれた式を、声に出して唱えるのがスペルなんです」


 ミディアは少し唸ると、あいている地面に小さな火の魔法陣を描き始めた。

 無論、その手は休めることなく、今も睡眠の魔法陣に魔力を注ぎ続けている。


 「魔法というのは、精霊の力を借りているっていうのは知ってますか?」

 「ええ、それは知ってるわ。火とか水とか、いろんな精霊がいるのよね。

 ──精霊って、神様とはまた違うものなの?」

 「そうですね。魔塔では精霊と呼んでいますが、別の国や部族では神様として信仰しているところもあります。

 たとえば、ドワーフ族みたいに地中に住んで鍛冶を生業にしている人たちは、火や大地の精霊を神として祀っていると聞きます。

 つまり──あくまで、魔塔では精霊と呼んでいる、というだけの話なんです。

 教会の教義に配慮して、あえて『神』とは呼ばないようにしている面もあると思います。教会は光神ロタティアンを唯一神と定めていますから」

 「なるほど。ラシャド王国では教会もそれなりの力を持っているから、精霊を神とは呼べないのね。

 ──それで、魔塔の魔術師は、その精霊たちの力を借りて魔法を使うってわけね?」

 「はい、そうです。魔法使いは、精霊に呼びかけるんです。

 『火の精霊さん、力を貸してください』──そんな風に。

 でも、人間の言葉では精霊には通じません。だから、間に立つ通訳みたいな役目を果たすのが魔法陣です。

 魔法陣は、精霊に語りかけるための"譜面"みたいなものなんです」

 「──随分と複雑な譜面なのね」

 「正確には文字じゃないんです。精霊の言葉は人間には難しいので、その発音を代行させる譜面、みたいな」

 「それじゃあ、今書いたのが『火の精霊』をしめす譜面なの?」

 「そうです!」


 ミディアは嬉しそうに笑うと、すぐに次の魔法陣を書き加え始めた。

 指先が地面を滑り、いくつもの細かな曲線が、精霊たちへのメッセージとなって紡がれていく。


 「まず、『火の精霊さん』と呼びかけます。それから、してほしいことを一つずつ書き加えていくんです。

 例えば有名な魔法だと火の矢を放つ『ファイアアロー』。

 あれは『火の精霊 ー アロー ー 強化』ってこんな感じに魔法陣を足していくんです」


 するすると杖を動かすと、魔法陣の隣に新たな魔法陣が浮かび上がる。


 「ふむふむ。そこまでは分かるわ」


 ディアドラはうなずく。


 「でも、精霊さんもタダでは言うことを聞いてくれません。

 ──さて、対価として、魔術師が差し出すものは何だと思いますか?」

 「そうね……、魔力、かしら?」

 「正解です。

 だから、魔法陣にお願いごとを書き、そこに魔力を流し込むことで、精霊に対価を支払うんです」


 ミディアは杖で軽く魔法陣を叩いた。

 本当なら、このままファイアアローが発動してくれるはずだ。

 ──だが、ミディアの魔力効率では、発動までに三十分以上はかかるだろう。


 「でも、実際にファイアアローを撃つ時、魔術師が地面に魔法陣を書いているのは見たことがないわ」


 ディアドラは首を傾けた。


 「そこで出てくるのが、スペルなんです。

 さっき、魔法陣は"譜面"みたいなものだって話しましたよね?

 あれは本来、精霊に向かって発する"音"の設計図みたいなものなんです。

 人間が精霊語を発音するのは難しいですが、絶対に無理というわけではありません」


 ミディアは小さく指を立てた。


 「とくに、よく知られた魔法なら、発音が判明しているものもあります。

 『ファイアアロー』の魔法陣に対応する音は──

 『ル・アラ・リーヤ・スル・アーナ・リャ・トーヤ・ドゥ・ファクナ』。

 これが、そのスペルです」


 「その詠唱なら聞いたことがあるわ」


 ディアドラがぱっと顔を明るくする。


 「はい。多くの魔術師は、この"音"──つまりスペルを唱えて精霊に呼びかけ、魔力を捧げ、魔法を発動させているんです」


 ミディアもスペルによる詠唱は一応できる。

 ──だが、問題は、魔力変換がとにかく遅いことだった。

 スペルは単なる言葉ではない。一語一語に魔力をのせなければ、精霊には届かない。


 たとえば、ファイアアローの最初の『ル』──。

 普通の魔術師なら一息で言えるこの音も、ミディアの場合は、「るーーーーーーーーー」と十分間くらい叫び続けないと、魔力が十分に乗らない。

 ──そんな調子では、実戦で使えるわけがない。

 だから、ミディアは基本的に、魔法陣を描いて魔法を使う方式を選んでいるのだった。


 「魔法陣を書くのは、譜面の音がまだ判明していない場合です。

 一般的な魔法でも、効果を拡張しようとすると譜面に追加が必要になって、その読み方が分からなくなるんです。だから、その場合も魔法陣を採用します。

 それから──新しい魔法を発明する時も同じですね」


 ミディアは指先で小さな魔法陣を書きながら続けた。


 「魔法に別の効果を付け加えるのって、すごく繊細なんです。

 適当に式を加えても、機能しなかったり、回路が正しくつながらずに魔力が暴発したりする。

 だから、安全な回路を作って新しい魔法を完成させて、できればそのスペルを解明する──それが『魔塔』にいる研究者たちの仕事です」

 「そういうことなのね。とっても面白かったわ」


 ディアドラが笑顔で応えると、ミディアは嬉しそうに顔をほころばせ、照れたように頭をかいた。


 『魔塔』では、ミディアはずっと「出来損ない」扱いだった。

 彼女の話に耳を傾けてくれる者はほとんどいない。

 研究に没頭する魔術師たちはまだましだったが、彼らもまた、ミディアと同じように塔にこもりきりだった。

 実地で魔法を使う魔術師たちに至っては、ミディアの評価はほとんど地に落ちていた。


 「あ、あの、ディアドラさん……ありがとうございます。

 その……話を聞いてもらえて、すごく嬉しかったです」


 ミディアが思い切って口にすると、ディアドラは少し驚いたように目を見開いた。


 「どうしたの、子猫ちゃん。お礼を言うのは私の方よ?」

 「で、でも、私はへっぽこなので……。

 私の話なんて、あんまり大事じゃないといいますか……」


 ミディアはおずおずと視線を伏せた。


 「それって──誤解しているんじゃないかしら」

 「誤解……?」


 ええ、とディアドラは静かに頷いた。


 「だって、私──こんなすごい魔法陣、見たことないわ。

 それに、あの砦全体に睡眠魔法をかけられる魔術師なんて、聞いたことがないもの」


 ディアドラの率直な言葉に、ミディアはおろおろと手を振った。


 「あ、ああ、それは、その、私の魔力効率が悪いというか……唯一の利点というか……」

 「どういうこと?」

 「魔法効果の拡張って、とても危険なんです。

 うっかり魔法陣の配置を間違えて精霊暴走の閾値を超えたりすると──最悪、死にます」

 「大変じゃない」


 ディアドラが目を見開く。


 「はい。だから、魔法陣を作ったら、まずは少量の魔力を流して、精霊暴走の閾値を超えていないか、拡張式の挿入が適切かなどを確かめます。

 でも、『ちょろちょろ』と魔力を流すって、意外と難しいんです。

 それに、少量でも魔力は消耗しますから、新しい魔法を試す前に魔力切れになってしまうこともあります」


 ミディアは照れたように笑った。


 「でも、私は──もとから、魔力の流れがちょろちょろなので。

 ゆっくり確認しながら、慎重に作業できるんです。しかも、魔力量だけは多いので、滅多に枯渇もしません」


 魔法陣を描き、まずは細く魔力を流して安全性を確認する。

 問題がなければ、回路全体に魔力を満たし、魔法を完成させる。

 もし魔力が尽きると、魔法陣は消え失せ、努力は水泡に帰す。

 ──いや、それどころか、術者の命そのものが失われる。

 魔力が完全に枯渇した時、人はその身をも消し去られ、ただ宙を漂うエーテルだけが残るという。


 ミディアは──時間さえかければ、多重に効果を付与した魔法を作り上げることができる。

 そして、それを発動させるだけの十分な魔力も持っている。

 魔力切れを心配することは、まずない。


 ただし。

 とにかく──ものすごく、恐ろしいほど、時間がかかるのだ。


 「でもそれって──」


 ディアドラがぽつりと呟き、まじまじとミディアを見つめた。


 「とても稀有な才能なんじゃないかしら?」

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