④
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号令とともに真っ先に洞窟へ飛び込んだのは獣人であるディアドラだ。
野生の瞬発力と絶対的なバランス感覚。足元が不安定な洞窟ですらものともせずに疾駆する。
電光石火。囚われた女たちを保護するべく、わき目もふらず最深部へ突き進む。
「て、敵襲……ッ!」
酒におぼれ、女達に酔いしれていた山賊はまともに衣服さえつけていなかった。
襲撃を知らせる声は半ば悲鳴まじりになる。
次いで踏み込んだのはアレクシアだ。
武器をとろうとする山賊のふところに潜り込むや、みぞおち目掛けて強烈な蹴りを繰り出した。
山賊の体は浮き上がり、壁へ叩きつけられて沈黙する。
一体何が起こっているのか、山賊たちは理解すらできなかっただろう。
あっという間に洞窟は、剣戟の音と悲鳴とで満たされた。
騎士団が怒涛のごとく雪崩れ込む。
盾を構えたまま前進し、訓練された動きでもって空間を一方的に制圧していく。
「生け捕りを忘れるな! 首を刎ねるな、膝を折れ!」
副隊長の号令が飛び、騎士たちは殺さぬよう、膝関節や肩口を狙って的確に動く。
手足を砕かれた山賊たちは、血反吐を吐きながら次々と倒れ伏していく。
リーダー格だけは素早く立ち上がると、唯一まともな武器を手に反撃に打ってでた。
剣先が狙う先はアレクシアだ。
年若い女とみてあなどったか、大振りの一撃を降り下ろす。
だが、その軌跡は金糸のごとく舞う髪にすら届かない。
アレクシアは優雅に踊るがごとくに初撃をいなし、そのまま背後に回りこんだ。
続けざま、山賊の膝後ろを狙って蹴りを繰り出し、体勢が崩れたところでしたたかに背中を蹴り飛ばす。
「小娘がぁああッ!」
山賊はそれでも立ち上がると、めったやたらに曲刀を振り回して襲い来る。
だが決死の反撃は、まるで道化師のダンスだった。
全裸に近い有様では剣を振るうたびに足元が乱れて覚束ない。
剣の重さに振り回され、切っ先が鍾乳石にはじかれる。
足元をたがえ、たたらを踏むありさまだ。
だが、アレクシアは悠々とそれを見下ろしていた。
彼女はまだ、自分の獲物すら抜いていない。
膝をつく山賊に指先で招いて挑発する。
「畜生ッ!!!!」
曲刀を投げ捨て、山賊は身を屈めて突進する。巨体の圧力で吹き飛ばそうという魂胆だ。
アレクシアは目を細め、ひらりと中空へ舞い上がる。
憐れ山賊はその勢いのまま自ら壁に激突する。
──泡をふき、白目をむき、そこで勝負は終了だった。
その合間にも山賊たちは粛々と制圧されていく。
数と秩序を持った騎士団を前にして、戦力差はまさに赤子の手をひねるようなもの。
最後の一人が力尽き、洞窟に静寂が戻った頃には、夜明けの陽光が淡く差し込み始めていた。
***
捕縛された山賊たちは洞窟の入口に集められた。
保護された村娘たちは騎士団が用意した布にくるまり少し離れた場所に座っている。
山賊にも村娘たちにも死者はなかった。
山賊たちは満身創痍ながら悪びれた様子もなく笑っており、娘たちは呆然としながらも、震える手で互いを抱き寄せ、懸命に堪えようとしていた。
「そこの綺麗なお嬢ちゃん、アンタがアレクシア様かい? そんなに剣を握るのが好きだったら俺の剣も握ってくれよ!」
山賊のボスはげらげらと笑いながら下品極まりない言葉を吐いてくる。
アレクシアといえばそんな暴言にもどこ吹く風だ。
彼女は村娘たちに近寄ると、視線をあわせるように膝を折る。
「アレクシア・ゴッドウィンである。これよりあなた方をトトリノ村まで護送する。歩けないものはいるか?」
問いかけに娘たちは首を振る。
実際には歩くのも辛いものもいるだろうが、一刻もはやくこの場を離れたいのだろう。
「おいおい、お嬢ちゃん、無視すんなよ!」
「……俺たちも、ちゃんとエスコートしてくれるんだろ?」
「とびっきり卑猥なダンスを踊らせてよォ?」
山賊たちが野次を飛ばすと、村娘たちがぎゅっと体を強張らせる。
せっかく村に帰れても、すぐそばに山賊たちがいるとなれば恐ろしいに違いない。
アレクシアは静かに立ち上がった。
朝日に輝く金髪を揺らしながら、山賊たちに向き直る。
その瞳には、氷のような光が宿っていた。
「あいにくだが、貴様らを捕らえておくつもりはない。ここに置き去りにしてやろう」
その言葉に驚愕して見せたのは村娘たちだ。
「ま、まさか、彼らを裁きにかけないと仰るのですか?」
口を開いたのは娘たちの中でも早いうちから落ち着きを見せていた者だった。
言葉こそ丁寧だが、その目には失望と憎しみとが混ざっている。
「そもそも騎士団は山賊がいるとの報告を受けていない。故に、山賊退治は任務外のこととなる」
そこまで言うとアレクシアは一呼吸の間をおいた。
「ここに山賊がいるという話も聞いていない。税も納めていないだろうから、我が国の民でもあるまい。となれば、彼らは何者でもない。という事でだ、……」
アレクシアは再び村娘たちにふり返った。
「こやつらは存在しない。故にここでは何もなかった。私はそう報告しようと思うがいかがだろうか」
矛先を向けられた娘たちは、訳が分からないという顔をする。
「そ、それは私たちに、全てを水に流して生きろと仰っているのですか?」
「心の傷は残るだろう。体の傷も残るだろう。だが、名誉は守られる」
娘たちの中には未婚のものも多いだろう。
今後、よその村に嫁ぐものもいるだろうし、働きに出る者もいるだろう。そんな時に、ここで起こった出来事は彼女らの枷になってしまう。
娘たちもその事は重々承知しているが、それでも心は収まらないに違いない。
「言い忘れていたが──。
ゴブリン共が、発情期に入ったようだ。あやつらをここに捨て置けばどうなるか」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ! ちょっと待て!!!!」
慌てて立ち上がろうとした山賊のボスを、近くにいた騎士がねじ伏せる。
その滑稽なまでの慌てぶりは、憐憫を誘うほどだった。
山賊のリーダーは身長2メートルを超える大男だ。今までに自分が搾取される側になったことなどないだろう。
きっと想像すらしなかったに違いない。
アレクシアはその様子をちらりと見てから、再び娘たちに向き直った。
「何者でもない彼らはここに捨て置く。お前たちは村に連れて帰る。そして、何もなかったと報告する。
数日内に欲情したゴブリンたちがここを通りかかるだろうが、我らはその結果に関して知りようもない。
どうだ? 悪い話ではないだろう?」
村娘たちは互いの顔を見つめ合う。
状況を理解するのにしばし時間がかかっているようだ。
最初に吹き出したのは、まだ幼さの残る少女だった。
それにつられるように、次々と笑いが広がっていく。
いつしか娘たちは、涙を浮かべながらも肩を揺らしていた。
「いいね、そら愉快だ! 最高じゃないか、騎士様! おっと、悪いね。ついいつもの口調が出ちまった!」
「良い、許す。では、それで構わぬな?」
「ええ、ええ、構いませんとも。むしろ話して回れないのが惜しいくらいです!」
はしゃぐ娘たちとは反対に、山賊たちはすっかり怯え切っている。
「待ってくれ、そんな、発情期のゴブリンなんぞに捕まったら!」
「頼む、それだけはやめてくれッ!!!!」
悲鳴じみて上がる声に、アレクシアの視線は冷淡だ。
「貴様らは同じ言葉をこの娘たちに言われた時にいかがした?」
その言葉に、村娘たちは口々に「そうだそうだ」と声をあげる。
味方はいない。
洞窟の入口には、ひたすら嘲笑と、夜明けの光だけが満ちていた。
数時間後にはゴブリンたちの餌食にされるという未来を前に、山賊たちは蒼白だ。
「ディアドラ、ゴブリンたちの数はどれくらいだと言っていたか?」
「は! 現状の最大数は200から300と想定されます」
アレクシアが昨晩の報告を忘れている筈はない。
あえて聞き直しているのは、山賊たちの絶望をより深めるためだろう。
300という数を聞いた山賊たちはガチガチと歯を鳴らし、可哀そうなほどに震えている。
山賊たちの顔色が悪くなれば悪くなるだけ、村娘たちが元気になっていくのがよく分かる。
「頼む、許してくれ! 後生だから!」
「これからは心を入れ替える! 真面目に働いて暮らしていく!」
「もう盗みなんてやらない! 信じてくれ!」
山賊たちの悲痛な叫びを聞きながら、アレクシアは騎士団に向かって指示を出す。
「それでは村に帰還する。ゴブリンに警戒しつつ娘たちを守れ。……出発!」
「待ってくだせえッ!!!!!」
ひときわ大声で悲痛の叫びをあげたのは、真っ先に投降した見張り役の男だった。見張りの男もまた他の山賊たちと同じく縛りあげられた状態だ。
「なんだ?」
アレクシアが振り返ると、見張りは泣きそうな顔になる。
「なぜあっしを置いて行かれるんですか!? あっしは娘たちの事を思って騎士様に協力したじゃないですか!」
「協力?」
アレクシアは眉をひそめた。
「貴様の行動一つで結果が代わっていた事もあるまいよ。……どう思う、ミディア嬢?」
「ひええぇええ?」
突然に話題をふられたミディアは小さく飛び上がる。
「えええ、と、そ、そうですね、そ、そもそも、逃げ場がないと悟って命乞いをした事を『協力』と言い換えるのは無理があると思います。女性たちを助けたいと本気で思っていたならば、もっと早く騎士団に接触することも出来たのではないでしょう、か?」
「仕方ねぇ、あっしは臆病で、お頭が怖くて動けなかったんだ! 信じてくれよッ!」
「ええと、でも、……ご自身も参加されたんですよね、その、……アレに」
「断れる空気じゃなかったんだ! そこでやらねぇと腰抜けだって笑われちまう!」
「な、なるほど? あなた方のコミュニティではそのような言い逃れが容認される事もあるんですね?」
「待って、待ってくれ! それじゃ、アンタ達のいる法ならどうだ? そっちのルールじゃ置き去りなんて酷い話にゃならないだろ?」
「え、ええっと、その……話の本筋がずれてますが、では、王国の法に則って裁くとなると……まず、王国の法では国民としての義務を果たしているかどうかが前提になります。つまり、納税をしていることが重要です。けど、あなたたちは税を納めていない、ので……罰則は避けられません。」
「罰則? 罰則ってのは一体!?」
「例えば、未納税なら、1年未満で鞭打ち20回。複数年に渡る滞納なら、その分だけ加算されます。そして、最終的には農奴に落とされます。……ですが、それだけでは終わりません」
因みに、税として納めるものは業種や地域によって変動する。商人ならば売上の一部を納め、豊かな農村では作物をという形になっている。トトリノ村近辺では農作物は豊かとは言い難いため、決められた日数の兵役をこなす事になっていた。
兵役といっても国境付近の警備から、治水工事にかかわる土木作業など内容はその時々によって変わるらしいと聞いている。
「さらに、女性への暴行、窃盗はもちろん罪を問われます。前者は局部の切断、後者は手首の切断です」
「ひぃいいい」
「徒党を組んで行商人などを襲撃した場合、逆賊と見做され極刑です。この近辺を治める領主様は親族を野盗に殺されたこともあり、厳しい刑を課すことで知られています。半年ほど前には山賊20余名が車裂きの刑に処されました」
「うへぇえええええええ」
「で、ですので、王国側の法に基づいて裁く場合、鞭打ち50回以上、局部および手首の切断後に車裂きの刑にて処されることになると思いますが、そちらをお望みという事でしょうか……?」
見張りの男は完全に黙り込み、アレクシアは楽しそうに目を細めている。
「……という訳だ。我こそは王国法のもと裁きを受けたいという者がいるならば名乗り出るがいい」
アレクシアの言葉に、山賊のリーダーが「畜生!」と声をあげる。
「ふざけるなよ! 貴族に生まれたからってだけで、美味い飯食って、人のことを虫けらみたいに踏みつけやがって! 俺たち貧乏人に自由はねぇのかよ!」
「生まれにより貧富の差があることは認めよう。だが貴様は自分より弱い者を虐げるだけの害悪だ。その口で自由を語れるなぞと思うなよ」
アレクシアは踵を返すと、それ以上は何も語らずに歩き出した。
騎士団も女性たちを守るようにして歩き出す。
まだ吠えたてている山賊たちを見つめながら、ミディアはあいまいな表情になっていた。
「どうしたの? 子猫ちゃん」
いつの間にかそばにやってきていたディアドラが声をかけてくる。
「い、いえ、あ、アレクシア嬢の口上は真実ではあるけれど、生まれもった環境で学べる事も目指せる地位も限界があるのもまた事実なので。ええと……。上の立場にいる者こそ、自由を正しく広げる責任があると思ったんです。でもアレクシア嬢なら、きっとそれを分かっていて、……もう歩き出しているんだろうなって」
「子猫ちゃんがそう思ってくれて、アレクシア嬢もさぞ嬉しいと思うわ」
「そ、そう、ですかね?」
「ええ、そうよ。アレクシア嬢は今まで対等に語れる友がほとんどいなかったの。子猫ちゃんが現れてくれて私も嬉しいわ」
そう言ってにっこりと微笑まれれば、ミディアも嬉しくなってくる。
「さてそれじゃあ、私たちは砦に向かいましょうかね」
「そうですね。宜しくお願いします」
ディアドラにひょいっと抱え上げられ、ミディアは遠慮がちにしがみつく。
山賊退治は、序章にすぎない。
本当の戦いは、これから始まる。