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魔塔へたどり着いた瞬間に、ミディアは大勢の魔術師たちに囲まれた。
皆がいっせいに話しかけてきて何がなんだかほとんど分からない状態だが、とにかく興奮しているのはよく分かる。そして、個々の声を聞き分けるのは難しかったけれども、それらは概ね『浄化の奇跡』に対しての問いかけだった。
「す、すすす、すいません! む、無理です! 答えられません!
ええと、その、聖院大評定での話し合いに関しては、どこまでを公表するのかを、大評定のメンバーと魔塔の代表、それに秘術機関で話し合うと聞いています!
で、ですので、わ、私には答えられません!」
ミディアが大声でいうと、「ならば、今回の奇跡を行うメンバーの選出については?」など別の質問が飛んでくる。
入口からたくさんの魔術師に囲まれて、なかなか前に進めない状況だ。「自分は必ず役にたつから是非メンバーに加えて欲しい」と売り込みをしてくる者もいる。
同世代でも身長が低いミディアとしては、大勢に囲まれるということは目の前にどでかい壁があるのと同意語だ。
「ミディア嬢、ロベルト・ロストバラン殿がお待ちです!」
凛とした美声を響かせ、颯爽と現れたのはジュードだった。
ロベルト・ロストバランの名を聞けば魔術師たちが恐れをなしたようにさっと道を開けてくれる。その先に三ツ紋魔術師、ジュードが立っていた。
道が開けたのをこれ幸いとミディアは小走りで魔術師たちの間をすり抜けて、ジュードのもとへたどりつく。
「行くぞ」
ジュードの声に頷くと、後を追って歩き出す。
しかし、少し歩いてみてどうにもジュードの機嫌が悪いことに気が付いた。
歩く速度はミディアにあわせてくれているものの、一度も目を合わせようとしないのだ。
「……あ、あの、ジュード、さん?」
「なんだ」
「ええと、その、き、気のせいかも知れないけど、い、いつにもまして機嫌が悪いような……?」
「それじゃあ機嫌が悪いのがデフォルトみたいじゃないか」
「で、でもその、鼻歌うたっちゃうくらい機嫌のいいジュードさんは見たことないですし」
「それは……今後もないだろうな」
はぁっと大きなため息をつきながら、ジュードが魔塔の上層部に向かう昇降機のドアをあける。
木製の大きな箱を特殊な金属を編んでつくったロープで吊り下げたもので、巻き上げ機を魔石で動かしている代物だ。中に入ってボタンを押せば目的の階まで運んでくれる。
「俺の機嫌がよくないとして、何か思い当たる節はないか?」
くるりと振り返ったジュードは、やはり明らかに怒っていた。
表情が乏しいのはいつも通りだが、今日はいつも以上に口角が下がっているし、眉間の皺も二割増しだ。
「え、ええと……?」
「俺はロベルト殿に相談すべきだと言った筈だ。だが君は相談しないまま大評定に出廷した」
「さ、左様でございますね」
「お陰で俺は、ロベルト殿に面会を申し込み、ロストバラン家に単身で訪れ、君の窮地を説明することになったんだぞ」
「あ、……」
「あの人を前にして『お宅の娘さんが教会と真っ向勝負をする気です』と言うことになった俺の気持ちが分かるか?」
その時のことを思い出したのか、ジュードの顔がなおのこと渋くなる。
「そ、それは大変申し訳ありませんでした」
ミディアは素直に頭を下げた。
そんなの怖いに決まっている。ミディアだってあまりにも怖くてずっと言い出せなかったのだ。
実の娘でさえも怖かった役回りを一介の魔術師に、しかもミディアよりは年上とはいえジュードだってまだ14歳であったし、家格もロストバラン家よりは劣っている。
それはもう、本気で生きた心地がしなかったに違いない。
「でも、その、ありがとうございました。お陰で父は駆け付けてくれたし、それに、その、か、家族間の、誤解もいろいろと解けて、その、……」
「それは良かった」
ジュードは表情を緩めると、眉尻を下げながら微笑んだ。
その顔は本当にミディアの変化を喜んでくれているようで、ほっと胸を撫でおろす。
「まぁいいさ。君の提案が通らなければ魔塔どころかこの国の存亡すら危なかった。大事の前の小事と受け入れるさ。
それに、ロベルト殿にも顔を覚えて貰えたし、浄化の奇跡にも参加できることになったんだ」
「ジュードさんも参加してくれるんですか?」
ミディアとしては嬉しいが、かなりの危険を伴うことは目に見えてる。
不安気に尋ねると「もちろんだ」という言葉が返ってきた。
「入口で分かっただろ? 今回の大魔法に参加したがっている魔術師は山ほどいる。
魔法陣再構築の会議に加わっているのはほとんどが五ツ紋魔術師ばかりだし、魔法に参加するのも四ツ紋ばかりだ。
本来なら俺には回ってこなかっただろうな」
「でも、その、ジュードさんはずっと調査に協力して下さってたので選出は妥当なのでは、ないか、と」
「ああ、だから、まず調査の協力者に選ばれたことからして名誉だと思っているさ。
それはそれとして、君の父上は恐ろしかった。文句の一つくらい言ってもいいだろう?」
そう言って肩をすくめるジュードに、ミディアもフフフっと笑い返す。
「そうですね。父上ったら、大評定でも凄かったんですよ」
「そうなのか?」
「それはもう。歯に衣を着せないってああいうのを言うんだなって思いました」
「ひと段落したら詳しく教えてくれ」
タイミングよく昇降機のドアが開くと、そこは重要な会議を行うための場所だった。会議室の前には警備をする魔術師も立っている。
ミディアの顔を認めるとすぐに結界魔法による封印をとき、ドアが大きく開かれた。
最高機密を話すために用いられるこの会議室は『魔導円環』と呼ばれている。
ロストバラン家のミディアさえ中に入るのは初めてだった。
一歩中に踏み込んでまず圧倒されたのは、天井の異常なほどの高さだった。
いや、高さと言ってよいのだろうか。
そこにあるのは満点の星空で、空のかなたまで広がっている。
恐らくこれは、占星術師たちが協力して作り上げたものなのだろう。一見、どこまでも続いているように見える天井は実際には特殊な魔法式が描かれた天井に夜空を投影しているのではなかろうか。
足元には幾重にも重ねて外部への音を遮断する魔法陣が描かれており、いかなる魔術をもちいて外部から話し合いを盗み聞きしようと試みても失敗におわる事だろう。
それらの魔法陣を維持するために3メートル以上もある水晶の柱のような魔石が部屋のあちこちに置かれている。
屋内中央にあるのは磨き上げられた黒檀の円卓だ。
円卓にも様々な魔法陣が刻み込まれており、手のひらを載せて念じればイメージを立体的に投影する効果があるものや、会議の内容を書物に書き起こすためのものなど様々だ。
円卓に揃う魔術師たちもそうそうたる顔ぶれで、聖院大評定とくらべてかなり個性的だった。
立ち上がって熱弁をふるっているのは、魔塔でも屈指の変人として知られるヴェスヨン教授だ。長いひげで何本もの三つ編みを編んでおり、それぞれの束には色とりどりのビーズを嵌めていることから見た目もなかなかにインパクトがある。その髭を振り乱して話す様は、それだけで呪術の儀式のようにさえ見える。
一方、腕を組んだまま微動だにしない男は目深にフードをかぶっており、わずかに見える肌にはびっしりと爬虫類の鱗がついている。
その隣には珍しいエルフの魔術師が座っていたし、さらに奥にいる魔術師は完全に人形の見た目をしているため年齢も性別も不肖だった。
他にも錬金術師の代表としてコルテア卿の姿も見えたし、大評定で助言を求めた審聖官であり聖女でもあるシンクレアも座についている。
ミディアはジュードとともに、円卓ではなく壁際の椅子に腰かけた。
「術式内におけるエーテル投入の段階的分散については、私もおおむね賛同する。鷹巣砦において術式展開の過程で魔瘴の活動が高まったとの報告もある。封印直前に術式が破綻するリスクは十分に想定すべきだろう」
「ただし、その構成を選ぶ以上、必要エーテルの総量は上昇し、変換過程における負荷も増大する。術式の安定性を確保するためには、補助陣の精度と同期性が鍵となる。複雑化が逆に不安定要因となる懸念も無視できない」
「……であれば、ここはゼイエラ式の多重安定化術よりも、ポドメウス式の干渉抑制型術式を導入すべきだろう。段階的なエーテル波の減衰処理に優れており、外乱に対する耐性が高い」
魔術師たちが熱心に語り合う様を、ミディアは興味深く聞いていた。
鷹巣砦にて、魔瘴が途中から活性化した件に関してはミディアも大いに気になっていたところだ。ただ、それを大評定で口にすると、ただでさえ悪い旗色がより悪化するであろう事は見えていた。
よって、後ほど改定案を出そうと考えていたのだが、さすがに歴戦の魔術師だった。ミディアが発言する前から、すでに対策に入っている。
「す、凄いですね。ポドメウス式も魔法式はほとんど資料がないのに、……」
ミディアがひそひそと話すと、ジュードも小さく頷いた。
この会議の場で話されていることは、高度な魔術講義のようだ。
これだけの顔ぶれがそろっていれば自分は出る幕などないのではなかろうか。そう思っていると、ふいに父ロベルトから声をかけられた。
「ミディア、来ていたのか」
「ひゃッ!」
ロベルトが声を発すれば円卓の視線は一気にミディアへと注がれる。
慌てて席を立ち上がったミディアはバネで動く人形のように勢いよく頭を下げた。
「はわわわわわわ、あああ、ぅ、ええと、あの、み、ミディア・ロストバランと申します!
このような重責の場に加えていただき、光栄でございますっ! ま、ままだ未熟者ではございますが、精一杯、努めさせていただきますので、どどどど、どうぞよろしくお願いいたします!」
ミディアはただ挨拶をしただけだったが、円卓の魔術師たちは感心したように声を漏らした。
「ほぉ、これがロベルトの娘とは。何とも可愛らしいし、まともに挨拶が出来るじゃないか」
「ロストバラン家もようやく社交性について真面目に考えるようになったのか」
ただ挨拶しただけで褒められた。
一体、今までのロストバラン家はどれだけ酷かったのだろうか。ミディアも到底、社交的とは言えない筈だが、それでも褒められるなんてもはや末恐ろしいとすら思えてくる。
何とも言えない顔でロベルトを見つめていると、すっと視線をそらされた。
「ほれほれ、お嬢さんや、こっちへ来てお座りなさい。今回の事はアンタが主役なんだ」
手をあげて隣の席をと促してくれたのは、子供向け絵本にでも出てきそうな黒いフードをかぶった魔女だった。
ミディアは助けを求めるようにジュードを見たが、ジュードは静かに首を振ってミディアだけが円卓に行くように促した。
仕方なく円卓に近づいて席につく。
ミディアが座ると書記を勤めていた比較的年若の魔術師がここまでの話し合いの内容を説明する。
くわえて円卓には話し合った内容を自動で記録する魔法式が描かれている。詳しい内容を知りたければ魔法式に触れることで、該当の会話部分を振り返って閲覧することも可能だった。
「ままま、ま、待って下さい、こ、この、ミディアスケールというのは、……?」
書記官から説明があった際にも一瞬首を傾げたが、聞き間違いだと思ったのだ。
だが記録を確認すると、まちがいなく『ミディア・スケール』と書いてある。それは魔瘴の大きさをしめす単位のようで、小さなものならば『Mid1』、最大のものならば『Mid6』と表すと書かれている。
「見ての通りだ。今後、魔瘴が出現した際にその大きさをしめす単位をミディア・スケールと表すことに決定した」
「聞いてない!!!!!!」
得意げな顔でいうロベルトにミディアはほとんど悲鳴のような声をあげる。
知らぬ間に自分の名前が魔瘴の単位にされていたなんて、寝耳に水どころか寝耳に熱湯ぐらいにびっくりだ。
「問題がなければ話を続けるぞ」
問題はある。大いにある。
けれど今はとにかくタイムリミットが迫っている。
抗議したいところだったが、それを言い争う時間が惜しいことは分かっていた。
だが今この場で抗議しなくては、『ミディア・スケール』は決定事項になってしまう。
そこまで考えた末、ミディアは諦めて着席した。
些細なこと、些細なことだ。そう思おう。
色々と思うところがあるミディアを置いて話し合いはどんどん進んでいく。ラシャド王国の叡智が集まった会議はあまりにも刺激的で勉強になるところが多すぎる。
その情報量の多さに圧倒され、知恵熱が出てしまうかと思ったほどだ。
会議が終わりになるころにはあまりにも大量の知識を浴びすぎて、息も絶え絶えになっていた。
***
「す、すごか、った……」
自らの研究室に戻ったミディアは、机に突っ伏したまましばらく動けないほどだった。
ぐったりと肩を落としたミディアの前に、やわらかな「コトン」という音が落ちる。
顔を上げると、ジュードがどこからか温かい飲み物を手に戻ってきたところだった。
ふわりと立ちのぼる、甘くやさしい香り──乳脂肪の濃いバスコーダ産のミルクに、上質なチョコレートと微かに香るシナモン、そしてほんのりナツメグ。
カップを手に取るだけで、指先から温もりがじんわりと染みてくる。
「ん、ああ~、し、しみる……」
舌に触れた瞬間、優しさと甘さがとろけて、じわじわと疲れた心と脳に沁み込んでいく。
目の奥に張っていた疲労の膜がふわりとほどけ、身体の内側から癒される感覚。
頭の中がこんがらがっている時の甘い一杯は、なんて、なんて美味しいんだろう。
「無事に詳細まで決まってよかったな」
「ううー、そうでしゅね」
ジュードの言う通り、魔瘴封印作戦は大魔術師たちと歴戦の聖女様、そして錬金術師たちを交えた話し合いにより実現可能なプランとしてきっちりかっちり練り上げられた。
とてもありがたい。
いくら頑張って考えたとはいえミディアのアイデアだけでこの規模の作戦を実施するのは不安要素が多かった。
しかし。
しかしだ。
あの会議でのプレッシャーといったらそれはそれは半端なかった。
あれだけの大御所たちが集ってミディアの書いた魔法陣を事細かに吟味していったのだ。
何故ここで『中和』でなく『安定化』を噛ませたのか? だとか。
複数回の『強化』よりも『拡大』と『増幅』の方が効果が高いのに何故そうしなかったんだ? だとか。
不思議そうな顔で問われた数々の言葉がそれはもうドスドスと突き刺さった。
すいません、知らなかったんです、わたしが無知でした。
それしか言えない局面が多かった。
そうすると「え? 知らないんだ?」と驚いた顔をされる。
悪意がない分だけ余計に辛い。
あれは何というか、公開処刑みたいなもので、ミディアのメンタルはぼろ雑巾のようにずたずただ。
分かっている。
修正はとても重要な事だったし、ミディアとしても大いに勉強になったのだ。
だが、それを受け止めきれるかどうかは別問題で、とにかくミディアはぼろぼろだった。
「俺は明日朝一番の隊に加わって前線に向かう予定だが、ミディア嬢はどうする?」
「ん~、私は、家に戻ってから父上にも相談してみようと思います」
「それがいいだろうな」
ロベルトは立場上、前線に出ていくかどうか分からない。
魔瘴対策も大事だが、万が一を考えて首都での防衛線をはる魔術師も必要だ。その場合は、魔塔の筆頭魔術師であるロベルトが指揮を執るのが一番だろう。
「明日の準備もある。俺はそろそろ帰るよ」
「はい。お疲れ様でした。ま、また、前線でよろしくおねがいします」
「ああ、こちらこそ」
ジュードは肩をすくめると自分の研究室へ戻っていった。
残されたミディアはホットチョコレートを啜りながら考える。
明日の間には前線に向けて出発することになるだろう。現在、騎士団は防衛線をコンコルドの街に築いている。魔法陣を展開するのも、その街の近辺になる筈だ。
そこに行けばアレクシアがいる。
ミディアは彼女にディアドラのことを直接告げていなかった。
だが前線に向かえば、話すことになるだろう。
それがとても、大きな棘として心に深く刺さっていた──。




